アップルが成功し、ソニーが失敗した理由:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(89)
大切なのは“まず最初に経営トップが姿勢を明確化する”こと。この前提が揺らいだときにこそ、企業の命運が決するのかもしれない。
僕がアップルで学んだこと
「なぜアップルやグーグル、フェイスブックが日本で生まれず、アメリカで生まれたのでしょうか」「なぜ日本の会社はなかなか変われないのでしょうか? これはそれぞれの会社が持つ文化や行動哲学などが創り出す『環境』の差だと私は考えています。スティーブ・ジョブズの偉大さというのは、マックやiPodを世に送り出したことではなく、アップルという『環境』を作ったことでしょう」――。
本書「僕がアップルで学んだこと」は、アップルジャパン株式会社を経て、2002年に米アップル本社の開発本部に移籍、iPodなどハードウェアの品質保証部のシニアマネージャを7年間勤めた松井博氏が、同社の企業文化にアップル成功の要因を探った作品である。アップル、グーグル出身者による書籍は、役員の視点から経営を語った作品が多いが、本書は“一従業員の視点”から「アップルの行動哲学、具体的なプロジェクトの進め方、また社員のやる気を引き出す仕組み」などを振り返り、そのポイントを紹介している。
印象的なのは、あらゆるエピソードを一貫している「シンプル」という概念だ。著者は「アップルをアップルたらしめている最も強力な仕組み、それは『シンプル志向』」であり、「無駄が多い組織、必要以上に複雑な組織というのは、まるでメタボリック・シンドロームに悩む中年男性のようなもの」。アップルでは製品はもちろん、組織もルールもシンプルであり、これが「会社のビジョンを明確にし、多くの従業員を結束させる」ことに貢献していると説いている。
「例えばソニーは、日本国内だけでも関連企業40以上を有して」いるが、「アップルは米国内には本社のほかにもう1社しか」持っていない。「参入事業もソニーは20以上もあり、それもコンピュータや電子機器のほかに映画や音楽制作から損害保険、生命保険、そして銀行業と」多岐に渡るが、アップルはコンピュータ/コンシューマ電子機器/ソフトウェア販売/ダウンロード販売/クラウド事業と、「たった5つの事業にしか」参入していない。「この5つの事業も非常に密接に関連し合っており、ソニーの電子機器事業と生命保険事業のようにまるっきり別のことをしている」わけではない。
組織運営も同様だ。「アップルには『秘密保守』と『自分の仕事には責任を持て』くらいしかルールらしいルール」がないほか、「やることとやらないこと」を明確化し、さらに「やること」に優先順位を付け、「1つのことにフォーカスする」文化が根付いていた。製品開発でも上流工程を最重視する。「最初に明快な製品のコンセプトを定義し」、製造部門や開発部門が「これはできない、あれはできない」と言ったり、営業部門が「あの機能も、この機能も足してくれ」と言っても、「最初のコンセプトを破壊しないよう細心の注意」を払っていた。
著者は、このシンプルさが意思決定のスピードを速め、ブランドイメージを確立させていたと指摘。製品・サービス開発についても「誤ったコンセプトや役に立たないデザインというのは、いわば川の上流に工場を建てて汚水を垂れ流しているようなもの」だと訴えている。
さて、このようにアップルの特徴を俯瞰すると、特別なことをしているわけではなく、「自社の強み・弱みを認識し、1つのことにフォーカスする」という、いわば“経営の鉄則”に忠実であることがよく分かる。だが、真に注目すべきは、組織の規模が大きくなっても、鉄則に忠実であり続けてこられた点だろう。組織が大きくなれば、体制は複雑化し、動きも鈍重になりやすいのが普通だ。実際、大規模化に伴い、意見が分散し、事業分野も増え、迷走してしまった企業はソニーに限らない。ソニーを通じて指摘されていることは、多くの日本企業に共通する課題とも言えるだろう。
では、なぜアップルはそうした姿勢を堅持できたのか? その理由が垣間見えるエピソードが紹介されている。
1990年代は「無政府状態だった」アップルに、「スティーブが復帰して、会社の組織がシンプル化されたばかりのころは、なんだか裸にされたかのような違和感がありました。さらに問答無用で命令に従わせられる『やらされている感』も非常に強くなりました」。「こういった強制感が消えてきたのは、やはりiMac、iBook、iPodとヒットが続き、自分のたちのやっていることの意味や成果が目に見える形で現れてきてからのことでした。またトップの意向が見えやすくなったため、自分たちで決め事をするときにも指針ができ、迷いが極端に減りました」――
「アップル最大の成功要因」とは、すなわち経営トップの明確なビジョンと、市場に対する洞察力、それに基づく強力なリーダーシップそのものなのではないだろうか。「取り組み分野を絞る」「やるべきことに優先順位を付ける」といった数々の“鉄則”は全てそこからおのずと導き出されたものであり、大切なのは“まず最初に経営トップが姿勢を明確化する”ことなのだろう。それが「シンプル化」の真意であり、この“当たり前の前提”が揺らいだときにこそ、企業の命運が決するのかもしれない。
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