「技術へのこだわり」という日本企業の根深い病情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(101)

「生産技術の優劣」は以前ほど武器にはならない。技術が競争力になるかどうかは、それをどのように活用するか、どう製品に生かすかという「戦略」にかかっている。

» 2012年08月07日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

勝つための経営

『超』入門 失敗の本質

著=畑村洋太郎 吉川良三
発行=講談社
2012年4月
ISBN-10:4062881519
ISBN-13:978-4062881517
760円+税
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 「iPadの例は、最も重要視されてきた、高速化、精密化、軽量化などといった分かりやすい性能向上が必ずしも競争力にならないことをはっきりと物語っています。製品に高付加価値をつけたのは、部品の性能ではなく、斬新な製品コンセプトやソフトウェアの魅力、デザインの方です」。「日本のものづくりが他国のものづくりに比べて優れているのは、『R&D』、その中でも『基礎研究』の分野です」。「にもかかわらず近年海外の企業に押され気味になっているのは、『製品開発』、とりわけ『市場分析』から『商品企画』『設計開発』で負けているからにほかなりません」。彼らは「売れるためのものを作る『市場分析』『商品企画』とそのための『設計開発』に優れているのです。つまり『戦略の勝利』なのです』――

 本書「勝つための経営」は、東京大学名誉教授で工学博士の畑村洋太郎氏と、1994年から2003年までの約10年間、サムスン電子常務として社内のシステム構築・組織改革に取り組んだ経験を持つ吉川良三氏が、「世界に誇れる技術があるのに勝てない日本」の現状を見据え、製造業を中心に、日本企業がグローバルで勝ち残っていくための要件を抽出した作品である。

 特に著者らが強く指摘するのは、「ものづくりのデジタル化」により、「各企業が長年の活動の中で培ってきたこれまでのノウハウが、ノウハウになり得なくなっている」という事実だ。例えば「三次元CADの登場で設計情報を立体形状のまま現場に示すことが可能になると、ものづくりに図学の知識が不要に」なった。「経験がものをいうと考えられていた職人技の大半にしても、工作機械の操作に使っていたソフトウェアをバージョンアップすることで簡単に再現できる」――

 つまり、「ある程度の品質の製品の開発や生産がいつでもどこでも誰でもできるようになった」今、「生産技術の優劣」は以前ほど武器にはならない。言わば、「基礎技術がなくても応用技術があれば大きなビジネスができる」ようになった中では、「技術が競争力になるかどうかは、それをどのように活用するかという各企業の戦略にかかっている」と説くのである。

 特に日本企業にとって大きな落とし穴になりがちなのが、「技術力への依存」や「過信」、「技術者のおごり」だという。むろん「デジタルものづくりの時代になっても、優れた技術が強力な武器になることに変わりは」ない。だが、市場の動きと需要を基に、競争力になる技術、ならない技術を見極めることなく、「いいものを作れば売れる」と安易に考えていると、決して望むような結果は出ない。「技術者の仕事は、開発者からの提案を受け、それを技術的にどのように実現していくのかを考えること」であり、まず消費者のニーズを把握することが重要だと指摘している。

 では具体的にどうすれば良いのか。本書ではその一例として、サムスン電子の「リバース型開発」を紹介している。「先行する日本や欧米の製品を徹底的に研究」し、「それをそのままモノマネするのではなく、製品の持つ機能までさかのぼって(リバースして)、消費者が本当に必要としている機能は何か」、「設計思想まで」含めて考えた上で、市場ニーズに合わせて「機能の引き算と足し算を行い、別の解を導き出している」。だが「日本企業の場合、新製品を開発するときに」「その製品が要求する機能をまず最初に考え、次にさまざまな制約条件を考えながら設計を行う『フォワード型』の開発を」行っている。その結果、いらない機能まで盛り込んだ上に、価格も高くなるなど、市場ニーズとかい離した製品を作り上げてしまう。

 社内に「情報を集約化するハブ」を作ることの重要性も挙げる。「例えば消費者が新しい機能を欲しがっているという情報がハブに入ったら、その情報がハブからすぐに企画立案部門へ行き」、「さらに設計部門、部品調達部門にもその情報が行く」といった具合に、ハブを「中央指令室」として、「組織全体が有機的に素早く」動ける体制を築くのである。また、今は「部品や工作機械がそろっていれば、誰でも手軽にものづくりができてしまう」。だが、そうしたやり方で作れるのは「所詮はそこそこのものでしか」ない。そこで、「そのものを加えることで製品の魅力を一気に高めることができる」「自社ならではの強み」を自覚し、市場の動きに応じて、最も有効な形でビジネスに活用すべきだと訴えている。

 さて、このように俯瞰すると、「技術があるのに勝てない」理由は実にシンプルだ。また、「個々の技術や技術者のスキルで勝負する時代は去り、それをどう生かすかという戦略で勝負する時代になった」ことや、「自社の強みを見極め、より柔軟に動ける組織に変革しよう」といったメッセージも、各方面ですでに指摘されている。

 だが、そうした課題解決が難しいのは、まさに本書が指摘している「技術依存」や「技術者のおごり」、「縦割り組織」や「変化を嫌う体質」など、人の心や組織の在り方にひもづいているためだろう。特に長年の間、「技術者のこだわり」や「匠の技」といったものを重視してきた日本人にとって、「技術依存」からの脱却は価値観の転換と言えるほど大きく根深いテーマなのではないだろうか。言ってみれば、現在は多くの企業が「原因と対策は分かっているが、できない」状態とも言えるのかもしれない。

 本書はまさにその点を意識し、ただ問題を指摘するだけではなく、グローバルで勝ち抜く上で必要な考え方や「人と組織の在り方」に向けて、力強く背中を押すような内容となっている。製造業を中心としているが、業種や部門、職級を問わず、多くの人にとって、現状を打破するための何らかの発見があるはずだ。会社、部門、自身というさまざまなレベルで「戦略」不在の現状を振り返り、今後の方策を考えてみてはいかがだろうか。

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