世界の多くのAI企業が採用する中国発のAI基盤モデル。その中核にあるアリババグループの「Qwen」は、低コストかつ高品質なモデルとして世界で存在感を高めている。なぜこれほど支持を広げているのか。知られざるAI市場の最前線に迫る。
米国のAIスタートアップの8割が、中国発のオープンウェイトAI基盤モデルを採用しているとされる。その中核にあるのが、アリババグループのQwenラボが開発するLLM(大規模言語モデル)「Qwen(クウェン)」だ。累計ダウンロード数は10億を超え、20万以上の派生モデルが公開されている。それでも日本では、まだほとんど知られていない。コストはクローズドモデルと比べて、10分の1未満に抑えられるケースも多いという。なぜQwenは世界でここまで支持を広げたのか。そして、知られざるこの巨大な波に、日本企業はどう向き合うべきなのか。
世界のAI開発競争は、最新かつ最高性能のモデルをいかに早くリリースするかを巡る消耗戦になっている。しかしQwenが支持を集める理由は、どうやら別のところにあるようだ。
「われわれは、最新かつ最高性能のモデルを他社より一歩でも早くリリースすることだけを追い求めているわけではありません」と語るのは、アリババクラウドの栗田岳史氏だ。大手クラウドベンダーで大規模なクラウド移行やAIの導入を担って、日本有数のテックカンパニーを顧客としていた栗田氏がアリババクラウドへの移籍を決意した理由の一つが、このQwenの戦略にあった。
アリババクラウドがQwenで採るのは「ティア2戦略」だ。最先端モデルのリリースから3カ月程度遅れてでも、極めて高いコスト効率で同等の性能を提供することを優先する。ライセンスはApache License 2.0で、モデルの重みも公開されている。蒸留や改変も自由だ。米国の有力モデルがクローズドを主軸に置く一方で、QwenはオープンウェイトをAI普及の起点として最初から位置付けてきた。
この姿勢が、世界の開発者コミュニティーの支持を集めた。AIモデルの共有プラットフォーム「Hugging Face」でのダウンロード数はシリーズ累計10億を超え、Qwenをベースにした20万以上の派生モデルが公開されている。シンガポール政府がQwenを採用した理由の一つは、200以上の言語に対応した多言語性能だという。日本語の精度も高く、マルチモーダルモデルの性能が重要な日本語OCRについてもコミュニティーから高い評価を受けている。
「オープンウェイトで使われるほど、エコシステムが広がります。モデルはいずれコモディティ化するでしょう。そうであれば、最初からオープンで出してしまえばいいというのが当社の考えです」と栗田氏は言う。収益はモデルそのものではなく、その先のAIソリューションとクラウドサービスで回収する設計だ。
Qwenの競争力として真っ先に挙げられるのがコストだ。米国のクローズドモデルと同等機能のものを比較した場合、API利用料やインフラコスト、推論環境まで含めた総コストは10分の1未満に抑えられるという。特定の定額プラン(コーディング支援など)で比較しても、およそ4分の1の価格設定となっている。
この数字の背景には、単純な人件費やリソースコストの差ではなく技術的な優位性がある。
アリババクラウドが持つのは、AIに必要な全ての層をカバーするAI+クラウドのフルスタックの基盤だ。独自開発のAIチップ、大規模クラウドインフラ、オープンウェイトモデルのQwen、モデルをAPI経由で利用できるPaaSレイヤーの「Model Studio」など一気通貫で提供できる。「チップからクラウド、モデル、PaaS、アプリケーションのレイヤーまでフルスタックで提供できるベンダーは、グローバルでも限られています」
コスト効率をさらに押し上げているのが、独自のクラウドリソース共有技術「Aegaeon(アイガイオン)」だ。一般的な推論環境では1台のGPUを1モデルが占有する構造になりがちで、リソースの多くが遊休状態になる。Aegaeonは計算リソースをプールして、推論リクエストが発生したタイミングで複数のモデルがGPUを共有して使う仕組みだ。これにより、計算資源の利用効率を大きく高め、推論コストの大幅な削減を実現している。
「AIは素晴らしい技術だが、採算が合わない。トークンを使えば使うほど赤字になる」。これは栗田氏が大手クラウドベンダー在籍時に、複数の顧客から聞いた言葉だという。コンシューマー向けやB2Bサービスにモデルを組み込むほど、推論コストがかさんで収益を圧迫する。AIの活用を本格化させるほどインフラコストの壁にぶつかるという構図は、日本企業でも珍しくない。
コスト優位の根拠は技術にある。ではオープンウェイトで無償公開して、ビジネスはどう成り立つのか。Qwenに接した企業が抱く素朴な疑問に、栗田氏はAIの開発ライフサイクルを軸に答える。
企業がAIを実業務に組み込む流れを考えると、まずオープンウェイトのQwenをプライベートクラウドなどのローカル環境にダウンロードして、自社データで強化学習やファインチューニングを施してインダストリーモデルを作る。この段階はオンプレミスで完結するため、守秘性の高いデータが外部に出る心配はない。
問題はその先だ。完成したモデルを社内外に展開しようとした瞬間、高い拡張性とセキュリティを担保できる推論環境が必要になる。「ある程度の規模になった企業が、推論環境をオンプレミスだけで賄うのは現実的に不可能です」と栗田氏は言う。ここでクラウドの出番だ。
Qwenベースの金融向けインダストリーモデルを開発して、日本の金融機関向けにSaaSで提供している企業の事例が一つの典型だ。ローカルでモデルを鍛えて、クラウドで展開する。フィードバックを得たら再びローカルでチューニングを重ねる。このサイクルが回るほど、クラウドの利用量も積み上がる。
「先に述べたように、AI基盤モデルはいずれコモディティ化して価値を得にくくなります。だから最初からオープンで出し、それ以外のところでビジネスモデルを作るのです」。栗田氏の言葉は、アリババグループのAI戦略の根幹を端的に表している。
Qwenの実力を事業の現場で確かめた日本企業がある。大手出版社のマンガ電子書籍配信事業に加えて、自社オリジナルのWebtoon制作事業も手掛けるand factoryだ。代表取締役社長の青木倫治氏は、採用の決め手をこう語る。「価格も重要でしたが、一番は安定的に質の高いアウトプットを出してくれる点でした」
and factoryが注目したのは、画像生成の精度だ。Qwenの画像理解・生成モデルを使うと、キャラクターの正面画像を入力するだけでさまざまな角度や表情のバリエーションを高精度で生成できる。Webtoonのようにコマ数が多く、同一キャラクターを繰り返し描く必要がある制作現場では、この安定性が工数削減につながる。
現在は社外への展開に先立ち、社内の制作チームに絞って導入している。マンガ制作の工程はカラーリング、線画、キャラクターの各パーツ生成など多岐にわたるが、Qwenベースのツールを活用することで100工程かかっていた作業が50〜40工程に圧縮できたという。
この効率化は、単なるコスト削減が目的ではない。煩雑な作業をAIに委ねることで、クリエイターが物語の創造に専念できる環境を整える狙いがある。さらに、これまでコストが壁となっていたフルカラー化や縦スクロール形式への再編集を迅速に行い、日本のマンガをいち早くグローバル市場へ届けるという戦略的な大義も込められている。こうした高度なマンガ表現を支えるため、出力にはQwenの画像モデルに加えてアリババグループの動画・画像生成モデル「WAN」も組み合わせて使っていると青木氏は話す。
マンガ業界のAI活用は、まだ慎重論が根強い。急激な技術の変化に戸惑いを感じるクリエイターも多く、出版社も敏感に反応する領域だ。青木氏がまず自社の制作チームにおける活用から始めたのは、そうした業界の空気を踏まえた判断でもある。
それでも青木氏は、エンタメ業界へのAI浸透は不可避だと見ている。「電子書籍が普及したときも『本は紙で読むものだ』という意見は根強くありました。しかし、環境が整った今は当たり前のものになりました。AIも5〜10年先には同じことが起きるはずです」。マンガからアニメへ、静止画から音声付きの動画コンテンツへ。全ての制作工程において変革が及ぶ未来を、青木氏は現実的な射程圏内として捉えている。
Qwenへの関心が高まる一方、「中国発のAIサービス」という印象から情報漏えいや法的リスクを懸念する声も根強い。この点について栗田氏は明確に否定する。
「アリババクラウドはシンガポールに本社を置くグローバルなハイパースケーラーであり、各国・地域の法令および規制に準拠し、ローカル要件に基づいた体制の下でサービスを提供しています」
アジアパシフィック領域でのクラウドシェアは非常に高い。日本国内にはすでに4つのアベイラビリティーゾーンがあり、2026年内には5つ目も新設される。パナソニックをはじめ、中国などのアジア地域に事業を展開する日本の大手企業の多くが、すでにアリババクラウドを採用している。
個人情報の取り扱いに慎重な企業向けの対応も進んでいる。2026年6月には、先にも触れたQwenをAPI利用できる開発基盤「Model Studio」の提供が日本リージョンでも開始される予定だ。これにより、データを国内で完結させたセキュアなAI活用が可能になる。「Qwenおよびアリババクラウドはまだ、国内で正しく理解されていない部分が多いと考えています。日本企業のお客さまに、安心して使っていただける環境は整っていると伝えたいですね」(栗田氏)
米国のAIスタートアップが中国製オープンウェイトモデルを当たり前のように採用している一方、日本企業の多くはまだその選択肢を知らない。栗田氏は日本企業の現状について「米国トップモデルこそが世界基準だと思い込んでいる企業があるかもしれません。コストを抑えながら、十分な性能のモデルを選ぶという柔軟な発想で考えていただくことが大切です」と話す。クラウドもAIも、米国は多くの市場より3〜5年先行している。Qwenにも、やがて同じ波が訪れると栗田氏はみている。
将来の展望として栗田氏が挙げるのが、ロボティクスとの融合だ。アリババグループはロボット、LLMを含むフルスタックのAIサービス、クラウドプラットフォームを全て自社で持つ。「フィジカルAI」の領域で存在感を高めることも、中長期の戦略として見据えている。
「まずは安価で十分な性能のモデルを試し、合わなければやめる。その身軽な発想の転換こそが、AIビジネス収益化の鍵となるのではないでしょうか」。そう栗田氏が語るように、自社に最適な選択肢を柔軟に見極めるという視点を持つことが、これからのAI競争を生き抜く第一歩となるはずだ。
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