目指すのは「そこそこの世界」か:小寺信良(3/3 ページ)
「ダビング10」が導入されれば、コピーワンスの不便さは解消されるのか。導入後に表れるのは革新的な変化がないままの「そこそこ」の世界ではあるまいか。
これから何が起こるのか
ダビング10でまったく解決できないのが、コンテンツの継承問題である。メディアの世代交代をしたいユーザーは、そのコンテンツを非常に大事に思っているからこそ、失いたくないわけだ。
その時々で市販ソフトを買えばいいだろうという考え方もあるだろうが、マイナーなコンテンツはまずテクノロジーの世代交代の波に乗れず、淘汰されてしまう。文化というのは多様化し、過去の資産も継承されるから豊かになるわけで、その場その場で画一的なものが大量にばらまかれる状態は、豊かとは言えないだろう。
コンテンツを継承したいという人は、実はマイノリティである。大勢に影響を与えない程度の零細な複製であれば、著作権法の私的複製に対する権利制限に該当するはずである。
一方ダビング10で生産されるのは、1世代のみ10回分のコピーである。世代交代ができないコピーを自分1人で大量に持っていても仕方がないから、そういうものはこれまで以上に友人にあげたり交換したりといった、刹那的な物々交換が、アナログ時代以上に流行るだろう。
いわゆる友達コピーは、権利者団体も否定できない。なぜならば音楽家や映像作家のようなクリエイターは、友達コピーも含めた私的複製の恩恵がなければ、成り得ないからである。
COGで10枚というのは、近視的には消費者にメリットがあるかもしれない。しかし一番メリットがあるのは、値段の高いCPRMメディアがこれまでの数倍売れることになる、メディア産業界である。
一方でもっとも割を食うのは、ブームを作ってセルコンテンツで商売しようと思っていた放送事業者である。だがそれはもう飲んでしまった話なので、仕方がない。今から厳しくなるが、未来のクリエイターのために我慢してくれるということだろう。
たぶんダビング10後に現われる世界は、誰も潰れないが儲かりもしない「そこそこ」の世界ではないかと思われる。
コピーワンスよりはマシだと、そこそこ各メーカーのレコーダーも売れるようになるだろう。権利者は世代継承を止めることで、人気コンテンツだけでそこそこやっていけるだろう。放送事業者は、セルDVDは売れないがワンセグなんかでそこそこリアルタイムで見られることになるだろう。消費者は録画はするが見ることもなく、テレビ以外の楽しみを見つけてそこそこ楽しくやっていくだろう。
コピーワンス緩和は、すでに斜陽にさしかかっている放送事業を立て直す、起死回生のチャンスだった。しかし規制緩和に何が求められているかを見誤った。
個人的には、インフラとコンテンツの両方を押さえている放送事業者が弱体化することは、もしかしたら日本の将来にとって、望ましいことかもしれないと思い始めている。日本ではネット系の映像配信サービスが立ち上がっては消えてゆき、なかなか定着しないが、これが放送事業者の影響力が強大すぎるせいだとすれば、世界の趨勢と合わなくなってくる。
売り言葉に買い言葉的に決まってしまったダビング10だが、それで日本の形が変わってしまうところまで想像できていただろうか。世界に歩調を合わせるべきは、文化でも著作権保護期間でもなく、利便性の高いコンテンツ流通システムの形だったのに。
B-CASカードまで含めて、放送のDRM導入はそもそも経緯が不透明であった。だからこれを機会に、アナログ放送時代と同じスタートラインに戻って、いったん全部のDRMをちゃらにしたところから始めるべきであった。すべては手遅れになるのだろうか。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。
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