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2003/08/28 16:49:00 更新 |
超高速インターネット衛星の挑戦(前編)
衛星が日本のデジタルデバイドを解消する
光ファイバー並みの通信速度を持ち、ADSLやFTTHと競合できるレベルの低料金。場所は問わず、離島だろうが、山間部だろうが、パラボラアンテナが1つあれば高速のインターネットサービスを利用できる。そんな超高速インターネット衛星が現実のものになろうとしている。
下り最大155Mbpsというファイバー並みの下り速度を持ち、ADSLやFTTHといった地上インフラと同等の月額料金。場所は問わず、離島だろうが、山間部だろうが、パラボラアンテナが1つあれば超高速のインターネットサービスを利用できる。そんな夢のような話が、現実になろうとしている。
NEC、NEC東芝スペースシステム、JSATの3社は8月20日、共同出資により衛星を使ったブロードバンドサービスの事業化を検討する企画会社「超高速衛星インターネットサービス企画」を立ち上げた(記事参照)。資本金は6500万円、社員数もまだ一桁という同社だが、日本の地域間情報格差(いわゆるデジタルデバイド)を一気に解消する可能性を秘めている。NEC東芝スペースシステムの社内にあるオフィスを訪ね、北原正悟社長に話を聞いた。
超高速衛星インターネットサービス企画の北原正悟社長(右)と事業開拓推進部の橋本克正主任(左)
「今や、インターネットはADSLやFTTHといったブロードバンド接続が主流になり、社会基盤になりつつあると言ってもいいだろう。しかし、日本全国を見渡すと、必ずしもインフラが行き渡っているとはいえない」(北原氏)。
総務省の「ブロードバンドサービス地上インフラ未整備地域調査」によると、ブロードバンドサービスが1つも利用できない世帯は全国に約530万を数えるという。その多くは人口が少ない“地方”。ADSLやFTTHが、ここ数年で急速に広がったとはいえ、カバーしていない場所は依然多く、また今後のエリア拡大も見込めない地域が少なくない。
サービスが届かない主な理由は採算性だ。回線事業者も民間企業である以上、利用者が密集し、投資効率の高い大都市圏からサービスを提供するのが当然。しかし、取り残されてしまった地方ユーザーにとっては大きな問題だ。「政府が進めるe-Japan計画の中で、この地域格差をどう解決するのか? 1つの解答が、衛星インターネットだ」(北原氏)。
総務省の調査結果をもとにした資料。白い部分が地上インフラの行き渡っていないエリア。約530万世帯がいまだブロードバンドの恩恵を受けられない状況にある。クリックで拡大 (c) NEC TOSHIBA Space Systems.Ltd. Copyright 2003(出典は総務省調査)
1機の衛星を打ち上げるだけで日本全土をカバーできる衛星インターネットは、地域による投資効率の差が少ない。逆に、山間部や離島など、ケーブルを敷設した場合にコストが跳ね上がるような場所ほど、メリットが大きいことになる。北原氏は、「仮に光ファイバーを全国にくまなく敷設するとしたら、その投資額は7000〜8000億円に上る。しかし、衛星インターネットの場合は数百億円ですむ」と話している。
もちろん、桁が違うとはいえ、巨額の資金が必要であることには変わりない。まず資金を調達できるのか、そして事業化を果たしたとして、利益を生むことができるのか。それを検討するのが企画会社の役割だ。
サービス開始は2007年半ば?
同社が使う予定のインターネット衛星は、宇宙開発事業団(NASDA)と通信総合研究所が共同で開発を進めている「WINDS」(Wideband InterNetworking engineering test and Demonstration Satellite)を活用する。WINDSは、政府IT戦略本部の「e-Japan重点計画」で謳われた“高度情報通信ネットワークに係る研究開発推進”の一環として進められており、製造はNEC東芝スペースシステムに委託されている。
「WINDS」(C) 2002-2003 National Space Development Agency of Japan. All rights reserved.
「作業は順調に進んでいる。既にWINDSの設計は終わり、搭載する機器を製作している段階だ」(同氏)。このWINDS1号機は、2005年度末にHII-Aロケットにより打ち上げられ、2006年度には衛星インターネットの実験を開始する予定だ。
もっとも、国費で作られた衛星を民間企業が利用できるのは技術検証まで。商業利用は許されず、そのため同社は改めて自前の衛星を打ち上げることになるという。
「実験期間は1年ほど。できれば2007年度の早い時期に自前の衛星を打ち上げ、同年の半ばもしくは後半には商用サービスを開始したい」。
衛星は地上局と利用者宅を中継し、上り/下りの両方を電波でつなぐ。サービスの概要は後編で取り上げるが、少なくとも同社がいうように、現在のADSLと同等の料金で下り155Mbps/上り1.5Mbpsの衛星インターネットサービスが利用できるのであれば、地方だけではなく都市部でも需要が見込めるだろう。
ただし、進歩の早いブロードバンド分野では、4年後(2007年)の状況を予測するのは困難だ。既にいくつかの企業が経験したように、事業計画を立てた時点では先進的であっても、実際にサービスが始まる頃には時代遅れになってしまうこともあり得る。
また現在の光需要を考えれば、今後もFTTHのサービスエリアが拡大することは確実だ。衛星が稼働したとき、果たして市場は残されているのだろうか?
ビジネスモデルは3つ
4年後には市場が狭くなっている可能性。それを認めたうえで、北原氏は3つのビジネスモデルを提示した。
1つは、やはりコンシューマー向けのブロードバンドサービスだ。サービスの形は、ADSLやFTTHと同じISPに対する回線ホールセールを予定しているという。「地上インフラの未整備エリアが今後4年間で減少するのは当然だ。しかし、少なく見積もっても300万世帯は(2007年時点でも)残っていると予想している」。
2つめは、衛星のビームを専用線として利用する企業向けサービスだ。例えばIPマルチキャストを使って全国の拠点に情報を一斉配信する、あるいは拠点間の大容量データ通信などが検討されている。また、同社のシステムにはユーザーごとの帯域幅を柔軟に制御できるという特徴があり、これを活かして「顧客が、必要なときに申請すれば、一時的にパイプを太くする“オンデマンド&従量課金”の大容量通信を提供できる」という。生放送の中継回線など、幅広い応用が考えられるだろう。
最後は、地方公共団体への一括導入だ。e-Japan戦略を受け、最近では地方自治体が主導する形で地域のブロードバンドインフラを整備する例が増えているが、一方でまだ課題も残っている。つまり、「光ファイバーが市役所や図書館といった施設をつなぐバックボーンを構築しても、一般家庭に至るラストワンマイルがない」ということ。中には、島根県のように補助金を出してDSL事業者を呼び込んだ例もあるが、やはり山間部などサービスが行き届かない場所は残されてしまう(関連記事)。
しかし、衛星インターネットであれば、ラストワンマイルの問題は一気に解決する。そのうえ、地上インフラと異なり、地震などの災害にも強い。
「今後、電子政府や遠隔医療の発展とともに、地方自治体の需要は増える。加入者回線を一括提供できるメリットは大きく、またコスト的なメリットも提供できるはず。必要なのは、需要を喚起するための啓蒙活動だろう」(北原氏)。
もっとも、同社には地方公共団体よりも先に啓蒙しなければならない相手がいるようだ。年内の事業会社化を目指す同社は、資金調達のために出資企業を募らなければならない。技術はNASDAの折り紙付きとはいえ、最初の衛星打ち上げ以前〜つまり何の実績もない状態で、百億単位の資金を確保するわけだ。同社に求められているのは、まずプレゼンテーションの技術なのかもしれない。
後編に続く
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関連リンク
NEC東芝スペースシステム
宇宙開発事業団(NASDA)
[芹澤隆徳,ITmedia]