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2003/08/29 23:59:00 更新 |
超高速インターネット衛星の挑戦(後編)
衛星インターネットの“得手不得手”
衛星インターネットは、ある方角の空が見えてさえいれば導入できる“敷居の低さ”が最大のメリットだ。これまでブロードバンドの恩恵を受けることができなかった地域にも、高速大容量通信をもたらすと期待されている。ただ、その仕組みゆえに、アプリケーションには得意なもの、不得意なものがある
BS放送と同程度のパラボラアンテナを設置するだけで、下り最大155Mbps、上り1.5Mbpsを伝送できる。前編で取り上げたように、衛星インターネットは、導入時の“敷居の低さ”が最大のメリットだ。これまでブロードバンドの恩恵を受けることができなかった地域に高速大容量通信をもたらし、都市部でも、有線インフラを引けない、あるいはスピードに満足できないユーザーに利用される可能性も高い。
しかし、衛星を経由するという仕組み故に、いわゆるブロードバンドアプリケーションの中には、得意なものと不得意なものが出てきそうだ。前回に引き続き、「超高速衛星インターネットサービス企画」の北原正悟社長インタビューをもとに、サービスの仕組みと概要を紹介していく。
通信を安定させる技術
衛星インターネットのコア技術は、宇宙開発事業団(NASDA)と通信総合研究所が共同で開発を進めている“超高速”インターネット衛星「WINDS」(Wideband InterNetworking engineering test and Demonstration Satellite)だ。WINDSは、固定/可動の2種類のアンテナを備える。「マルチビームアンテナ」(MBA)による固定ビームは日本およびアジア周辺エリアをカバーし、アンテナの通信方向を高速制御できる「アクティブフェーズドアレイアンテナ」(APAA)は、アジア・太平洋全域をすっぽりと覆うほどの走査範囲を持つ。
もっとも、実際には日本列島を1つのビームでカバーするわけではない。「日本をいくつかのエリアにわけ、離島を含め9〜12ビームを使ってサービスを提供する計画だ。各エリアには1〜2カ所のゲートウェイ局を設け、そこからISPなどにつなげる形を想定している」(北原社長)。
このマルチビーム方式は、天候が通信状態に与える影響を軽減するメリットがある。たとえば、実験に利用される電波は、下りが17.7〜18.8GHz、上りが27.5〜28.6GHzの“Ka帯”(波長による呼称では“準ミリ波”)だが、準ミリ波は大容量通信が可能になる一方で、降雨による減衰が大きいことでも知られている。電波は周波数が高ければ高いほど伝送できる情報量は多くなるが、同時に直進性が強くなり、障害物の影響を受けやすいからだ。
その対策として、WINDSには「地域別降雨補償機能付きKa帯高出力中継器」が搭載される。これは、地上の環境に応じて、ビームごとの出力を調整するというもの。たとえば、「関東地方が大雨だが、北海道は晴れている」といったケースなら、北海道のビーム出力を下げ、そのぶん関東地方向けの出力を上げる。それでもカバーできない場合は、データレートを下げることで対応する。スピードは落ちるが、通信は安定するはずだ。
もう1つ、高速化のためにWINDSに盛り込まれる重要な技術が「搭載高速スイッチング・ルータ」だ。従来の通信衛星では、一度地上局に地球局にトラフィックをおろし、ルーティング処理を行った後で再び衛星に戻すという複雑な手順を必要としていた。これに対し、WINDSでは155Mbps×3チャンネルのATM交換機を搭載することにより「衛星1つを経由したときのディレイ(遅延)は、約0.25秒」という、通常のWebブラウズやメールの送受信には影響のないレベルにまで遅延は抑えられる。
なお、商用サービスでも通信にはKa帯を利用する予定だが、具体的な周波数帯の割り当ては未定だ。「周波数確保のため、現在は総務省にかけあっている段階。準ミリ波はFWA(Fixed Wireless Access)に一部割り当てられていることもあり、ある程度の感触は得ている」(同氏)。下りは17.3〜21.2GHz、上りは27〜31GHzの中で、FWAとすみ分ける可能性が高いという。
得意なアプリ、不得意なアプリ
安定性の次に気になるのは、実効スピードだろう。衛星インターネットの場合、1つのビームには、それぞれ最大155Mbpsの容量を持つ通信波が3波含まれるため、1ビームあたりの総容量は465Mbpsほど。これを各地域(ビームごと)のユーザーが共有する形になる。
スピードを左右するのは共有人数だが、北原氏は「利用実験の中で検証する予定だが、現在は1ビームあたり2〜3万人を収容する方向で考えている」とした。地上インフラに例えるなら、460Mbpsのバックボーンを2〜3万人で共有することになり、2007年の時点で十分といえるかどうかは微妙だ。ただし、衛星の特徴を活かして「アプリケーションによっては効率を上げることができる」という。
衛星インターネットの場合、通信波は全利用者のパラボラアンテナに届くため、多くのユーザーが同じコンテンツを利用するのであれば、消費される帯域幅は1人分と同じだ。たとえば、4Mbpsのストリーミング動画を1万人が視聴しても、帯域は4Mbpsしか使わず、残りの147Mbpsは別の用途に利用できる。つまり、IPマルチキャストを使った放送型コンテンツなどに適したインフラといえる。
一方、早いレスポンスが要求される一部のアプリケーションは、利用が難しい可能性もある。理由は前述のディレイ。遅延が少なくなったとはいえ、リアルタイムのオンライン対戦ゲームなどが求める条件は、さらにシビアだ。
地上インフラでも、「遠くにいたはずの敵が突然ワープして眼前に現れる」などの不具合が生じることがあるが、この場合、問題になるのは155Mbpsといった帯域幅よりも、特定のサーバに行って帰ってくるまでの時間(RTT:Round Trip Time)。たとえば、スクウェアの「ファイナルファンタジー XI」を快適にプレイするには、RTTは200ミリ秒以内、そのほかの対戦ゲームでも250ミリ秒程度が求められる(関連記事1、2を参照)。ところが衛星インターネットの場合、往復するのに2度衛星を経由しなければならず、空中部分だけで500ミリ秒の遅延が生じてしまう。「確かにゲームの種類を選ぶ可能性はある。対戦型ゲームに関しては、実験の中で検証していきたい」(北原氏)。
日本から“ブロードバンド難民”がいなくなる?
既報の通り、同社はNADSAが2005年度末に打ち上げるWINDS1号機を使い、2006年度には衛星インターネットの実験を開始する予定だ。実験の結果をもとに、2007年度の早い時期には自前の衛星を打ち上げ、同年の半ばもしくは後半には商用サービスを開始する。
まだまだ先は長いが、日本全国を一気に、そして確実にカバーできるインフラは地上にはない。衛星インターネットサービスを利用するときの条件は、たった1つ。仰角35度、南の空が見える場所に直径45〜60センチのパラボラアンテナを設置できればいい。ちょうど、今は火星が見える方角に打ち上げられる衛星により、日本から“ブロードバンド難民”がいなくなる日も近いのかもしれない。
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[芹澤隆徳,ITmedia]