こうしてテレワークは文化になった――佐賀県庁を変革した挑戦者たちの軌跡

全国に先駆けてテレワークの取り組みを始めた佐賀県庁だったが、多くの職員が利用を敬遠するという状況に陥っていた。そうした中、民間企業から佐賀県CIOに就任した森本登志男氏を中心に、本格的なテレワーク推進プロジェクトが立ち上がった。今では約4000人の全職員が利用するまでに至ったこの大変革の軌跡を追う。

» 2016年03月04日 10時00分 公開
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大寒波で発揮したテレワークの“真価”

 「鉄道が相次ぎ運休!」「各地で水道管が凍結、破損!」「市民生活は大混乱!」

 2016年1月に西日本を襲った記録的な大寒波は、九州北西部の佐賀県にも大きな爪痕を残した。同月24日、佐賀県佐賀市では35年ぶりの気温0度を下回る真冬日に見舞われ、市内中心部では最大7センチメートルの積雪を観測した。鉄道をはじめ公共交通機関の多くがストップし、翌日の月曜日にはほとんどの小中高校が休校を決めるなど、混乱は実に広範に及んだ。

 その日の佐賀県庁――。オフィスを見渡すと、職員の数はまばらだ。この光景だけを見ると、大雪で多くの職員が登庁を断念したのかと思うだろう。だが、実はそうではない。登庁していない多くの職員たちも、平時とほぼ変わらずに自宅などで仕事を続けていたのである。これこそが、数年前から佐賀県が熱心に取り組んできた「テレワーク」の成果の集大成である。

 登庁が困難と判断した職員たちは、上長とコミュニケーションツール「Cisco Jabber」を介して連絡をとり、自宅での作業を決める。そのために佐賀県は約4000人の職員に約1200台のタブレット端末を配布するとともに、仮想デスクトップによる庁外からのリモートアクセス環境を整えている。県内には13カ所のサテライスオフィスを設置。前述のJabberやWeb会議ソリューションである「Cisco WebEx」など各種コラボレーションツールを導入し、職員間のやりとりは簡単かつスピーディーに共有されている。これにより離れた場所にいる相手とも連絡や相談などをリアルタイムに対面で行うことが可能だ。これらの“合わせ技”で、この大雪の日も、登庁しないという意思決定を速やかに実現したのである。

 そもそも、なぜ佐賀県庁はテレワークに取り組むことになったのだろうか。時計の針を8年前に戻してみよう……。

職員のつなぎとめが必要だった

 2008年1月、佐賀県庁は全国に先駆けて都道府県初の在宅勤務制度を導入した。まだ民間企業でもテレワークが珍しかった当時、佐賀県庁の発表は大きな話題を呼んだ。

 佐賀県庁がテレワークに挑んだ理由はいくつかある。1つは業務継続性の確保だ。2005年ごろから国内でも鳥インフルエンザウイルスが相次いで検出されるなど、パンデミック(広範囲におよぶ流行病)という言葉が一般にも浸透し始めていた。

 企業であれば、大規模な自然災害やパンデミックなどの際に、安全を考えて社員を出社させないという選択肢がある。だが、役所となれば話は別だ。行政組織の判断遅延は、周辺地域や国の政策にも影響し、場合によっては地域住民に大きな被害を及ぼしかねない。従って、行政はどんな状況であれ、「仕事を継続し続けること」ことが何より優先される。そこで有事のときに、たとえ登庁せずとも自宅で業務を遂行できるようにすべきだと佐賀県庁は考えた。

 テレワークのもう1つの狙いは、職員の離職を食い止めることである。育児や介護で退職を意識せざるを得ない職員もおり、その数は今後さらに増え続けていくことが明らかだった。とりわけその“犠牲”となりやすいのが女性職員だ。

男女別職員数の年齢分布(知事部局) 男女別職員数の年齢分布(知事部局)

 「もっと働きたい!」――。そんな本人の願いはむなしく、家庭の事情で職場を離れなくてはならない。そんな女性職員は一人や二人ではないはず。女性の活躍や、管理職への登用を推進する佐賀県庁としても真正面から向き合う大きな課題であり、その解決策としてテレワークにかける思いはひとしおだった。

制度を作っただけで満足していなかったか?

 そうした強い期待感を持ってスタートしたテレワークだったが、早々に暗雲が立ち込める。利用する職員が思うように伸びなかったのだ。最初の3年間の利用者は累計でわずか40人ほど。3300人という当時の対象職員数からすれば、利用率は2%にも満たなかった。

 「なぜもっと利用してくれないのか……」。担当者は頭を抱えた。そして、気付く。実は制度を作っただけで満足していて、本気でテレワークを普及させる気持ちが足りなかった。加えて、ほとんどの職員が未経験だったため、そもそもテレワークの利用価値が理解されていなかったのである。

佐賀県 最高情報統括監の森本登志男氏 佐賀県 最高情報統括監の森本登志男氏

 まずは皆がテレワークを体験しなければ前に進まない。そうした考えにたどり着いた、ちょうどそのころ、佐賀県庁に大きな転機が訪れる。後に全職員が利用するまでにテレワークを普及させた立役者となる、一人の男が佐賀県庁にやって来たのだ。

 その男の名は、森本登志男氏。2011年4月の公募に応じ、民間企業から佐賀県の最高情報統括監(CIO)に着任した人物である。

 森本氏はテレワークこそが佐賀県庁が抱える課題解決の切り札になると確信していた。そしてまた、これまでの取り組みが成功していなかった理由も見抜いていた。

 着任後、テレワークのさらなる展開を目指すべく、庁内での議論を開始した。幸い、佐賀県議会では、2011年9月から他県に先駆け全議員がタブレット端末の活用を始めており、理解は早いはず。各種の策を戦略的に講じていくことで、テレワークの利用は徐々に、しかし着実に前進し始めたのである。

意識変革なくしてテレワークは浸透せず

 その最初にして最大のステップ――こう森本氏が語るのが、2013年8月から4カ月かけて実施した、約180人の管理職を対象とするテレワークの一斉実施と、タブレット端末100台を配布して県庁の仕事のやり方を変えてもらう「モバイルワーク推進実証事業」である。具体的には、前者は一定期間、週2回以上、それ以外は原則週1日以上のテレワーク実施の努力目標を課した。

 「どうしてそんなことをやらないといけないのか」「自分にはテレワークは関係ない」「今までと同じような仕事のやり方で十分だ」。当然のように反発はあった。しかし、それも森本氏は織り込み済みだった。そこで同時に打った手が研修である。

 テレワークの研修となれば、コミュニケーションツールの使い方などを学ぶ講習だと思われがちだ。だが、森本氏の狙いは別にあった。力点を置いたのは、むしろ管理職の「意識変革」だったのだ。

 「管理職には操作方法などをこまごま教えない。皆さんはタブレットや仮想デスクトップを使ったメールのチェックと稟議(りんぎ)の承認の仕方だけ覚えてください。そして、タブレットにはどんなアプリがあり、何ができるのかだけ知ってもらえればいい。職員が何をしているのかだけ知っていればいい」(森本氏)

 説明会だけでなく、各部署を訪れてはテレワークに対する現場の本音を聞いて回ることで、お互いの意識を擦り合せていった。こうした草の根的な活動が一つ一つ実を結び、いつしかテレワークに対するネガティブな声がほとんど聞かれなくなったのである。「この意識改革を抜きに、その後の全職員へのテレワーク利用拡大はきっと不可能だったはずです」と森本氏は力を込める。

 それと並行して、迅速な情報共有や業務効率化を目的に、100台のiPadを35の部署に配布して職員に利用させる「モバイルワーク推進実証事業」を進めた。実際にタブレット端末を利用してもらい、県庁の多様な現場の職員にそのメリットを実感してもらおうと考えたのである。また、この実証事業に先立ち、仕事の所要時間や県民との対応などがタブレット端末の導入前と導入後でどのように変化するかということを測定してもらうなど、周到な準備を行った。本格導入時に有効性を数字で示さねばならないことを見抜いていたからだ。

 その効果はてきめんに現れた。例えば、農業施設など屋外の業務では、タブレット端末での資料確認や、撮影した現場写真などで専門職のアドバイスをすぐに受けられるようになった結果、以前より格段に業務の効率化が図られることとなった。そのほかにも多くの現場から「仕事が進めやすくなった」との声が森本氏の元に次々と届けられたのである。

 こうした結果を受けて、幹部職員らは森本氏が訴えてきたテレワークの有効性を強く認識。これが追い風となり、2013年12月からは佐賀県庁全体の半数にあたる約1700人を対象にテレワークを実施、そして調達担当職員らとの緻密なICTインフラの導入戦略の議論を重ね、2014年10月、ついに全庁展開にまでこぎつけたのである。

知事も「会議を諦めない」

 テレワーク推進に併せて、もう1つのプロジェクトが動いていた。それが、職員が利用するコラボレーションツールの選定である。

佐賀県 統括本部 情報・業務改革課 業務改革担当 係長の陣内清氏 佐賀県 統括本部 情報・業務改革課 業務改革担当 係長の陣内清氏

 森本氏とともにテレワークの全庁展開に尽力した、佐賀県 統括本部 情報・業務改革課 業務改革担当 係長の陣内清氏は、「審査会では、複数ベンダーの製品を候補とし、具体的な要求事項を基に、どこまで対応できるかを比較検討することで絞り込みを行っていきました。中には、高速道路を走る車内からでも高品質なWeb会議が実施できるかどうかなど、極めて難度の高い要求もありました」と振り返る。

 それらのいずれをも高い水準で満たすことで、最終的に佐賀県庁が白羽の矢を立てたのが、シスコシステムズのコラボレーション製品群である。具体的には、複数メンバーが同時に参加可能なWeb会議システム「Cisco WebEx」や、ユニファイドコミュニケーションシステム「Cisco Jabber」などだ。

 その成果はすぐに多様な形で現れた。例えば、今まで出張の多い職員は移動時間のムダに頭を悩ませていたが、コラボレーションツールを使って移動時間に資料作成できるようになった。さらには、わざわざ出張先から庁舎に戻らなくても、自宅に直帰してテレワークで作業するようにもなった。

 佐賀県 国際・観光部 観光戦略グループ 観光戦略担当 副主査の江口健二郎氏は、「インバウンド需要が高まる中、佐賀県は外国人観光客の誘致に力を入れています。とはいえ、担当職員は私を含めて5人程度。しかし、テレワークの本格利用を機に、外出先でも庁内と変わらずに仕事ができ、職員間の連絡も円滑に取れるため、業務が格段とはかどるようになりました」と頬を緩ませる。

佐賀県 国際・観光部 観光戦略グループ 観光戦略担当 副主査の江口健二郎氏 佐賀県 国際・観光部 観光戦略グループ 観光戦略担当 副主査の江口健二郎氏

 そのほか、当初からの大きな目的だった、職員の育児や介護に対する支援効果も見られるようになった。「これまで通勤時間の関係上できなかった幼稚園の送迎を妻に代わってできるようになった」「在宅勤務を実施することで、介護中の親の目の届くところで仕事ができるようになった」など、職員からの喜びの声が寄せられているという。

 知事をはじめ、幹部職員からの評価も上々だ。Web会議のおかげで、多忙な中でも、例えば、飛行機移動の後に到着した空港から会議に参加するなど、今までより多く参加できるようになり、「会議か出張のどちらかをあきらめる」ことが減り、出張しながら佐賀で行われる会議にも参加することができるようになった。このように全庁のさまざまな部署、場面で利用メリットが広がったことを受け、県庁外からの仮想デスクトップへのアクセス数は今では月当たり1万5000回に達するほどだ。そうした一連の成果が高く評価され、2016年には日本テレワーク協会が主催する「第16回テレワーク推進賞」の会長賞を受賞した。

 また、テレワークの浸透は、思わぬ効果ももたらした。タブレット端末の活用が進み、会議での配布資料の多くが電子化したことで、大幅なペーパレス化を実現したのである。実際に、2012年と比較して、2014年のコピー用紙購入量は約560万枚が削減されたのである。

テレワークが日本を変える

 佐賀県では現在、テレワークのさらなる活用に現場主導で取り組んでいる最中である。営業、建築や土木などの現場、バックオフィスなど、部署ごとにさまざまな知恵が絞られている。

 例えば、各種のセンサーが収集した気象や土壌などの情報を遠隔地からタブレットで確認したり、害虫の発見場所を即座に共有したりなど、テレワークの応用範囲は、アイデア次第でどこまでも広がる。その可能性にいち早く着目した佐賀県庁の元には、今やその知見を得ようと他の自治体や企業からの見学者が後を絶たない。まさに佐賀県庁の取り組んだテレワークが日本を変えようとしているのだ。

シスコシステムズ コラボレーションアーキテクチャ事業 コラボレーション営業部 部長の石黒圭祐氏 シスコシステムズ コラボレーションアーキテクチャ事業 コラボレーション営業部 部長の石黒圭祐氏

 この先に佐賀県庁が進むべき道とは何か。森本氏が見据えているのが、「オフィス」中心の働き方から、「人」「現場」中心の働き方への転換、すなわちワークスタイル変革だ。

 「職場でなければ仕事ができないということが、業務の効率性を削ぎ、また職員が退職せざるを得ないという大きな原因となっていました。だが、テレワークはそれらの問題を抜本的に解決します。まだ道半ばではありますが、仕組みは既に整備されており、職員の意識変革、ワークスタイル改革を通じて、年を追うごとに住民サービスの向上効果は増していくはずです」(森本氏)

 佐賀県のテレワークの仕組み作りをベンダーとして支援してきた、シスコシステムズのコラボレーションアーキテクチャ事業 コラボレーション営業部で部長を務める石黒圭祐氏は「今回の導入支援を通じ、何より明確なビジョンが大切なことを改めて学ばせてもらいました。佐賀県では、それがあったからこそ、テレワーク活用に向けたイノベーションが生まれ続けているのです」と分析する。

シスコシステムズ パブリックセクター事業 自治体営業本部 シニアアカウントマネージャーの原真嗣氏 シスコシステムズ パブリックセクター事業 自治体営業本部 シニアアカウントマネージャーの原真嗣氏

 また、シスコシステムズ パブリックセクター事業 自治体営業本部 シニアアカウントマネージャーの原真嗣氏は「職員の皆さま一人一人が平時から最適な選択肢を選び業務をされているという点に『強い』組織を感じます。最初に職員の皆さまに、意識変革をしっかり行い、コンセプトを現場レベルにまできちんと落とし込んでいるのが成功の秘けつではないでしょうか」と力を込める。

 8年前にテレワークをスタートさせた佐賀県庁。今では職員たちの間にそうした働き方が“職場文化”として根付いており、日本中の自治体などから模範とされるまでの存在となった。当然、ここまでの道のりは決して楽なものではなかったはずだ。そこに推進者たちのゆるぎない意志と情熱に加え、冷静かつ周到に立てられた戦略、さらには職員たちの強い共感、協力なくしては、成し遂げることはできなかっただろう。

 行政の仕事というのは批判されがちだ。「お役所仕事」と揶揄されることも多い。だからこそ、佐賀県庁はテレワークによって「お役所仕事の定義を変えよう」「机を捨てて現場に行こう」としている。こうした姿勢は近い将来、多くの行政の意識を変え、ついには日本社会そのものを変える力になっていくはずだ。

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