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» 2019年10月29日 10時00分 公開

エンジニア出身の“異色の小説家”が挑戦するコンテンツの「新しい届け方」――本を普段読まない人にも読んでもらうために

[PR/ITmedia]
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 インターネットやスマートフォンが普及する中で、エンターテインメントの種類が増え、娯楽の在り方が多様化している。小説やテレビ、映画などに加えて、近年はインターネットでのゲームやネット番組の視聴など視聴者はさまざまな楽しみを選択できるようになってきた。また、スマートフォンの普及によって、特に現在の若者の世代にとっては「コンテンツは無料で得られるもの」という感覚が根強い。

 一方で、紙メディアの存在感は薄れ、出版不況はますます深刻になっているのが現状だ。書籍や雑誌を買う人は減少し続けており、出版業界は従来のビジネスモデルからの脱却を迫られている。

 そんな中で、小説を読むことができるプラットフォーム「LINEノベル」というスマホアプリによって自身の作品を幅広い読者に届けようと挑戦している作家がいる。2019年4月に『サバティカル』(朝日新聞出版)を刊行した小説家の中村航(なかむら こう)氏だ。LINEノベルは誰でも自由に小説の投稿ができ、既刊の人気作品やオリジナル作品など、さまざまなカテゴリーの作品を読むことができるが、読者を、無理なく習慣化できるシステムを提供している。

 紙メディアの「縦書き」離れが進む中、スマホでの「横書き」によっても小説を届けようとしている中村氏。コンテンツに対してお金を払わなくなっている若者にいかにして取り込もうとしているのか。LINEノベルへの挑戦を決めた動機から、文学がまだ秘めている可能性、作家の働き方などについて聞いた。

phot 中村航(なかむら こう):小説家。芝浦工業大学卒業後、エンジニアとしてメーカーに就職。在職中に小説を書き始め、執筆活動に専念するため退職。その後2002年『リレキショ』(河出書房新社)で第39回文藝賞を受賞し、デビュー。2003年『夏休み』(河出書房新社)と、2004年『ぐるぐるまわるすべり台』(文藝春秋)は芥川賞候補作となる。2005年『100回泣くこと』(小学館)、2012年『トリガール!』(角川マガジンズ)、2013年『デビクロくんの恋と魔法』(小学館)など映像化作品多数。『無敵の二人』(文藝春秋)、『怪物』(KADOKAWA)などボクシングを題材にした著作もある。メディアミックスプロジェクト『BanG Dream!』の原案や作詞など、小説に限らず幅広く手掛ける

「活字離れ」ではなく「縦書き離れ」

 中村氏はデビューから、新刊刊行時のインタビューで「普段本を読まない人にもぜひ読んでほしい」と必ず言い続けているという。そのために、普通とは違う角度、違う題材で小説を書くことを心掛けている。

 そして何より「自分が書いた作品が好き」だと話す。新しい作品を書くときも「こういう題材ならこういう人が読んでくれるんじゃないかな」「新しい人が読んでくれるんじゃないかな」など、常に新しい読者を意識しているそうだ。LINEノベルで新作を発表した背景にも「こんなに面白い作品なのだから、普段本を読まない人にもぜひ読んでほしい」という変わらぬ思いがある。

 中村氏はLINEノベル担当者から掲載の依頼を受けたとき、課金の仕組みなどについて説明を受けたそうだが、「この依頼に関しては、自分に入るお金のことはどうでもよくて、LINEノベルは日本全国どこでも無料で読めるというところが良いと思った。自分が地方の高校生なら無料で読みたいと思うだろう」と考えていたと話す。

 しかし、LINEノベルを引き受けるに当たって障壁もあった。一般に小説というコンテンツは縦書きで提供されるが、LINEノベルでは横書き表示で画面を下の方へとスクロールしていく形になる。中村氏は単行本を出版するときに、それぞれの章の終わりの文がページ内のどこにくるかや、最後のページの終わりの位置までこだわって執筆するほど、縦書きの小説に対する思い入れが強い。当初は「横書きは自分には無理だな」と思っていたという。

 しかし、PCやスマホの普及で、横書きで読むものがかなり増えた。メールもメッセージも、Webサイトのニュース記事も全て横書きだ。中村氏は「『活字離れ』というが、実際は『縦書き離れ』だ」と指摘する。そして、横書きのものがどんどん増えていき、小説も「スマートフォンで、横書きで読みたい」という声があるのならそれでもいいと思い始めたと語る。そしてLINEノベルが、作家にとって自身の作品を世に出す新しい手段になればという思いもあるという。

 小説家が自身の作品を単行本として世に出すには、雑誌に原稿を掲載してもらい、ある程度集まったら本として出すのが「王道」だ。作家が掲載を目指す雑誌はまず小説誌。そして文芸誌だ。文芸誌には現在『文學界』(文藝春秋)、『新潮』(新潮社)、『群像』(講談社)、『すばる』(集英社)、『文藝』(河出書房新社)の5誌があり、いわゆる「純文学」を掲載している。

 しかし、「小説誌や文芸誌を若年層が読むのか?」という問題意識、危機意識は中村氏に限らず、多くの作家が抱いているという。中村氏は「文芸誌、小説誌ともに、漫画雑誌のような機能は、そもそも果たしていない」と指摘する。自身の作品を多くの人に知ってもらう場としての機能を果たしていないというわけだ。

 そして深刻になる一方の出版不況によって、「雑誌は少なくなり、Webに切り替わっていく」と中村氏は断言し、「雑誌、書籍にしがみついていては発表の場の奪い合いになる」と予想する。そのときに作家はどうするのか。「奪い合いの中でみんなが切磋琢磨して『良いものが残る』という考え方もある。でも自分はいろいろほかの可能性を探っている」(中村氏)。“ほかの可能性”の一つがLINEノベルであり、Webサイトへの連載ということだ。

「コメント欄」に文学の秘めた可能性を見た

 中村氏は、LINEノベルやWebサイトへの連載といった活動に目を向けたもう一つの要因として、漫画サイトの「コメント欄」を挙げる。「不倫をテーマにした漫画のコメント欄を見ると、登場人物を非難する、いわゆる『叩(たた)く』コメントがかなりあった。明らかに作者さんのファンではない。ファンだったらそういう風には読まないだろう。でもこれはこれで新しい読まれ方だと思った」という。そして、コメント欄に書き込む読者も「作品に参加している」と感じさせるところ、コメントが一種のエンターテインメントになっているところを新鮮に感じたとも語る。

 そこで氏は、自身の作品にコメント欄が付いたとしたらどうなるかを想像し、「イケるな」と思ったそうだ。「自分の作品を例えば60話くらいに細かく区切っても、それぞれに何かフックのあるコメントが付くだろう」というところまで想像できたという。

 中村氏は「小説ではいちいち細かく説明することはないが、サーッと流れていく中に『ここを拾ってほしい』という部分はたくさんある」と訴え、記者が取材時に持参した氏の最新作『サバティカル』に付箋がたくさん付いている様子を見て、「とても興奮する。こんなに引っ掛かるところがあったのか」と、熱く語った。

 そして、付箋が指す部分にコメントが入り、「それがきっかけで盛り上がったりすることが可能かもしれない」と文学がまだ秘めているかもしれない可能性を想像している。また中村氏は、「読者がどう読むかということを知りたい」という。氏にとって「執筆は一種のコミュニケーション」だからだ。「モヤモヤした大衆に向けてボールを投げるというよりは、一人一人の読者とキャッチボールをしているような感じ」と自身の執筆に対する考え方を表現する氏は、「自分の本を読んでくれた人はそれだけで友達と思ってしまうくらいの気持ち」で執筆しているという。

 さらに、自分の作品へのコメント欄から、読者の反応を見て続きを書いていく。読者と作者が一緒になって作品を作っていくという新しい形が生まれる可能性もあると考えているという。

phot 多くの付箋が付いた最新作『サバティカル』を手に取る中村氏

読者コメントが編集者の役割を代替できるか?

 読者と作者が一緒になって作品を作っていけるようになれば、編集者も出版社も要らないという意見もある。しかし中村氏はその見方に否定的だ。「消費者と一緒に作品を作ることは良いことだと思う。そのようにして作品を作りたい人はそうすればいい。しかし自分自身は、消費者が編集者の代わりになるとは思わない」(中村氏)。

 編集者という仕事は「才能を扱う仕事」といわれる。中村氏も「その通りだな」と思うという。江戸時代にさかのぼると、作家を囲い込んでいる「版元」という業者があった。当時の版元が作家に書かせた戯曲は、今でも歌舞伎などで演じられている。

 時代が明治、大正に入ると、現在「文豪」と呼ばれている作家が活躍する。テレビもない当時、作家は今でいうアイドルや俳優のような扱いだった。そしてテレビの時代に入ると、各局がドラマを放映するようになる。その原作は全て小説だった。このように、出版社と編集者はそれら時代時代の文化を作ってきたのだ。

 しかし、ITが普及する時代になると出版社は出遅れてしまう。現在はどの出版社も電子書籍などいろいろな形でITを利用しているが、この流れはAmazonが先頭を切って作っていったものだ。

 中村氏は「本を作る、才能を育てる、もっと大きく言うとコンテンツを作る、育てるということに関して、出版社が持っているものとか、出版社にしかできないことは、すごくあると思う」と評価する。さらに「プロの編集者は、自分(中村氏)の中に眠っている面白さとか好奇心とかいろいろなものを引き出してくれるものだと思っている。それこそ書くことが何もなくなったと思ったときでも、きっかけをくれて引き出してくれる存在だ」と語る。

 氏の最新作『サバティカル』のタイトルも、「休暇をテーマに」という話から、編集者が教えてくれた言葉だという。サバティカルは、転職によってしばらくの休暇ができた男性の物語だ。男性は休暇の間にやることを整理するのだが、そのときにアトラシアンのタスク管理ツールTrelloを使っている。Trelloは中村氏自身も愛用していて、「直感的で非常に見やすく、分かりやすい」ところが気に入っているという。そして、タスクを記入したカードを動かすときに満足感を感じわくわくするとも語る。「何というか、Trelloには夢がある。自分の夢を可視化できるというか」(中村氏)。

 中村氏はLINEノベルやWeb連載といった形で作品を発表するようになっても、編集者が必要だと考えている。しかし、編集者の役割、作家と編集者の関係は変わっていくと考えているという。才能を見いだして育てるというところは変わらないが、これからはマネタイズするところまで考える力が求められるのではないかと指摘する。

小説だけのサイトを自分で作りたい

 実は中村氏はインターネットが普及し始めた頃に、面白い連載を発表していくWebサイトを作りたいと考えていた。しかし、Webサイトの名前は考えたものの、なかなか実現には至らなかった。そして、「同じようなことを考えて、ちゃんと実現している人に憧れていた」という。その一人が「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」を主宰する糸井重里氏だ。

 ほぼ日が莫大な読者を集めるようになった今、中村氏は小説だけのサイトを自身で開設したいと具体的に考えているという。「小説でもこんなにできるんだよ」というところを見せたいと中村氏は意気込んでいる。

phot 転職先への入社までの5カ月、ぽっかり空いた“人生における休暇”の物語を描いた『サバティカル』(朝日新聞出版)

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2019年11月14日