「敷金・礼金・仲介手数料0円!」「部屋探しから契約までスマホで完結!」「水道光熱費・Wi-Fi費など全部コミコミ!」――。
このようなPR文句が踊る不動産賃貸のチラシを数年前に目にしたら、「そんな不動産会社あるわけない」と、日本人の大多数が思ったに違いない。だが、そんな時代はとうの昔に過ぎ去っているらしい。OYO LIFEという賃貸住宅型サービスのプロバイダーが、上の3つのサービスを掲げて、急拡大を続けているからである。その急速な拡大はOYO LIFE独自のIT技術力、つまりテクノロジーによって実現されていた。
OYO LIFEのキーマンを直撃し、今後の戦略に迫る。
賃貸住宅型サービスプロバイダー、OYO LIFEが展開するこれらのサービスは、どれも日本の住宅賃貸のビジネス常識ではありえなかったようなものだ。
例えば、賃貸物件を扱う不動産会社は、物件の「仲介」が主たるサービスであるので、「仲介手数料0円」はありえず、部屋選びから契約までが、重要事項(※1)の説明もなく「スマホで完結」もありえなかった。そして、「全部コミコミ」もありえず、なにゆえにそこまで“コミコミ”にするかの理由も分からない。
加えて、OYO LIFEの東京ゼネラルマネージャー、種 良典氏によると、「先日、賃貸物件の“セール(特売)”を展開し、92室を1日で売り切った(貸し切った)」という。そんなことも、日本ではありえなかった。
ではなぜ、OYO LIFEは、このようなサービスを展開することができるのか、また、展開しているのか─―。それを理解するうえでは、OYO LIFEがどのような会社なのかを知るのが早道である。
※1:日本の宅地建物取引業法では、賃貸借契約を締結するまでの間に、仲介や代理を行う不動産会社は、入居予定者に対して賃借物件や契約条件に関する「重要事項」の説明をしなければならないと定められている。
OYO LIFEは、創業からわずか6年で、世界で2番目に大きなホテル事業者へと急成長したインドのベンチャー、OYOと、日本のヤフーとの合弁で2018年7月に創設された。
OYOグループの創設者兼グループCEO、リテシュ・アガルワル氏は、13年に19歳の若さで創業し、瞬く間に2万人の従業員を擁するOYOグループを創り上げた“天才経営者”である。母国のインドでは知らぬ人がいないほどの有名人だ。
同氏は、裕福な家庭で育ったわけではないという。だが、学業が優秀なので大学へと進学した。ところが、大学での勉強が自分にとって無意味であることに入学3日で悟り、起業の“種(タネ)”を探して旅に出る。その途上、インドの格安ホテルの品質が悪く、しかも品質にバラツキがあることを知り、そこに起業のチャンスがあると判断、新しいビジジネスモデルを想起する。
そのモデルとは、格安ホテルの部屋を借り上げ、フランチャイズ化し、部屋とサービスの品質を高いレベルで担保しながら、オンラインで販売するというものだ。
このモデルがインドで大いに当たり、中国でも大ヒット。両大国のヒットで足場を固めたのちも、意欲的にグローバル展開を図り、OYOのフランチャイズホテル網は、すでに約80カ国/110万室の規模へと拡大している(19年10月時点)。
このビジネスモデルを、日本の不動産賃貸のモデルに融合させたのが、OYO LIFEのビジネスモデルとなる。
「日本では、廉価なホテルでも品質が高く、OYOのビジネスモデルがうまく機能しない懸念がありました。翻って日本の住宅賃貸市場に目を向けると、首都圏3000万人の40%が賃貸住宅で暮らすという、世界でも類を見ない巨大な市場があります。そこで、OYOの初の試みとして、OYOのビジネスモデルを基礎にしながら、住宅賃貸のビジネスを始動させることになったわけです」(種氏)
OYO LIFEの事業形態は、日本で言えば、不動産物件の「サブリース」業に当たる。物件のオーナーから部屋を借り上げ、一般消費者や法人に貸す(リースする)というのがビジネスの基本だ。
このモデルの中では、オーナーから見た部屋の借主はあくまでもOYO LIFEとなる。そのため、日本の法令・慣習にのっとった各種の契約・交渉ごとは、オーナーとOYO LIFEとの間で完結させればよく、OYO LIFEとテナント(一般消費や法人などの顧客)との間に発生させる必要はない。ゆえに、「部屋探しから賃貸契約までをスマホで完結」といった利便性を顧客に提供することができる。しかも、物件の賃料も、需要と収益とのバランスを見計らいながら、OYO LIFEが独自に決められるので、“セール(特売)”で在庫を一掃するという施策も打てるのである。
また、物件を借り上げるということは、オーナーに対して“空室発生のリスクをゼロにする”という価値を提供でき、一括で借り上げる部屋数が多くなればなるほど、一部屋当たりの借り賃(仕入れ値)を安く抑えられる可能性がある。
加えて、オーナーとのビジネス交渉の中で、“礼金”という日本の慣習が吸収されてしまうので、OYO LIFEがテナントに求める礼金は0円で済む。
OYO LIFEでは、OYOの理念でもある「住環境の品質を高いレベルで一定に保つ」という取り組みを推進する。ゆえに、貸し出す全室について、ライフライン─―つまりは、電気・ガス・水道・インターネット(Wi-Fi)などを完備させ、無償で利用できるようにしているほか、「トランスフォーメーション」と呼ばれる内装の整備を行い、家具・家電・カーテンなどがあらかじめ備え付けられた部屋も提供している。
種氏によると、こうしたOYO LIFEのビジネスモデルは、賃貸住宅という商品を顧客が購入するときの「摩擦」を徹底的に小さくするためのものでもあり、少子高齢化/人口減少が続く日本で賃貸ビジネスを展開するうえでは、必要不可欠なものであると説く。
「少子高齢化/人口減少の影響によって、日本の賃貸物件の需給バランスはすでに崩れ始めています。実際、50万戸が供給過多で賃貸アパート/マンションの空室率も20%に達し、おそらく今後もこの数字は悪化していくでしょう。このような状況の中で、賃貸物件という商品をより多く販売していくには、顧客にとっての“買いやすさ”を徹底的に追求することが大切です。つまり、顧客が商品の購入時に直面する“摩擦”を可能な限り小さくして、従来よりもはるかに簡単に、かつ手軽に生活空間を手に入れられるようにすることが重要ということです」
もっとも、“全てをコミコミ”にしているOYO LIFE物件の賃料は、部屋の賃料だけを提示している他の賃貸物件よりも総じて割高に見える。その一点だけを見ると、“買いやすさ”はあまり感じられない。
「敷金・礼金・仲介手数料などの初期費用や光熱費、インターネット使用料などを勘案すると、OYO LIFEの賃料は間違いなく他社の物件よりも割安です。ただし、その割安感の訴求が足りていないのは確かで、そこには改善の余地が多く残されています」と、種氏は語ったうえで、こう続ける。
「もっとも、人がECサイトで商品を購入する最大の理由は、商品が安価に購入できるからではなく、目的の商品が実店舗よりも簡単に、かつ手軽に購入できるからです。OYO LIFEが大切にしているのは、そうした簡単さ、手軽さを賃貸物件の取引に持ち込み、需要を喚起することであり、価格破壊ではないんです」(種氏)
以上の記述からも分かる通り、OYO LIFEのビジネスモデルは特に複雑ではない。一定の資金力と不動産に関する知識がある企業であれば、同じビジネスを展開できる可能性は十分にある。ただし、OYO LIFEには、他社にはない大きな強みがあるという。その一つが、ITに関する技術力だ。
「OYO LIFEは不動産事業を展開しているテクノロジーカンパニーです。部屋選びから契約までをスマホで完結できるアプリを含めて、事業の中核を支えるITシステムの全てを内製で開発し、その機能拡張・強化を絶えず行うことができます」(種氏)
例えば、OYO LIFEのビジネスでは、ホテル事業と同じく、部屋に関する在庫管理の徹底と稼働率の向上が成否のカギを握り、可能な限り数多くの部屋を仕入れて、その稼働率を高く保つことが必要とされる。
同社では、そのためのシステムを内製で開発している。このシステムでは、部屋を仕入れる営業担当者が、借り上げる物件の情報をスマートフォンに登録すると、その情報が自動的に社内の承認プロセスへと回され、その承認内容に基づいて契約書が自動的に生成される。営業担当者はその契約書を使って、スマホ上でオーナーとの契約を完了させることが可能だ。
しかも、契約が完了した時点で、契約内容が経理処理に回され、支払いの手続きが行われる。このうち、承認に関しては、近辺の不動産相場との照合により、自動的に承認が下されるケースもあるという。
「こうしたシステムがあるからこそ、OYO LIFEでは月に何万件もの賃貸物件を仕入れることが可能と言えます」(種氏)。
加えて、契約が完了した物件については在庫として管理され、入居者が決まり次第、顧客情報と結び付けて管理される。これにより、どの部屋に誰が住んでいるのか、空き部屋がどのような状況にあるかが正確に管理されるという。
「ITを駆使した在庫管理の徹底は、OYO LIFEの生命線とも言える部分です。そこに日本とインドの優秀なエンジニアの力がフルに活用できるというのは、当社の大きなアドバンテージだと感じています」(種氏)。
種氏によれば、OYOの企業カルチャーは、現場の担当者に権限を委譲し、それぞれが自己裁量の下でスピード感を持って行動するというものだという。また、それぞれの仕事上のミスは咎(とが)められず、そこから多くを学ぶことを推奨するFail Fast (フェイルファスト)の風土も根づいているようだ。
加えて、ホテルの事業にしても、日本で始めた賃貸住宅の事業にしても、国ごとに商慣習や法規制が異なるため、ローカルでの判断や意思決定を優先させることをグローバル経営の基本としているという。
とはいえ、インド資本の企業ならではの文化も、OYO LIFEにはある。
「まず言えるのは、インド人の社員たちが、数字の裏づけのない判断を極度に嫌うことです。ですから、会議の場では、数字の根拠がない“私は、こう思う……”という発言をすることはご法度です」と、種氏は言う。
また、もう一つの特徴は、大胆な意思決定を猛スピードで下して、行動に移そうとすることだという。
「例えば、人材難の日本では、100人の人材を新規に雇用するには、その100倍の応募者を集めなければならないと言えば、『ならば、球場を借り切って1万人を一挙に集めればいい』という話になり、本気でその計画を練り始め、行動に移そうとします。目標設定の方式も、実績の積み上げてはなく、実績の5倍、10倍の目標値を先に決めて、その実現方法を逆算で考えて、すぐに行動に移すというのが、OYOのやり方です」(種氏)
そうしたインド人たちの数字に関する緻密さと、発想の大胆さのアンバランスなところに、種氏も、当初は戸惑いを覚えたという。
「ただし、慣れてしまうと考え方のスケールの大きさが心地よく、働いていて本当にダイナミックで毎日がエキサイティングです。ほかの日本人社員たちも、それを楽しんでいるようです」(種氏)。
よく、イノベーションを引き起こすには、文化的な背景の違いなど、人の多様性(ダイバーシティー)を許容することが必要とされているが、OYO LIFEではそうしたダイバーシティーがうまく機能しているようだ。
実際、OYO LIFEは、ホテルのビジネス慣習を、住宅賃貸ビジネスに持ち込むことで、イノベーションを引き起こしていると言えるが、これは、日本の常識の中にいると想起できないことだったかもしれない。
例えば、「部屋を人に貸して収入を得る」という点では、ホテル業も住宅賃貸のビジネスも似たところがあるが、貸主と借り手の関係性は180度違っていた。つまり、日本のホテル業では、泊り客は“客人”であり、もてなす対象と見られてきたが、賃貸住宅における借り手は、顧客というよりも“間借り人”であり、立場的にはオーナーのほうが長い間上だったのだ。ゆえに、礼金のような制度が慣習としていまだに残っていると言える。
そうした商習慣や制度が当たり前の日本にいると、そこに問題があることになかなか気付けず、気付いたとしても、相当の規模でビジネスを展開しなければ利益が上げられないことに気付き、あえて行動に移そうとは考えないかもしれない。その意味で、OYO LIFEは、国の風土やビジネス的なバックグラウンド、さらにはビジネス常識に対する考え方が異なるインドと日本のダイバーシティーが引き起こしつつあるイノベーションと言えそうだ。
もちろん、ホテルと賃貸住宅とでは、一部屋当たりで稼げる額が大きく異なり、OYO LIFEが相応の利益を確保するには、かなりの数の物件をさばき、相当数のテナントを獲得し、稼働率を高いレベルで維持しなければならない。
そう考えれば、OYO LIFEが真の成功を収められるかどうかは未知数と言える。だが、OYO LIFEの出現で、日本の賃貸ビジネスの在り方が大きく様変わりする可能性はある。OYOのアガルワル氏は、近い将来、世界32億人以上の中所得者に、OYOの素晴らしい居住空間を提供するという壮大な構想を掲げている。その一翼を担うOYO LIFEの動向には今後も目が離せそうにない。
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