新規サービス開発の内製化を成功させる秘訣は? パーソルキャリアの事例から見える「KDDI DIGITAL GATE」の価値

» 2020年03月26日 10時00分 公開
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 新入社員や異動した人材が早く活躍できるように、新しい組織になじむためのサポートをするのは人事部門において重要な業務の1つ。新卒・中途社員の離職を防ぎ、即戦力化を期待できるものとして、こうした「オンボーディング」(新規人材の支援プログラム)に注目が集まっている。

 人材サービス会社大手のパーソルキャリアは、2019年9月にオンボーディング支援ツール「HR Spanner(エイチアールスパナー)」のβ版をリリースしているが、実はこのサービス、パーソルキャリアにとって「法人向け新規プロダクトの内製事例がほとんどない」という状況の中で、企画から開発までわずか1カ月という超短期間でプロトタイプにこぎつけたという。

新規プロダクトの早期開発を実現した秘密は……

 この新規プロジェクトを社内で立ち上げることになったのは、パーソルキャリア の大澤侑子氏。もともと経営企画畑で、会社の事業計画に携わっていたものの、プロジェクトを主導する立場としてゼロからサービス開発を行った経験は全くなかった。

 どのようなサービスであればユーザーに利用し続けてもらえるのか。そしてそれをどのように開発・実装するのか――

 机上調査でおおよその仕様は見えてくるものの、具体的な進め方になると右も左も分からない。こうした状況のなか、わずか1カ月の開発期間でどうやって具体的な成果を出すことができたのか――

 そこには、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するためにKDDIが立ち上げたビジネス開発拠点「KDDI DIGITAL GATE」の強力なサポートがあったという。未踏の新規プロジェクトに対して、パーソルキャリアとKDDIはどのように開発を行ったのか。その秘密を大澤氏とKDDI DIGITAL GATE側で同氏を支援した宮永峻資氏および佐野友則氏に話を伺った。

パーソルキャリア サービス企画開発本部 サービス企画統括部 エキスパートの大澤侑子氏(写真=右)、KDDI経営戦略本部 KDDI DIGITAL GATE マネジャーの佐野友則氏(写真=中央)、同KDDI DIGITAL GATE OSAKA ビジネスデザイナーの宮永峻資氏(写真=左)

新規事業立ち上げから、KDDI DIGITAL GATEを通して1カ月で成果が形に

 プロジェクトの立ち上がりの状況はなかなかハードだ。スケジュールでいえば、もともと新製品の立ち上げに関する相談を大澤氏が社内で受けたのが18年10月。そのすぐ後にプロジェクトがスタートし、19年2月にはプロタイプが完成している。

 「12月にKDDI DIGITAL GATEに相談した際、『(年度末にあたる)3月』までに結果を出したいと依頼しました」(大澤氏)とのことだが、その言葉の背景には周囲からのプレッシャーと短期間で成果を出すことの2つがあった。

 しかし、当初の立ち上げで動いていたのは、製品開発を統括するPO(プロダクトオーナー)の大澤氏のみ。“内製”で素早く進めるべく社内エンジニアやデザイナーを抱えて陣頭指揮を執る形を理想としたが、(エンジニアは数名在籍していたものの)実際に開発を進められる体制には至っていなかった。

プロジェクトの進め方も分からない状態で、早期に成果を出さねばならないというプレッシャーを感じていたと大澤氏

 そこで、まずは社内で求人メディア・人材紹介サービスを運営する転職サービス「doda(デューダ)」のチームに新規開発の進め方を相談してみたが、同チームでは既存サービスの拡張を中心に動いていたため、期待していたヒントを得ることができなかった。このことから自社内にはない知見を求めるべく外部パートナーの力を借り、実際にその手法を学ぶべきだと判断したという。

 ただ、この時点では、外部パートナーにどこまで支援を仰ぐのかを決めかねていたと大澤氏は振り返る。コンサルティングとしてプロジェクトに入ってもらうのか、あるいはコンセプト設計から実際にプロトタイプのコーディングまでしてもらうのか――

 そのときたまたま社内で耳にしたのがKDDI DIGITAL GATEの存在だった。「デザイン思考を使ったコンセプト策定からプロトタイプ開発支援までを行っている、最近立ち上がったばかりの面白いところがあるらしいと」(大澤氏)

 そこでKDDI DIGITAL GATEに相談を持ちかけたが、内容は極めて“ラフ”なお願いだったという。

 「パーソルキャリアで法人向けの新しいサービスを立ち上げるアイデアはあるものの、どうすればいいのか分からない。KDDIにお願いするとどのような支援をしてくれるのか」――そんな依頼に対してKDDIの宮永氏は、ワークショップの実施、ソリューションの検討、その後のプロトタイプ開発をどの程度やればいいのかを組み立てていった。

 前述したパーソルキャリア内の社内都合もあり設定された期間は1カ月間。その1カ月間できっちり成果を出せる提案がまとめられ、プロトタイピングに向けた企画・開発がスタートした。

顧客に対する一番の提案は「実際に動くものを見せること」

 この状態で持ち込まれた相談に、KDDI DIGITAL GATEは具体的にどのような提案を行ったのか。

 「最初は具体的なアイデアまでは伺わず、ザックリとどんなことをしたいのかをテーマとして出していただきました。そのテーマに対してワークショップを組むという流れです。まず2日間のワークショップを提案させていただき、最初の1日はユーザーをきちんと理解するところから始めました。『人事担当者が普段どのようなことをしているのか』『中途採用者がどこで苦しんでいるのか』『辞めるきっかけは何か』『誰に相談するのか』といったタッチポイントを洗い出します。

 このように課題を抽出し、2日目にその課題解決のためのワークショップを実施し、具体的なソリューションを導き出すわけです。そして1週間(5営業日)でプロトタイプを作り、次週に実際にお客さまのところに持ち込んだ上でプロトタイプの実演とインタビューを実施します。さらに次の1週間でインタビュー結果を反映するべくプロトタイプのリバイスを行う……というのが最終的に提案したものになります」(宮永氏)

ファシリテーターとしてワークショップを主導した宮永氏

 重要なのは仕様に落とし込む前に、ユーザー視点でアイデアをブラッシュアップすること。具体的には、プロトタイピングを経てユーザーの声を反映しつつ形に仕上げることだ。今回のケースでは、本来3営業日かけるワークショップを2営業日に短縮し、プロトタイプ開発には5営業日を費やしている。開発後の顧客インタビューに重点を置き、ここに5営業日。仕上げのプロトタイプ修正に5営業日の計17営業日(営業日日数で数えると約1カ月)で完了した。

 宮永氏によれば、もともとワークショップを2営業日で行うこと自体は決めていたが、案件の詳細内容を聞けたのは受注後のタイミングであり、そこから当初想定していたワークショップとプロトタイプ開発の日程を見直して今回の形に落ち着いたという。

 それでは、実際のワークショップはどのような形で行われたのだろうか。参加者はファシリテーターを務める宮永氏を中心に、KDDI側からは5〜6人、パーソルキャリア側も同じくらいの人数比となるようにし、全体としては10〜12人規模で開催された。

 ワークショップは名刺交換もなくいきなり始まり、企業文化の違いもおかまいなしに進行していく。宮永氏によれば「最初に互いを知らないからこそできることがある。相手をよく知っており、気遣うことで言いたいことが言えなくなるのを避けられる」という。また、社内の会議では発言力のある人が優先されてしまう雰囲気があるが、「誰もが発言しやすい雰囲気を作るのもファシリテーターの役割」(宮永氏)。例えば、意見を付箋紙に書いてもらい、発言者に左右されずに最も良いアイデアを判断したり、皆が積極的に意見を出し合ったりする雰囲気を作ることが重要なのだという。

 このように練られたアイデアから、実際に動くものを作っていくのが佐野氏の役割だ。1日の最初にプロダクトオーナー(PO)である大澤氏と、佐野氏らKDDI DIGITAL GATEの開発チームのミーティングが行われ、その日の目標設定やタスク・役割分担の整理、確認事項の洗い出しを行い、「スクラム」(アジャイル型企画開発手法の1つ)がスタートする。

 朝に確認したタスクはその日のうちに成果物が上がってくるので、夕方にはレビューやPO側の社内事項とのすり合わせが行われる。これを10営業日繰り返すことになるのだが、「最初の数日はついていくのが大変だった」と大澤氏はいう。

 実際、同氏は過去に開発を外注する際もウォーターフォール型開発の経験しかなく、企画書をまとめて発注し、成果物が上がってくるまでの“待ち時間”があるのが普通だった。ところが、KDDI DIGITAL GATEで提案されるアジャイル型企画開発では、朝のミーティングで決定したものが夕方には形になって手元にくる。このため、明日作るものを大澤氏自身がすぐに提案する必要があるのだ。

 「技術的にできる・できないという部分はわれわれがすぐに判断できるので、あとは実際に何をやるのかという部分を大澤さんと確認することから始めた」と佐野氏。これに対して大澤氏は「こちらのザックリした要望を具体的に形にできたのは佐野さんのスキルに依る部分が大きい。無理な部分はあらかじめ言ってくれるので、諦めの決断もすぐにできて時間を無駄にせずに済んだ」と振り返り、一方で「毎朝のプレッシャーが辛かった」と笑う。

 こうして製品の方向性が固まるなかで不要な機能をそぎ落とし、プロトタイプは完成した。

当時を振り返る大澤氏と佐野氏

 「形になるまでがとんでもなく早いなというのが率直な感想です。実際に動くものは強い。これまでは『こんなサービスを考えています』と顧客に持っていっても納得してもらうのは難しかった。ところが、インタビューの過程で実際に動くプロトタイプがあれば、見せた瞬間に顧客は使ってくれる。説明なしでも触って理解してもらえるというのが、動くソフトウェアとデザインの力だと思います」(大澤氏)

KDDI DIGITAL GATEを通じてパーソルキャリアが得たもの

 新規プロダクトの短期開発で大澤氏を支えたKDDI DIGITAL GATE。通信キャリア大手として知られるKDDIが企業のDX支援を行っていることを知る方はそれほど多くはないかもしれない。そもそもKDDI DIGITAL GATEはどんな目的で設立されたのか。

 「KDDI DIGITAL GATEは18年9月5日に虎ノ門にオープンしました。19年の夏に大阪と沖縄の拠点を追加し、現在3拠点となります。『KDDIがパートナーと新しいビジネスを作っていくための拠点』であり、またスタートした18年の段階で5Gの商用化が見えていたので、『5Gを使って何かを実現する拠点』としての2面性を持っていました。パーソルキャリアさまのケースは前者に当たります。

 これまで当社を含め『自社でなんとか全部がんばっていこう』という時代が続いていましたが、ユーザーのニーズは日々変わっており、われわれだけで全てを満たせるわけではありません。いろいろな方々とビジネスを作っていく必要がある一方で、パートナーと組んですぐにうまくいくかというと、なかなか難しい面もあります。

 そこで、手段としてデザイン思考と、プロトタイプとして落とし込むためのアジャイル型企画開発手法の1つ“スクラム”を持ち込みました。アジャイル自体は13年から社内導入していましたが、これまでパートナー開発では実践していませんでした。そのための拠点としてスタートしたのがKDDI DIGITAL GATEなのです」(宮永氏)

アイデアを形にするお手伝いをするのがKDDI DIGITAL GATEの役割と語る宮永氏

 このKDDI DIGITAL GATEを通じてパートナーに提供されるサービスはさまざまだ。

 「プロトタイプの開発をご希望であればそこを支援しますし、KDDIとして商用化までお手伝いをすることもあります。逆にインフラだけのケースもあり、ケース・バイ・ケースです。

 漠然とやりたいアイデアを持っている企業は多いかと思います。そうしたとき、進め方が分からず机上で悩まれるよりは、まずわれわれと一緒に形にして、ユーザーからのフィードバックをもらい、新しい発見を次のステップに生かす道もあります。

 サービス提供者が陥りやすいワナとして、『こんな機能は実装できる』と、できることをベースにしてしまうことがありますが、それはユーザー目線では不要な機能かもしれません。ユーザーが求めているものを具体的な形にして出せるよう支援するのがKDDI DIGITAL GATEの価値といえます。アイデアはある、だけど開発経験はない、PoC止まりで成果を出せず悩んでいる、そういう方はぜひ一度お声がけいただければと思います」(宮永氏)

 PoC地獄に陥らず短期間でプロトタイプを開発し、19年9月にβ版をリリースするなど、順調に進んでいる本プロジェクト。その秘訣は何なのだろうか。

 佐野氏は「誰が責任を持つのか、それがはっきりしていることが何よりも大事」と語る。アジャイル型企画開発においてスピード感は重要だ。しかし、必要事項の確認に上長や社内の関係部署に毎回確認を取っているようでは開発がストップしてしまう。今回のケースでは、現場(大澤氏)に大きく権限委譲がされていたため、その点がスムーズにいった要因だという。

 また、開発にあたっては兼務という行為は絶対に止めた方がいいと佐野氏はアドバイスする。「きちんと進めようと考えたとき、リーダーの没入度が決め手になるため、“なんちゃって”プロジェクトリーダーのような状態が一番問題。兼務というのは開発がうまく進まなくなったときの言い訳にも使えるため、それがある時点で人間は本気になれません。できない理由を全て剥がし、追い込んでいくのは効果がありますね」(佐野氏)

「権限委譲」「兼務をやめること」が成功の秘訣と佐野氏

 今回、一連の協業を経てパーソルキャリアならびに大澤氏は何を得たのか。

 「企画の人間として、デザイナーやエンジニアとのコミュニケーションの方法を持ち帰れたというのが成果だと思います。『早期開発できました』というだけでなく、両者との間で必要になる連携手法を経験として得られたのは大きいです。今後もまた、壁を乗り越えるために何らかの形で再び力を借りることになるかもしれません」と大澤氏は述べる。

 同氏は開発段階でパーソルキャリア側のエンジニアをミーティングに出席させており、彼らもまたそのノウハウを自社へと持ち帰っている。現在、パーソルキャリアには、エンジニアやデザイナーで構成された開発体制があるという。それらの組織でもKDDI DIGITAL GATEとの共創経験が生きているのかもしれない。

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2020年4月5日