ソニックガーデン倉貫義人社長に聞く リモートでソフトウェア開発チームを作るには結果を出すチームの習慣

» 2020年12月14日 10時00分 公開
[ITmedia]
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 新型コロナウイルスの影響により、リモートワークを導入する企業が増えている。リモートでのチームビルディングや、組織のマネジメントに試行錯誤している企業も少なくないのではないだろうか。

 ソフトウェア開発の現場でフルリモートによる働き方を実現している会社がある。「納品のない受託開発」を掲げて、業界に革新を起こしてきたソニックガーデンだ。下請けとして受注して納品するのではなく、月額の顧問契約を結び、新規事業や基幹システムの改修などをアジャイル開発で手掛けている。社員は仮想オフィスでつながりながら業務にあたり、2016年にはオフィス自体をなくしてしまった。

 ソニックガーデンがフルリモートでも開発チームを構築できる背景には、リモートだからこそコミュニケーションを重視している点がある。ソニックガーデンの倉貫義人社長に、リモートで開発チームをマネジメントするヒントを聞いた。

phot 倉貫義人(くらぬき・よしひと)1974年京都生まれ。株式会社ソニックガーデン代表取締役。1999年立命館大学大学院を卒業し、TIS(旧・東洋情報システム)に入社。エンジニアとしてキャリアを積みつつ、「アジャイル開発」を日本に広める活動を続ける。2011年、自ら立ち上げた社内ベンチャーをMBOによって買収、株式会社ソニックガーデンを創業する。「納品のない受託開発」というITサービスの新しいビジネスモデルを確立し、業界に旋風を巻き起こす。著書『「納品」をなくせばうまくいく』『リモートチームでうまくいく』(ともに日本実業出版社)、『ザッソウ 結果を出すチームの習慣 ホウレンソウに代わる「雑談+相談」』(日本能率協会マネジメントセンター)、『管理ゼロで成果はあがる』(技術評論社)(以下、写真はソニックガーデン提供)

アジャイル開発では普段からのコミュニケーションが重要

 オフィスを持たないソニックガーデンの社員は、仮想オフィスの「Remotty」に「出社」する。「Remotty」は自社で開発したリモートチームプレースだ。ログインして「おはようございます」と書き込むと仕事開始。同僚とあいさつや雑談をしながら業務を進めていく。

 約50人の社員は住んでいるところもさまざまで、20都道府県以上に分散している。会社を設立した11年に、在宅勤務を希望する社員が入社したことによってリモートワークを始めた。その後も地方の社員が増えたことから、オフィスとリモートの2種類のコミュニケーションパスをリモートに統一。16年にオフィスを廃止した。

 ソニックガーデンは企業の新規事業や、基幹システムの改修・運用、中小企業の業務改善などを手掛けている。倉貫社長は大手SIerで受託開発を経験する中で、納品ありきのシステム開発では良いものができず、顧客にとっても使い始めてから直したいところが出てくるなど、さまざまな問題点を感じていた。

 そこで問題を解決し、顧客と開発会社双方にとっての最良なビジネスモデルとして「納品のない受託開発」を発想。弁護士や税理士のように「顧問」の形によって定額で契約し、アジャイル開発によってIT支援をするサービスを提供している。倉貫社長は、アジャイル開発ではより一層エンジニア同士のコミュニケーションが重要になると話す。

 「エンジニア同士はあまりコミュニケーションを取らずに仕事ができるというイメージがあるかもしれませんが、私たちはむしろ逆で、普段からのコミュニケーションが重要になります。アジャイル開発では仕事を工程ごとに分業するのではなく、お客さまとの相談から設計、開発、実装、運営まで同じ社員がチームを組んで進めます。コミュニケーションを取りやすい環境づくりを意識しています」

 フルリモートワークで円滑なコミュニケーションを取るために導入したのが、前述の仮想オフィスだ。まだ世の中に仮想オフィスがない時期に開発し、現在はサービスとして外部にも提供している。倉貫社長は仮想オフィスを導入した理由を、次のように説明する。

 「オフィスでどのような仕事をしているのかを整理すると、オフィスの機能を大きく3つに分類できました。自分の席があること、会議室があること、それに書類を置いていることです。この3つについては、自分の席は在宅に、会議室はテレビ会議に、書類はクラウド化することで、全てデジタルで解決するかのように思えます。

 でも実は、オフィスには第4の機能があることに気付きました。それが、ちょっとした相談ができる場所です。ちょっと困ったことがあれば、オフィスでは頻繁に隣の席の人や先輩に声をかけて相談していました。この『ちょっといいですか』と相談できることが、オフィスの良さでした。

 リモートワークでオフィスの第4の機能を再現するにはどうすればいいかを考えて、たどり着いたのが仮想オフィスです。オフィスと同じように、気軽に相談ができる環境をつくっています」

phot 仮想オフィスの「Remotty」

仮想オフィスだからできるコミュニケーション

 仮想オフィスの運用には、特に難しい点はないという。自分の仕事を進めながら、独り言を呟いたり、出社してきた人に声をかけたりしている。社員の姿が画面に映っているので、様子を見ながら相談できそうな時に声をかける。

 コミュニケーションツールにはチャットなどもある。倉貫社長によると、チャットと比較した仮想オフィスの利点は、言語化できていない内容でも相談できる点にあるという。

 「チャットでは質問をきちんと書かなければ、相談になりづらいです。相手の様子が見えない状態で『ちょっといいですか』と声をかけても、返事が来るかどうかも分かりません。言語化できていないことを相談するには、話しかけるのが一番早いですよね。声をかける仕組みが、仮想オフィスの利点です」

 リモートワークだと社員を管理するのが難しいと考えて、顔が見える仮想オフィスの導入を検討する企業もあるかもしれない。しかし、仮想オフィスは監視するためのものではなく、あくまでコミュニケーションを取りやすくするものだと倉貫社長は強調する。

 「監視するために見えるようにしているのではありません。オフィスに社員を出社させるのは、監視するためではないですよね。お互いに顔が見えた方が、コミュニケーションがしやすいから出社していたはずです。

 リモートワークだと管理できるかどうか不安だと考えている人は、これまで仕事を適切にマネジメントできていなかったのではないでしょうか。席に座っていれば仕事をしていると思っていたのであれば、それは大きな間違いです。

 仕事というのは座っていることではなく、成果を出すことです。成果を出すようにマネジメントする必要がありますし、逆に言えば成果を出すマネジメントをしていれば、監視する必要はありません。ソフトウェア開発チームをマネジメントするには、この考え方は重要だと思います」

「クマになってほしい」で解決

 倉貫社長は気軽に相談することを、雑談と相談を分けて考えないという意味で「ザッソウ」と呼ぶ。報告・連絡・相談の「ホウレンソウ」よりも、エンジニアにとっては「ザッソウ」の方がより大事だと考えている。

 「現在のIT業界は非常に幅広いものになってきていて、1人のエンジニアが全てを知り、理解できるものではありません。特にアジャイル開発の場合は、お客さまが正解を持っているわけでも、私たちが正解を持っているわけでもなく、一緒に難しい問題に取り組む必要があります。

 1人ではアイデアを考えるのも難しく、知識も足りません。だから、誰かと相談しながらでしか問題の解決には至らないのではないでしょうか。気軽に相談し合うことが、エンジニアにとっては大事だと考えています」

 コミュニケーションを取りやすい環境を作ることは、「ザッソウ」をする以外にも、メリットがあるという。

 「エンジニアは、不具合やバグなどが見つかり、どうやって直していいか分からなくなってハマることがよくあります。そういう時に社内では、他の誰かに『クマになってほしい』と言います。

 これはIT業界やエンジニア業界で昔からよく言われていることです。昔は大きなコンピュータが壊れて直すのが難しいときに、人形のクマを置いて、クマに順番に説明することで、自分で問題を解決できたというものです。相手から答えをもらわなくても、説明しているうちに解決できることは、実際によくあります。

 仮想オフィスでも、社内の人に『少しクマになってほしい』とお願いできます。このような円滑なコミュニケーションを通して、スピード感のある業務も可能になります」

リモートワーク成功のためにはお互いをよく知ることが重要

 コミュニケーションを取りやすい環境を用意したうえで、リモートワークをスムーズに進めるコツを倉貫社長に聞いてみた。その答えはシンプルで、「お互いを知り合う機会をつくること」だという。

 「プロジェクトチームができても、そのチームメンバーがよく知らない人同士だということはあります。一緒に細かい仕事をしましょう、相談しましょうと言っても、お互いのバックグラウンドや考え方が分からなくては、コミュニケーションは取りにくいですよね。お互いのことをまず知り合うことが重要です」

 ソニックガーデンの社内では、さまざまな取り組みによって互いを知り合う場をつくってきた。現在実施しているのは社内YouTube。毎週金曜日の昼に、新卒の社員が司会をして、別の社員に登場してもらいながらその人のことを掘り下げる1時間番組を制作している。

 「YouTubeは2019年に始めて、20年の春頃からは社内広報の一環として取り組んでいます。番組までつくらなくても、Zoomでお互いを自己紹介するか、お互いを知るようなワークショップをしてもいいのではないでしょうか」

 多くの企業が新型コロナの影響で、20年の春に急きょリモートワークに移行した。新入社員のケアにも苦労している。一方でソニックガーデンはもともとフルリモートなので、特に20年になって新たな対応はしていないという。

 「毎年新入社員が入りますが、応募の時点でリモートワークだと分かっている人が受けてくるので、本人も、会社も、特に困ったという状況はありません。

 当社では一度も出勤することなく仕事をしていくことになります。仮想オフィスに出社することで出退勤の管理をしてもらって、入社当初は仕事を教えるOJT担当の先輩社員から指示を受けながら業務を進めてもらいます。オフィスに出社しても、OJT担当をつけなければ、新入社員は仕事ができないですよね。

 リモートワークをするなら仮想オフィスを入れた方がいいと思います。これまでスピーディーに連絡を取りたいときに、電話があるのに手紙を使うことはなかったはずです。仮想オフィスさえあれば出社すると先輩がそこにいるので、新入社員でもいつでもコミュニケーションを取れます。オフィスに出社する会社と本質的なところではあまり変わらないと思っています」

phot 社内YouTube

目的はリモートワークではなく成果を出すこと

 ソニックガーデンは完全フレックス制で、残業もほとんどない。リモートワークによって、社員にとっても働きやすい環境を実現している。その結果として優れた成果を出すことが、リモートワークを実施する本来の目的だという。

 「リモートワークをすること自体が目的で進めてきたわけではありません。仮想オフィスでコミュニケーションを取りやすい環境をつくることも、雑談がしやすいような心理的安全性を高めることも、全ては生産性を高めるためです。

 良いパフォーマンスが出ることでお客さまにも貢献できますし、生産性を高めれば社員が働きすぎる必要もなくなります。細かい取り組みは、生産性を高めるための手段にすぎません。

 新型コロナの影響によって、今後マーケットの動きも変わり、テクノロジーも進化していくと思います。仮想オフィスは10年前では技術が追い付かずに実現できませんでしたが、テクノロジーがある程度進化した今だから使えるというだけです。5年後、10年後にはまた手段は変わってくるでしょう。常に新たなサービスやテクノロジーを試していきたいですね」

 ソニックガーデンでは、リモートワークの延長として、福利厚生にワーケーションも取り入れ始めている。リモートで開発チームの力を発揮するための環境づくりは、これからも進化していく。

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