目指すは現場が変革を主導する「DXネイティブカンパニー」 出光興産に学ぶ、“共創”で加速させるDXとは石油元売大手・出光興産のDX、その舞台裏

» 2022年06月16日 10時00分 公開
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photo 出光興産 執行役員の三枝幸夫氏。 CDO・CIOデジタル・ICT推進部管掌を務める(22年7月1日より)。取材はオンラインで実施した

 石油元売りの大手で、日本のエネルギー産業を代表する一社である出光興産では現在、2020年1月に創設した「デジタル変革室(22年7月1日よりデジタル・ICT推進部。以下同)」が中心となり、全社を挙げてDXに取り組んでいる。その活動が評価され、21年には経済産業省と東京証券取引所が展開する「デジタルトランスフォーメーション銘柄2021」にも選ばれた。そうした同社の執行役員として、CDO(Chief Digital Officer)の任に当たる三枝幸夫氏にDXを成功に導くための要点を伺った。

3つの“共創”を軸にデジタルテクノロジーによるビジネス変革を推進

 出光興産におけるDXの取り組みは20年に本格的なスタートを切った。世界的にカーボンニュートラルへの取り組みが急務とされる昨今、石油・石油化学製品の製造・販売といった出光興産の基盤事業は大きな影響を受ける。そこで同社では、低炭素エネルギーの安定供給に加え、「社会課題の解決に貢献する」ことを2030年ビジョンに掲げ、20年度からの3カ年計画(中期経営計画)において「デジタル変革(DX)の加速」を基本方針の一つに設定した。その取り組みの根底には、創業時からの経営の原点である「人間尊重」の考え方が流れており、人を中心に据えたDXとして「HCX(Human Centered X〈trans〉formation)」というコンセプトの下、次の3つの「共創」を軸に推進している。

  • 1. Digital for Idemitsu:従業員との共創で新しい働き方を創造する
  • 2. Digital for Customer:顧客との共創で顧客に対する新たな価値を創出する
  • 3. Digital for Ecosystem:ビジネスパートナーとの共創で新事業を創出する

 この基本コンセプトの下、同社はデジタルテクノロジーを用いた「既存ビジネスの深化」と「業態変革・新規ビジネスモデルの創出」の2点に力を注いでいる。

 このうち既存ビジネスの深化とは、燃料油事業の効率化や競争力の維持・強化、安全・安定操業の継続などを主眼にした取り組みを指す。その一環として既に「AIを活用した配船計画の策定」や、「製油所における保全業務の改善」などが進められている。

 一方のデジタルテクノロジーによる業態変革・新規ビジネスモデルの創出については、その具体的な取り組みとして、全国約6200カ所のエネルギー供給拠点「サービスステーション(SS)」を活用した「スマートよろずや」構想が推進されている(図1)。

photo 図1:「スマートよろずや」構想のイメージ。サービスステーションからモビリティ&コミュニティステーションへの進化を目指す。なお、上図の「VPP」とは「Virtual Power Plant:仮想発電所」を意味し、EV車や蓄電池、太陽光・風力発電設備などの電源をまとめ上げ、一つの発電所として機能させる仕組みのことを指す

 この構想は、デジタル(デジタルテクノロジー、データ)の活用とパートナー企業との共創・連携を通じて、SSを従来の給油とカーケアサービスだけを提供する拠点から、地域住民の豊かで快適な暮らしと移動に貢献する多彩なサービスの提供拠点として新時代の「よろずや」に進化・変革させる取り組みである。

 出光興産では30年に向けたビジョンとして「責任ある変革者」を掲げ、そのビジョンの下で「カーボンニュートラル・循環型社会へのエネルギー・マテリアルトランジション」「高齢化社会を見据えた次世代モビリティ&コミュニティサービスの創出」「社会課題の解決を可能にする先進マテリアルの開発」への事業ポートフォリオ転換を推し進めている。スマートよろずや構想は、「次世代モビリティ&コミュニティ」の領域における取り組みの一環として展開されているDXプロジェクトでもある。構想に沿った施策として、同社は21年4月に超小型EV車の開発、シェアリングサービス、さらにはMaaS(Mobility as a Service)プラットフォームの構築などを手掛ける出光タジマEV社を設立したほか、22年2月にはスマートスキャン社と資本業務提携し、スマートスキャン社のスマート脳ドックの仕組みを活用した移動式健診サービスの共同展開も始動させている。

DXを成果につなげる3つの鉄則

 上記の通り出光興産のDXは、理念や事業戦略と密接に結び付きながら、着実な進展を見せている。その背景には、DXで成果をあげる上での「鉄則」に従って物事を進めてきたことがあると、三枝氏は明かす。

 同氏は、ブリヂストンのCDOとして実績を上げ、出光興産におけるデジタル・ICT推進部(旧・デジタル変革室)の創設を機に、そのトップとして招聘(しょうへい)された人物である。同氏のいう鉄則とは、ブリヂストン時代の同氏の経験も踏まえて導き出されたものであり、大きく以下の3つに分かれている。

  • 鉄則1. 社内外への本気の意思表示
  • 鉄則2. 経営者を支える優秀な人財の確保と育成
  • 鉄則3. チャレンジを推進する企業風土の醸成

 このうち「鉄則1」は、DXに本気で取り組む経営の姿勢を従業員やパートナー企業を含む全てのステークホルダーに示すことを意味している。

 「ここでのポイントは、経営の意思や本気度を明示することと併せて、自社が推進しようとしているDXとはどのようなものであり、それがなぜ必要かをステークホルダーに理解してもらうことです。それと同じく、従業員各人にDXを他人ゴトではなく自分ゴトとして認識してもらうことも重要です」と三枝氏は指摘し、こう振り返る。

 「DXは一過性のプロジェクトではなく、企業のあらゆるステークホルダーとともに推進すべきビジネス変革の長期的な取り組みといえます。それを推進する上で大切なのは、全ての従業員にDXは自分にとって有益であり、かつ、自ら率先して推進すべき取り組みであると認識してもらうことです。それに向けた第一歩として、まずは『共創』という言葉を使いながら『DXは、従業員が自分たちの仕事のやり方やビジネスのあり方を自ら変革して新しい価値を創造していく活動である』と明確に定義しました。その上でDX推進に対する経営の強いコミットメントを『中期経営計画』などのメディアを使って訴求したわけです。のちにも、当社のイントラネットや社内セミナーを通じて、DX推進の意義とベネフィットの社内啓発に取り組みました」

“DXネイティブ”な組織作り目指して

 従業員によるDXの自分ゴト化によって同社が目指したのは、上で「鉄則3」として触れた「チャレンジを推進する企業風土の醸成」だ。そして最終的には、全ての事業部がDXを「自走」で推進していける「DXネイティブ組織」への転換を実現し、ひいては出光興産全体を「DXネイティブカンパニー」へと進化させることを目標として掲げている。

 同社はまた、このDXネイティブ組織を「自走型」と呼び、自走型に至る前の組織を「体感型」「共創型」の2つに分けて定義している。その上で、体感型から共創型へ、そして自走型へのステップアップを、DX部門(デジタル・ICT推進部)が支援していくスキームを図2のような形で描いている。

photo 図2:DXネイティブ組織に向けたステップアップのイメージ

 図2にある通り、体感型の組織とは、デジタル・ICT推進部が主導する試験的なプロジェクト(実施検証)を通じてDXの効果を体感し、DXへの理解を深める(=DXを自分ゴトとしてとらえる)段階にある組織を指す。また、共創型とは、デジタル・ICT推進部との共創によってDXを実践し、変革の風土を醸成する段階にある組織を意味している。

 三枝氏によれば、デジタル・ICT推進部は既に、DXの有効性を各事業部に体感させる実施検証の活動を終え、現在(22年5月現在)は、各事業部とのDXの共創とスキル移管を推し進めているフェーズにあるという。

 「現状では、事業部へのスキル移管が思うように進まず、デジタル・ICT推進部のメンバーが事業部との共創の場からなかなか抜けられないといった課題はありますが、それでも各事業部でのDXの取り組みは着実に前へ進んでいます。ですので、近い将来、さまざまな事業部でDXの自走が本格的に始まり、デジタル・ICT推進部が全社の変革を包括的に推進するトランスフォーメーションセンターとして機能できるようになると期待しています」(三枝氏)

DXの推進に不可欠な人材とは

 先に触れた通り、出光興産のDXの取り組みで中心的な役割を担っているデジタル・ICT推進部が創設されたのは20年1月のことだ。この組織は、上述した「鉄則2. 経営者を支える優秀な人財の確保と育成」にのっとって創出された部署であり、その組織化に当たり、出光興産ではDXの推進に必須のスキルを以下4つの「D」に絞り込み、それぞれのスキルを持ったエキスパートを社内外から集めたという。

  • 1. Design:デザインシンキング/ビジネスデザイン
  • 2. Data science:データサイエンス
  • 3. Digital marketing:デジタルマーケティング
  • 4. Development:アジャイル開発/システムエンジニアリング

 この組織化の根底にある考え方は、4つのDのスキルをそれぞれ持った優秀なメンバーでチームを組むことによって「顧客」「デジタル」「ビジネス」という3つの視点からビジネス変革を推進することが可能になるというものだ(図3)。

photo 図3:DXチームのTo-Beモデル

 「例えば、DXに取り組む中では、AIなどの革新的なテクノロジーを使って何らかの新しい仕組みを作ろうというアイデアがよく生まれますが、そこにビジネスの視点や顧客の視点がなければ、顧客・ビジネスの課題解決、ないしは新たな価値創造につながるような仕組みは作れないはずです。ゆえに、DXを推進する上では、ITエンジニアやデータサイエンティストの視点だけで物事を進めるのではく、デザインシンキングやマーケティングの手法に沿いながら、顧客にとっての新しい価値とは何かを徹底的に探求していくことが必要とされます」(三枝氏)。

 こうした考え方に沿って組織されたデジタル・ICT推進部のDXチームが最初に取り組んだ実施検証が、前述した「製油所における保全業務の改善」を目的にしたものだ。初めての取り組みながら、事業部の担当者にDXの効果の高さを体感させるほどの成果をあげたという。

 三枝氏によれば、製油所の保全業務は保全コストの高止まりや従業員の労務負担の増大といった数々の課題を抱えており、その課題の多くが「SDM(Shut Down Maintenance:定期修理)」業務に集中していたという。

 そこでDXチームでは、デザインシンキングのアプローチによって、SDM業務を巡る現場の困りごとを可視化し、その上でアジャイル開発(スクラム開発)手法に沿った100日のスプリントでSDM業務を効率化する新たなシステム「SDMくん」(Smart Digital Maintenance)を作り上げた。これにより、SDM業務の作業効率が大きく高まり、かつ、効果がデータで見える化され、継続的な改善に役立てられているという。言い換えれば、出光興産では、デザインシンキングとアジャイル開発によって、100日でDXの効果の高さを現場の担当者に体感させるシステムを作り上げたということだ。加えてDXチームは、アジャイル開発を通じて異なるスペシャリティを持った人員が一つのチームとして機能し、プロダクトを継続的に改善・改革していく組織風土の醸成にも貢献したという。

DXで失敗しないための心構え

 総務省「情報通信白書 令和3年版」によると、21年の段階で日本の大手企業の4割強がDXに取り組んでいるという。ただし、その内実を見ると、全てのDXの取り組みが成果をあげているとはいえない状況も散見されている。果たして、出光興産のようにDXをしっかりと形にできている企業と、DXをなかなか前に進められない企業とでは、何がどう異なるのだろうか──。この問いかけに三枝氏はこう答える。

photo DXにより進化を続ける、出光興産のサービスステーション

 「DXを巡る企業の課題はさまざまで一概にはいえませんが、DXの推進で苦労されている企業に共通した問題があるとすれば、それはおそらくAIやIoTといった流行のテクノロジーをどの程度使うかといった点にこだわりすぎていることではないでしょうか。DXで大切なのはビジネスの変革であって、デジタルテクノロジーを使うことではありません。ゆえに、まず優先すべきは顧客のニーズを満たし、市場での競争優位を確保するために既存の事業モデルの何をどう変えるかを決めることです。その変革にデジタルを活用することで、スピードや価値をさらに高めることができるのです」

 たしかに、DXにおいてもデジタルテクノロジーやデータの活用は、ビジネス変革や価値創出のための手段にすぎない。そう考えれば、デジタル活用ありきでDXを推進しようとしないことが、失敗しないための鉄則といえるかもしれない。

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2022年6月29日