『「学力」の経済学』著者が語る デジタル庁が目指す“日本再興”のための教育DXとは結局、教育はデジタルでどう変わるのか

» 2022年09月20日 10時00分 公開
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 第二次世界大戦後、バブル崩壊までおおむね右肩上がりの経済成長を続けてきた日本。原動力となったのが、資源の乏しい中で高付加価値の商品を生み出してきた優秀な人材と、それを下支えする質の高い教育だ。

 だが、その後、世界的に起きた急速な技術革新により状況は大きく変わった。新たな価値創出においてデジタル技術の重要性が増す中、日本は学校、さらに社会の双方におけるデジタル教育で残念ながら世界的に出遅れた。それが現状、各種の変化対応の足かせとして日本経済の再浮上を阻む一因となっている。

 再興に向け、国は省庁連携を基にしたデジタル活用による教育の見直しを加速させている。初等中等教育での1人1台端末環境の実現と高速通信環境の整備をベースとした文部科学省の「GIGAスクール構想」、EdTechによるリカレント教育を狙いとした経済産業省の「未来の教室」、総務省による教育情報化の推進事業などが代例表だ。これらの教育におけるデジタル活用を支援する任を負っているのが、行政デジタル化の司令塔として2021年9月に発足したデジタル庁である。

 そんな中、AWS(Amazon Web Services)は22年5月25日と26日の両日にわたり、AWSの学習に焦点を絞ったオンラインイベント「AWS Summit Online」を開催した。今回は同イベントのスペシャルセッション「日本が目指すデジタル社会の姿と、それを実現するために必要な考え方と取り組みについて」にフォーカス。デジタル庁のデジタルエデュケーション統括を務め、慶應義塾大学総合政策部の教授でもある中室牧子氏の講演から、今後の教育DXの方向性や現在地を読み解いていく。

「1人1台端末」はあくまでスタートライン カギはその先をどう描くか

 いつの時代も、国力と教育は切り離せない関係にある。教育によって促される知の蓄積が、各種の発見/発明を生み、その成果が社会にフィードバックされることは歴史が証明している。さまざまなサービスを生み出す企業が集まる米国の強さも、その理由の一つとしてオバマ政権時代の「Computer Science For All」政策による、子どもたちへの手厚いデジタル教育が挙げられるだろう。

 一方、日本に目を向けてみよう。GIGAスクール構想では現状の打開に向け、PCやデジタル教科書/教材を学びに取り入れ、デジタルならではの多角的な学習とデジタル自体への習熟を目指している。新型コロナウイルスの感染拡大によるリモート授業が奇貨となり、21年3月には小中学校での1人1台端末の環境整備を当初計画より前倒しでほぼ実現した。もっとも、『「学力」の経済学』の著者であり、教育ビッグデータ解析の泰斗でもある中室氏は、次のように指摘する。

 「1人1台端末の政策で日本の先を行く国も多いですが、その結果を見てみると、子どもたちが与えられた端末を娯楽目的で使い、学力改善には資さなかったとの報告も実のところ少なくありません。つまり、1人1台端末というのはあくまでもスタートラインなのです。スタートラインに立った上で、その環境を“どう使うか”の議論に、今後は注力する必要があると考えています」

中室牧子氏(講演動画よりキャプチャー)

政府が描く「誰一人取り残さない」教育支援に向けたグランドデザインとは

 中室氏によると、先進各国におけるデジタル教育の研究結果から、目指すべき方向性はすでに明らかになっているという。それが、「子どもたちの認知特性に合わせた個別最適な学びの実現」だ。

 その実現に向け、デジタル庁が他省庁と共同策定したのが、22年1月に発表した「教育データ利活用ロードマップ」。ロードマップでは、教育デジタル化のミッションを「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」の実現と定義している。実践方法として、現状、学校や自治体などで分散管理されている教育データの標準化による活用促進を通じた、児童や初等中等教育後の学習状況などの可視化を提示した。

 教育データの活用に向けては「スコープ(範囲)」「品質」「組み合わせ」の3軸を設定。教育データの流通/蓄積のアーキテクチャまで示した上で、ルールや利用環境、データ標準、インフラなどのアーキテクチャの各レイヤーの構造に関する論点や必要な措置を整理した。中室氏は「目指すのは誰一人取り残さない、学習場所を問わない、個別最適な学びと協働的な学びの実現です」と力強く語る。

データ活用によって教育はこのように変わる(出所:デジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省「教育データ利活用ロードマップ」)

 今後は、中室氏が解説したようなゴールに向け、学習者個人が自らの意思で教育データを蓄積/管理し、初等中等教育やそれ以降の学習に活用するためのPDS(Personal Data Store)やLMS(Learning Management System)だけでなく、自動での転記・集計による無駄な業務の削減を通じて、教員のきめ細かい指導を支援する公務支援システム、官民のさまざまなデジタル書籍や素材を学習指導要綱に紐づけて検索を可能とするプラットフォーム開発などが緒に就く。

 合わせて、デジタル庁が運用する政府システムの共通基盤「ガバメントクラウド」上への、学齢簿編製などに用いる就学事務システムなどのスモールスタートによるアジャイル実装も進むことになるという。

 もっとも、こうした仕組みに関しては現状、誤解も多い。「学習者が知らぬ間に第三者によって教育データが閲覧され、さまざまな管理、ひいては監視に利用される」との危惧もその一つだ。中室氏はこうした疑念を明確に否定する。

個人情報保護法に基づき教育データを厳格管理 目指すのは監視ではなく連携

 教育データは、学習者や教職員、学校などの属性を定義する「主体情報」、学習内容などを定義する「内容情報」、学習や関連行動も含めた行動を定義する「活動情報」の3つに大別される。

 「データは個人情報保護法に基づき、原則、本人の同意により提供を受けます。それらにアクセスできる主体は厳格に規定され、アプリケーションやデータレベルでの認証を設けることで、行政や民間教育機関が自由に使える状況にはなり得ません」(中室氏)

 「国が教育データを一元管理する」との報道も一部ではあったが、中室氏は次のように話す。

 「これも大きな誤解で、一元管理用データベースを整備する計画は一切ありません。現状の分散管理の中での、データ標準化による連携促進を原則としています」

教育だけでなく福祉での活用も 先進自治体で進む教育データ活用

 すでに一部の先進的な自治体では、学習データに基づく個別最適な学びと、より速やかな支援の提供に乗り出している。

 箕面市(大阪府)では、児童の学力向上を目的に、AWS上で稼働するコニカミノルタ製学習支援ソリューション「tomoLinks」を活用。デジタル教材の学習ログを生活指導へ活用したり、児童ごとの強み・弱みデータを活用して個別最適化した宿題の提案を教員に提供したりしている。

photo 出所:中室氏講演資料

 デジタル庁では今後、データ連携による従来の教育の枠を超えた支援の実現も視野に入れており、箕面市ではこうした取り組みも先んじて実現している。「子どもの成長見守りシステム」として、学校・教育委員会・行政などが管理したデータを連携する仕組みを整備し、貧困や虐待、不登校などの問題への速やかな児童の支援にも乗り出しているという。

 教育に関するデータ連携を活用すれば、箕面市の事例のように福祉領域での支援もより加速していくはずだ。例えば、近年児童虐待がニュースとなることが増えた。虐待を受けた児童が自ら行政に救済を求めるのは現実的に難しく、社会としていかに手を差し伸べられるかが課題となっている。あるいは親族が病気を患い、その看護を任されることで十分な学習機会を得られなくなることもある。

 「現状は学校や健康、福祉などの部局ごとに情報の流通が断絶されているケースが散見されます。しかし、教育データとしてさまざまな領域の垣根を越えて連携と活用が進むことで、困難な状況に陥っている児童をより速やかに発見でき、支援の手を打てるようになるはずです」(中室氏)

教育だけでなく福祉領域にも影響(出所:デジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省「教育データ利活用ロードマップ」)

「コネクティビティ」「セキュリティ」「コスト」 教育とクラウドは好相性

 近づきつつある取り組みの横展開を前に、中室氏は次のように講演を締めくくる。

 「デジタル活用による成果をより大きなものとするには、やはりデータ連携が鍵を握ります。その点で、クラウドは非常に理にかなったものだと感じています。例えば、GIGAスクール構想によって、学校だけでなく自宅や地域の施設にまで、教育・学習の『場所』が広がっています。クラウドであれば、場所を問わずコネクティビティを確保できますよね。

 もちろん、データを高いレベルで保護できるセキュリティの強みや、膨大なデジタル教材を提供する観点で大量のデータを適切なコストで管理できるところなど、クラウドは今後、教育施策を支える重要な技術となるはずです」

 中室氏の講演は、日本再興に向けた今後の教育の在り方――教育データの流通により、初等中等教育での個別最適な教育の提供と、家庭を含めた問題に対する速やかな児童の支援を実現し、卒業後も時代の変化に応じたリカレント教育を支援する――を理解する上での有益な情報が詰め込まれていた。その基盤技術は、ガバメントクラウドのためにデジタル庁が公募採用したAWSをはじめとするクラウドベンダーが支えていくことになるはずだ。中室氏の話にあった通り、さまざまな点で教育のアップデートとクラウドの相性はよく、今後にも目が離せない。

 なお同スペシャルセッションでは、中室氏以外にも、デジタル庁でHead of Government Cloudを務める梅谷晃宏氏や、デジタル庁 デジタルヘルス統括で慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授 医学博士の矢作尚久氏など、ガバメントクラウドの整備や医療分野におけるデジタル庁の要職が参加し、日本社会のデジタル化に向けた課題や取り組みについて講演している。今回の記事で興味を持たれた方は、AWSの特設サイトでオンデマンド配信を行っているので、ぜひ視聴してみてはどうだろうか。

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2022年9月26日

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