少子高齢化による労働力不足という問題を抱えている日本企業では、優秀な人材をいかに確保するかが長期的な成長を見据える上で喫緊の課題となっている。このような環境にいち早く注目し、テクノロジーを駆使して「人財躍動化」を目指すのが、人材サービス大手のAdecco Group Japanだ。
同社では、2020年からの中期事業計画で、「『人財躍動化』を通じて、社会を変える。」をビジョンとして掲げ、「ビジョンマッチング」と「データファクトリー構想」という2大柱を基にDX施策を始動。求職者と企業の最適なマッチング、自社のデータ利活用推進、そしてDX人材育成に注力しているという。Adecco Group JapanのDX戦略とそれらを実現するビジネスモデルが描く未来を、同社気鋭のChief Digital Officer(CDO/最高デジタル責任者)、矢部章一氏に聞いた。
そもそも、「『人財躍動化』を通じて、社会を変える。」とはどういう意味か。そう問うと、矢部氏は「Adecco Group Japanでは『一人一人が自分のビジョンを持って生き生きと働いている』ことを、人材が躍動している状態と定義している。躍動する人材を輩出しながら、かつ人材が生き生きと働ける環境を創り出せるように、企業や組織を支援している」と回答する。
日本全国で働く約3000人(20〜60代)に対してAdecco Group Japanが行った調査では、「生き生きと働いているか」という質問に対し、「YES」と回答したのはわずか23%であった。また、同じ調査で「ビジョンの明確さ」を聞いたところ、65%が「不明確」と回答し、「明確」と答えたのは35%だった。そして、ビジョンが不明確なグループで「生き生きと働いている」と回答した人はわずか10%。しかし、ビジョンが明確であると答えたグループでは、40%が「生き生きと働いている」と回答したという。
人材の躍動にはビジョンが深く関わっている。そう確信した同社は、給与や雇用形態、勤務時間など従来の条件をベースにしたマッチングに加え、新たにビジョンに基づくマッチングを採用。これは「どんな人生を送りたいか(ライフビジョン)」「どんなキャリアを積みたいか(キャリアビジョン)」という求職者側の希望と、「どういう組織にしていきたいか」という求人企業側の希望をヒアリングし、双方をビジョンのレベルでマッチングする取り組みである。これにより「人財躍動化」を促し、さらなるキャリア開発、定着率や生産性の向上、引いては日本全体の経済発展にもつなげていくのが同社の狙いだ。
矢部氏は「例えば、現状では新卒の30%が3年以内で辞めている」ことに触れた上で、条件マッチングの不十分さを指摘する。退職の主な原因のひとつは、入社後のミスマッチだ。自分らしさが出せない、将来の展望が見えないなど退職理由はさまざまだが、「条件だけで仕事を見つけることには限界がきている。ビジョンのレベルで合致する組織に所属したり人材を採用したりすることができれば、働く人も企業も変わり、成長へとつながっていくのではないか」(矢部氏)。
ビジョンマッチングは、AIシステムにより機能する。その開発を先導しているのが、矢部氏が率いる「Digital Innovation本部(DI本部)」だ。大量のデータが必要になるAIシステムは、一朝一夕で完成するものではない。同社ではビジョンマッチングを段階的にAIに置き替えていくことを想定し、フェーズ4まで計画を立てた。現在は、フェーズ3「ビジョンのAIマッチング」完了に向けて開発を進めている。
フェーズ1としてDI本部がまず取り組んだのは「ビジョンマッチングに使うデータ収集」だ。デジタルツール導入を推進し、試行錯誤しながら事業部門と一体となって約2年かけ膨大なデータを収集した。ビジョンマッチングに使うデータとは主に求職者や求人企業へのヒアリング内容を指す。
「複数のシナリオテンプレートを用意し、ヒアリング対象をグループ分けして対話を重ねている。例えば、シナリオAのグループからはうまくビジョンを聞き出せなかった。シナリオBに改良すると、求職者からはビジョンを引き出せたが、企業からは引き出せなかった――といった具合に、結果から改良する作業を現状は人手で行っている。継続的な改良を繰り返し収集データの質を高めることで、フェーズ3で掲げているビジョンのAIマッチングの完成が見えてきている」(矢部氏)
フェーズ2では、「条件マッチングのAI化」に着手。これは、生産性を高めてさらにデータ収集の時間を創出するためだ。今まで、条件マッチングは求職者と求人企業、双方が希望する条件データを人が見ながら判断していた。これを丸ごとAIに置き替えることで、求職者にオファーを送るまでの時間を三分の一まで短縮。結果、求職者に対応するキャリアコーチや求人企業に対応する営業メンバーは、人にしかできないビジョンのヒアリングや質の高いコンサルティングなど、付加価値の高い業務に時間を費やせるようになる。
「条件マッチングのAIエンジンは求職者のスキル分析も可能なので、例えば足りないスキルを指摘して対策を提案するといった、今まで以上に上質なサービスも提供できる。一方、求人してもなかなか人材を獲得できない企業に対しては、なぜ応募がないのかを分析し、改善策を提案することも可能だ。条件マッチングのAI導入は、ただ業務を効率化するだけではなく、ビジョンマッチングの素地づくり、そしてキャリアコンサルタントや営業がより付加価値の高いコンサルティングなどの業務に取り組むためのデータ創出にも寄与する」(矢部氏)
ビジョンという定性的な内容を分析できるようになるためのデータ収集には、膨大な時間がかかる。そのため、21年はほぼ機械学習のための素材(データ)をかき集めることに費やしたと矢部氏は振り返る。集めたデータを自然言語処理にかけ始めたのが22年。まさに今、「収集データを解析しながら、より人間に近い文章の解釈が可能なAIを開発して、ビジョンをマッチングするエンジンを制作している段階だ」(矢部氏)という。
DI本部が目指すゴールは「業界におけるDXリーダーになる」ことだ。チーム編成はCDOである矢部氏を筆頭に、AI開発、データサイエンス、プロダクト開発、戦略立案と複数のグループで構成し、現在は30人ほどが在籍している。IPA(情報処理推進機構)が挙げるDXに必要な7職種がそろっており、ビジョンマッチングを始めとするDX戦略をドライブしている。そして特徴的なのは、DX施策のもう1つの柱であるデータファクトリー構想に基づき、データストラテジスト、データサイエンティスト、アナリスト、市民データサイエンティストの上位から4段階の認定制度を設けて、DI本部以外に配属されている社員をDX人材に育てる取り組みだ。この取り組みによってAdecco Group Japanには、DI本部内外あわせて130人ほどのDX人材が在籍している。
矢部氏は「デジタルの力で社会をより良くしたい」という意識から、Adecco Group Japanの事業計画に賛同して20年4月に入社。直後は、社内の現状とビジョンのギャップをあぶり出すことから改革を進めた。データファクトリー構想を推進する上で、社員がスキル向上に見合った評価を受けられるよう、メンバーシップ型からジョブ・ミッション型への変更も同時期に行われた。
「Adecco Group Japanには、長年培ってきたノウハウにプライドを持ち、実力を発揮してきた社員も大勢いる。DX推進は、何も既存のやり方を否定することではない。今ある知識やノウハウを新しいフィールドで生かし、成長させることが重要だ。AIシステムの導入に懐疑的な社員がいれば、データを基にしたストーリーを用意し、説明に時間を割いてきた。社内の隅々まで理解を得るには時間がかかったが、『データで語る』文化を醸成できたことで、例えば案件の決定率が2倍になるなど、市民データサイエンティストが草の根レベルで新しいモデルを生み出している」(矢部氏)
データファクトリー構想は、社内でデータ利活用を進める取り組みだ。DI本部のメンバーは人材サービスの業務経験がない人間が多い。当初は、実際の業務課題を十分に理解していなかったことに加えて、コロナ環境下で行動が制限され業務ニーズに則さないAIを作ったり分析をしたりしてしまうという懸念があった。
そこで現場の人間がDI本部と一緒になって自ら課題解決できるよう、営業担当者やキャリアコンサルタントなどをDX人材として再教育。データを収集するだけではなく、ある程度分析ができたり、そこから気付きを得られたりする市民データサイエンティストに育てるべく、教育プログラムを展開している。オリジナルの教育コンテンツを作成し、148時間のデータサイエンティスト向けカリキュラムを提供。カリキュラム終了後は半年間メンターが付き、さまざまな実際の課題をこなしていくという。
プログラム開始初年度(21年度)の市民データサイエンティストの育成人数は約15人。計画の30人に対して50%の実績であったものの、22年度は計画の約2倍となる50人の育成を実現した。23年度も140人の育成を計画しているといい、「定員の倍以上の応募がある」(矢部氏)ほどの人気だ。優秀な市民データサイエンティストはAIモデルを組めるデータアナリストを目指すそうで、中には経営視点で各本部の戦略と連動しながら、デジタル戦略を検討できるデータストラテジストになる社員もいる。
市民データサイエンティストは、自らデータを分析し、現場の課題を自己解決できる――いわば各部門におけるDX推進のエバンジェリストだ。該当社員は現在100人程度に増えており、DI本部と連携しながら「改善の輪」を形作っている。25年までには370人体制にし、Adecco Group Japan社員の1割程度はDX人材にする計画だ。
矢部氏は「われわれがベンチマークにしているのは、同じ業界の企業ではなくGAFAMのようなプラットフォーマー」と語る。自律的に開発し、迅速な課題解決に取り組める組織にすることこそ、データファクトリー構想の狙いだ。根底には、ビジョンマッチングで求職者の躍動を支援するだけでなく、自社の社員もウェルビーイングを実現して躍動するべきという考えがある。
「AIが組めない社員でも、DI本部にはない多様なアイデアを持っていることがある。全社員のデータリテラシーが高まればアイデアを基に開発を促せるようになり、おのずと組織のチャレンジ精神が育つはずだ。それこそまさに、われわれが世に発信したい『人財躍動化』そのものであり、Adecco Group Japan自らが体現していく必要がある。
DI本部の本懐は、『アイデアをデジタルの力で実現できる組織をつくること』であり、そういった文化を自社に醸成することも重要なミッションだ。ただAIエンジンを開発することだけにとらわれず、Adecco Group Japan全体を前進させることに今後も注力していきたい」(矢部氏)
DX推進が、単なる業務改善にとどまってしまうケースもある。しかし、Adecco Group Japanが目指すのは、社内外に向けた真のイノベーションだ。営業担当だった人が学び直しによってデータサイエンティストになることもあれば、エンジニアが現場のビジネスを深く理解することで営業の伴走者になることもある。Adecco Group Japanが導く「人財躍動化」が、今後どのような新しい価値を生み出すのか、楽しみに見守りたい。
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