日本企業の喫緊の課題であるDX推進だが、それは小売業界も例外ではない。小売業界のDX、そのカギを握るのは「リテールメディア」だ。リテールメディアとは、小売事業者が、自社のアセットを活用して外部に情報を発信するためのメディアであり、ECサイトやアプリ内広告、店舗に設置するサイネージなどが含まれる。
リテールメディア市場は今後拡大していくと予想されるが、その中で他社にはないユニークなアプローチで存在感を発揮しているのが国内アドテク業界をけん引してきたフリークアウト・ホールディングス(HD)だ。リテールメディアの事業展開に当たり、これまで経験がなかったハードウェアの製造も開始したほどに熱量が高い。
同社は、広告運用を効率化するデマンドサイドプラットフォーム(DSP)を国内で先行して提供。アドテクを軸に、大手企業のデジタル広告運用やタクシーサイネージなど、さまざまな事業を手掛けている。YouTubeクリエイターのマネジメントなどを担うUUUMの買収が話題を呼んだことも記憶に新しい。
これまで主にデジタル上のサービスに注力してきた同社がなぜ、オフラインも含めたリテールメディアに取り組むのか。同社の廣瀬隆昌氏にインタビューした。
フリークアウトHDは、過去に広告関連の企業を立ち上げてヤフーに売却した経験を持つIT起業家の本田謙氏が2010年(当時の社名はフリークアウト)に創業した。2011年に開始したDSP事業を軸にビジネスを拡大し、広告配信システムだけでなく広告商品の企画や販売、運用まで一気通貫でサポートできる点を強みに有名企業とタッグを組むことも多い。その一つがLINEだ。
「当社の歴史の中で転換点の一つになっているのが、LINEとの広告事業の共同開発です。当時LINEには、メディアを駆使した広告事業を本格的に展開したいというニーズがありました。その領域で国内の黎明(れいめい)期から事業を行っており、技術力と実績を持った当社に白羽の矢が立ちました」
直近では、民放公式テレビポータルサイト「TVer」とも提携しており、コア事業の一つに育っているという。
2024年度から3年間にわたる中期経営計画では、これまでの柱であった動画広告に加えてさらに2つの領域に注力する。その一つが「店舗のメディア化」を中心とするリテールメディア領域だ。
もともとフリークアウトHDは、日本交通のグループ会社JapanTaxi(現:GO)と立ち上げたIRIS社を通して「タクシーのメディア化」に取り組んできた。広告を受動的に視聴してもらえる空間であり、乗客には企業の決裁者も多いというタクシー内の特徴に着目し、サイネージを設置して動画広告を配信。従来と異なる乗車体験の提供やより効果的なB2Bプロモーションといった新奇性が受け、今や展開エリアは東京都を中心に全国(2024年10月現在:35都道府県)に拡大した。廣瀬氏によると、都内のタクシー利用者カバー率は62.2%※を誇る。
※出典元【一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会『ハイヤー・タクシー年鑑 2023』】の東京都タクシー台数におけるTOKYO PRIMEデジタルサイネージ搭載台数割合(2023年10月1日時点)。
「アドテクの知見を生かし、タクシー後部座席のメディア化による空間価値の創出に取り組んだ。この経験を基に商品購入のラストワンマイルである小売店舗の価値向上にチャレンジしたい」(廣瀬氏)――そう考え、取り組み始めたのが店舗のメディア化だ。
というのも、同社は以前からリテール領域のマーケティングのプロダクト開発に取り組んでいた。2017年には位置情報マーケティングプラットフォーム「ASE」をリリースしている。ASEは、アプリベンダーや位置情報プラットフォーマーのデータを基に、流通や小売事業者向けに集客と顧客分析を提供するプラットフォームだ。新聞購読率の低下に伴い、折り込みチラシに代わる新たなデジタル集客チャネルとして開発された。
では、何をきっかけにリテールメディア事業に舵を切ったのか。廣瀬氏は、ASEの開発過程で「顧客である小売企業の課題の変化を意識するようになった」と話し、続ける。
「当初は、折り込みチラシの減少で余った広告予算がデジタル広告へとシフトしていくと想定していました。しかし、その向き先はSNS運用やオウンドアプリなど当時利用が拡大していたデジタルサービスへと広がり、来店後の販促や購買後のCRMといった領域での活用へと期待が拡大していくのを感じていました」
同時に「耳にする機会が増えた」と廣瀬氏が話すのが、リテールメディアにつながる議論だ。もともと、米国ではEC化が進むウォルマートやターゲット、クローガーといった大手小売事業者を中心に、リテールメディアが立ち上がっていた。
2010年代後半、日本ではDXへの投資が進み、コロナ禍でオンラインサービスの需要増加も相まって、小売事業者のDX推進が加速。その結果、日本においてもリテールメディアの議論の熱が高まった。
廣瀬氏は「米国ではすでにスタンダードになっていた『リテールメディアの活用』というテーマが今、国内にも浸透してきている」と語り、先行し自社で培ってきたノウハウや技術をその支援に生かせると自信を見せる。
フリークアウトHDは、オンラインとオフライン双方のリテールメディア開発支援を手掛けている。特にオフラインにおいては、2019年から小売事業者とインストアサイネージの事業検証を実施。2021年には、国内最大級のリテールデータプラットフォーム「Urumo(ウルモ)」をベースに広告×販促×店頭のソリューションを提供するフェズと共に、インストアリテールメディア開発を目的とするジョイントベンチャー「ストアギーク」を立ち上げた。
ストアギークの特徴は、店舗の中の「定番棚」にフォーカスした点にある。廣瀬氏によると、店舗にサイネージを設置する場所は大きく3箇所に分類されるという。店舗の「入り口」、商品棚の端で期間限定商品などの訴求を行う「エンド棚」、通常の商品棚である「定番棚」だ。
「入り口やエンド棚にサイネージを設置すると多くの来店客と接点を作れます。しかし、購買につながるアピール材料としての効果は低い傾向にあります。入り口であれば来店客は『早くお店の中で商品を見たい』と思うものですし、エンド棚はそもそも特別に多量の商品を陳列することで消費者認知を取ろうとしている場所であり、サイネージによる追加の認知向上の効果は限定されています。
一方、定番棚は何かしら目的を持って来店客が訪れる場所です。顧客の商品選択の課題解決につながるような形でメッセージを表示することで、購買行動につながるきっかけを作れます」
ただ、定番棚は商品が所狭しと並んでいる場所であり、サイネージを置くスペースがない。そこで廣瀬氏自ら、そんな棚にも展開可能なサイネージの開発に取り掛かった。
これまでフリークアウトHDでは、ソフトウェアによるソリューション提供が大半だった。グループ内でタクシーサイネージのハードウェアは手掛けているものの、モノ作りの経験は少ない。それでも廣瀬氏は「課題を突き詰めていった先で、どう解決するか。あくまで、これまでのプロダクト開発と同じようにアプローチしたに過ぎません」と事もなげに語る。
最初のプロトタイプは、廣瀬氏が自ら秋葉原などでパーツを調達。手作業で組み立てる“完全内製”スタイルをとった。実際に小売棚を購入して社内に設置し、棚への取り付け方や見え方を確認しては改修を重ねた。
「自分で製作したプロトタイプは社内の他、小売企業の方にも見てもらいフィードバックを得ました。その過程で好評をいただく機会も多く、このプロダクトにはニーズがあると確信しました」
しかし、“見よう見まね”で製作はできるものの、店舗に設置するレベルに持っていくには微細化技術や量産技術など条件に適したパートナー先を探す必要があった。「結果的に、当社の投資先企業から中国の工場を紹介していただく形で本格的な製造に着手できました。工場の拠点である中国・深圳には何度も足を運びましたね」
「最初は『本当にモノ作りができるのか』という不安もありましたが、長年続けてきたソフトウェア開発の『小さく作って検証を重ねる』という考え方が援用できたと感じています。社内外でさまざまな協力を得られたこともあり、大きな障害なくカタチにできました」。廣瀬氏はそう話し、笑顔を見せる。
そうして出来上がったサイネージの導入先としてストアギークが選んだのは、ドラッグストアのオーラルケア商品の定番棚だ。「幾つもの商品が並び、消費者の選択肢が多いカテゴリーにおいて、選択肢の提案をするサイネージの効果が大きいという仮説がありました」と廣瀬氏は振り返る。
各商品が機能性で差別化されており、商品選定においてその差の説明が求められている点。そして、歯ブラシなど誰でも買う商品がある一方、認知拡大の余地が大きいマウスウォッシュなども陳列しており、前者を目的に訪問した人に後者の価値を訴求しやすい点などがサイネージとマッチした。
現在、ストアギークではこのサービスを12のドラッグストアブランドに向けて提供している。そのうち、サイネージ対象商品の売り上げは従来の20%増、対象商品だけでなくその売り場自体の売り上げも10%増と、小売店にとって望ましい「面」での売り上げ向上にも寄与している。
2025年春には、設置台数を3000台1000店舗に拡大する予定もある。オーラルケアに加えてスキンケア、ヘアケア、ファブリックとカテゴリーも全4種に広がり、総リーチ数を現在の10倍以上である月間のべ2000万人へと伸ばすことを目指すという。
中期経営計画では、このサイネージのグローバル展開も目標に掲げている。これまでもアドテク先進国である米国市場へ参入しては、その都度「大きな壁を感じていた」という同社にとっては今回も大規模な挑戦だ。しかし、成功への足掛かりも見え始めている。
「オンラインのリテールメディアの発展が一廻りした今、オフラインのリテールメディアは発展フェーズにあります。ユニークなサイネージハードウェアという新しい武器を持っていれば、新プレイヤーとして米国市場に参入できる可能性は十分にあるはずです」
同社ではすでに、米国展開のチームを組成して事業立ち上げに向け始動している。「これまで、アドテクとマーケテックのプラットフォームはどれも米国発のものばかりでした。これからは、フリークアウトHDがリードして米国市場に通用する、引いては世界に展開できるプロダクトを作っていきたいですね」(廣瀬氏)
アドテクに十分な強みを持ちながら、貪欲にチャレンジし続けることで事業を拡大しているフリークアウトHD。今後の飛躍に目が離せない。
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提供:株式会社フリークアウト・ホールディングス
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2024年11月30日