これぞ、日本の奥ゆかしさ――「KLASSE」:矢野渉の「金属魂」Vol.14
PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第14回は、同氏が“最も日本的な高級コンパクト”という一品だ。
それは最後発でやって来た
「KLASSE(クラッセ)」はちょっと不憫(ふびん)なカメラだった。ドイツ語で「エリート、トップクラス」という意味の名を付けられたのに、最初から印象が薄く、分かっている人にだけ愛されて消えていったコンパクトフィルムカメラだったからだ。
発売時期が正しかったのかも疑問が残る。21世紀になったばかり、京セラの「CONTAX T」シリーズがフルラインアップ、ニコンの「35Ti」に「28Ti」、リコーの「GR-1」、ミノルタの「TC-1」が現役だった時代だ。そこに、「はいごめんなさいよ、うちも高級コンパクトカメラを出しますよ」と最後発で発売されたのが富士フイルムのKLASSEだった。
僕のように仕事で富士フイルムのカメラを使っている人間にはよく分かるのだが、あの巨大な優良企業にしてみれば、高級コンパクトカメラ用のテッサーレンズなんて寝ころびながらでも作れるぐらい簡単なことなのである。
だって、4×5(しのご)のレンズを作っていた会社だよ。200mm以上のイメージサークルを持つレンズ設計を下に降ろしてくるわけだからね。「写るんです」で、プラスティックであれだけの描写ができるレンズを作ったのも当然なのだ。
一般の人にはなじみがないかもしれないが、富士フイルムはほとんどすべてのフィルムフォーマット用のレンズを作っていた唯一のカメラメーカーだ。4×5、ブローニー、35mmはもちろん、その昔は110(ワンテン)など、コダックが気まぐれに作るフィルムフォーマットにもちゃんと対応してレンズとカメラを自前で作っていたのだ。
またフィルムメーカーとしての強みもある。コダックを完全にけ散らしたリバーサルフィルム、RDP III(プロビア100F)をベースにレンズを作ればいいのだから。実際、このEBC FUJINON 38mm F2.6(この中途半端な数字が開発者の意地というか主張と言うか……)は、フジのフィルムを使う限り過剰なぐらいの描写をする。色の乗りがすごい。自社のフィルムに最適な発色をするレンズコーティングが可能なので、こうなるのだろう。
実際に使っていても、KLASSEは何のストレスも感じないカメラだ。何も設定しなければフルオートだが、絞り優先オート、マニュアルフォーカスの楽しみもあり、それぞれ独立したダイヤルで操作できる。AEブラケティングがワンボタンで設定できるのもこのクラスでは貴重だ。マグネシウムボディとアルミのダイヤル類は、一応の金属感がある。
では、なぜこのカメラがあまり受けなかったのかというと、まず最後発なのに大きすぎたことがある。リコーのGR-1などはフイルムのパトローネよりも薄いボディを売り物にしていた時代に、この大きさ。それ以外に強烈な魅力がなければ、いまいち受けが悪いのもうなづける。
第2にKLASSEという名に反して、価格設定が微妙だったことがある。ライバルが10万円前後の価格帯で作り込みを競っていたのに、定価7万7000円というミドルクラスだったこと。これは細かい部分に現れている。フィルムの巻き上げ音の軽さ、大きめのモノクロ液晶なのに照明がないこと、など。高級コンパクトカメラの範ちゅうに入れたがらないカメラ屋もある。
僕が許せないのは上面の「FUJIFILM Professional」、底面の「Made in INDONESIA」の刻印である。プロの機材をコンパクトカメラと同じラインで作ってるのだろうか? 知りたくもない情報が多すぎる。「KLASSE」だけでなぜ勝負できないのか。GR-1は前面に大きく「GR-1」の表示、裏に小さく「RICOH」と書いてあったので、僕はニヤリとしたのだが。
このカメラの欠点は、カメラなのに撮影以外のことなのだ。富士フイルムという会社はきっと質実剛健、いい会社には違いない。でもカメラ好きオヤジの気持ちを理解しているとは言いがたい。所有することの喜びをくすぐってくれはしないのだ。
そして、フジの高級コンパクトはフィルムからデジタルへ
と、ここまで書いて、フジがフィルムメーカーであることに気づいた。もしかしたら、KLASSEのダサイ感じは計算だったのかも……という推測さえ生まれるのだ。
競合するカメラメーカーは、富士フイルムにしてみれば、主力商品であるフィルムを販売促進していただいている会社である。そのことに対する遠慮がなかったか。まったく日本人的な配慮で、発売前から争いを避けようとしていなかったか。レンズの焦点距離、販売価格など、細かいところまで既存のカメラと範ちゅうをずらし、摩擦を避けてはいなかったか。
もしその推理が当たっているなら、それだけの制約の中でこれだけのカメラを成立させる富士フイルムという会社には驚きを覚える。恐るべき豊富な技術の蓄積があるに違いない。まさに、「へりくだっても高水準」なのである。
そして2006年春、ついに「KLASSE W」が発売された。前年の、ライバルたちの生産終了を受けてのフジの決断だった。レンズは28mm F2.8。リコーのGR-1などと同じレンズだ。富士フイルムが初めて他社と同じ土俵で高級コンパクトカメラを作ったのだ。
ライバルたちが皆フィルムを見捨てる中、フィルムメーカーとして最後のけじめをつけようとしているかにも見えた。その行動がオヤジとしてはうれしいし、日本のメーカーとして誇らしい。縮小して行く銀塩市場で、大したもうけは見込めなくても、最後に腰を上げる姿勢がいい。実際、この市場をみとるのはフジ以外にはない。
富士フイルムという会社には、自分たちが作ったフィルムがこの世からなくなるまで、世界のどこかで現像所を維持してくれるだろう、と誰もが普通に信じてしまうまじめさがある。
KLASSE Wの礎となったこのKLASSEも、その後「KLASSE S」として細部を改良して復活した。そしてこのクラシカルな高級コンパクトカメラの一連の流れは、2011年春、デジタルの「FinePix X100」として結実する。リコーが「GR DIGITAL」を投入してから実に5年以上遅れての発売だ。
時代の変化は早い。他社を出し抜いてもそのスピードに対応していくことが求められる中、本業(銀塩)の責任をきちんととりつつ、他社よりも歩みは遅くても確実に進む富士フイルムは、まさに昭和の香りを残した「日本の企業」にほかならない。
この初代KLASSEも、その後めんめんと続くフジの高級コンパクトカメラの発端だったと考えると、不思議とかわいく見えてくる。ただ、使いやすすぎてそのすごさが伝わらないのだ。社風と同様に地味すぎて。でも、これが日本メーカーの奥ゆかしさなんだな、としみじみと思う。
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