ハゲワシという鳥の存在意義:山形豪・自然写真撮影紀
頭のはげ上がった大型の猛禽「ハゲタカ」(ハゲワシ)、その習性からあまり良いイメージがないのも事実だが、衛生環境を維持する非常に重要な存在である。
少し前の話になるが、破綻しかけた(あるいは破綻した)企業を安値で買い漁り、再建後に高値で売りさばく海外のヘッジファンドがメディアを賑わせた。これらはハゲタカファンドなどと呼ばれ、NHKのテレビドラマの題材にもなった。弱った企業を標的にするさまが、まるで死んだ動物に群がる“ハゲタカ”のようだということから生まれたネーミングだ。
ここで重箱の隅をつつかせてもらうが、厳密には、“ハゲタカ”という名の鳥は存在しない。アフリカ大陸やユーラシア大陸にいる頭のハゲた死肉食の猛禽(もうきん)はハゲワシ類である。一方、南北アメリカ大陸に生息する、見かけも習性もハゲワシ類と良く似た鳥の仲間はコンドル類と呼ばれる(ハゲワシ類はワシやタカの近縁だが、コンドル類はコウノトリに近いとされている)。ハゲタカとは、あくまで俗称に過ぎない。
さて、本題に入ろう。ハゲワシやコンドルの仲間は環境衛生を維持する掃除屋として、非常に重要な役割を担っている。もしアフリカのサバンナからハゲワシがいなくなったら、辺りは動物の死体だらけになり、伝染病などがまん延するとも言われている。これまでにハイエナやジャッカルなど、状況次第では死肉をエサとする肉食獣を紹介してきたが、死んだ動物の後始末に関しては、ハゲワシこそが真のスペシャリストである。
ハゲワシ類は体の作りや習性など、様々な面で死肉食に特化している。「ハゲ」であることもその一例だ。彼らは死んだ動物の体内に頭を突っ込んで肉を食べるので、首から先が血まみれになる。もし頭部に羽が生えていたら、血液がこびりついて大変なことになってしまうのだ。
視力はとても優れており、高高度からでも地表で息絶えた動物を発見できる。また幅の広い翼は、上昇気流を利用した長時間の滑空に適しており、エネルギーを浪費せずに広大なエリアをパトロールできる。ひとたび一羽がエサを見付けると、周辺から続々と他の鳥たちもやってきて、やがて大きな群れとなる。
数十羽のハゲワシが折り重なるように死体に群がり、互いに争いながら肉をむさぼる様は、お世辞にも美しいものではない。しかし、あの「屍体処理能力」は驚嘆に値する。50羽も集まれば、シマウマやヌー程度の動物はたちまち骨だけになってしまう。
ただし、ゾウなどの“超”がつく大型動物の場合は、流石のハゲワシも持て余すようだ。南アフリカのクルーガー国立公園などで、何度かゾウの死体を見てきたが、いずれの場合も食べ尽くされる事なく腐敗し、もの凄い臭気をあたりに撒き散らしていた。単に肉の量が多いだけではなく、皮膚が厚すぎてハゲワシの力では食い破るのが困難なのだ。
ハゲワシの力を必要としているのは自然の生態系だけではない。インドのゾロアスター教徒やチベットの仏教徒は死ぬと「鳥葬」される。要するに死者の亡きがらをハゲワシたちに食べてもらうのだ。
ゾロアスター教(拝火教)の戒律では、火、土、水は神聖なものであり「死」によって汚してはならないとされている。つまり火葬、土葬、水葬いずれも禁じられている。となればハゲワシにご登場願うしかないわけだ。そのためインドのムンバイには、「沈黙の塔」と呼ばれる鳥葬専用施設がある。
チベット仏教の場合、理由はもっと単純だ。標高が高く、森林限界より上にあるチベット高原では、亡骸を荼毘に付すための薪が手に入らない。表土も浅く、岩ばかりの環境では穴を掘って埋めるのも困難だ。と言うわけで、ハゲワシの力を借りるのが最善の方法なのだ。輪廻転生を信ずる仏教徒にとって、死者の遺体が食われて他の生命を育むのは、理にかなってもいよう。
まあ、死肉を食らうといえば聞こえは悪いが、スーパーのタイムセールで肉売り場に群がるおばさんたちの争いを見るにつけ、我々人間も大差ないような気もする。さらに言うなら、自らの生命を維持するために環境を破壊してしまう人間と、環境を綺麗に保ちながら生きているハゲワシとでは、ハゲワシの方がよっぽど優秀なのではなかろうか?
著者プロフィール
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の新著として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが出版されました。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
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