連載
» 2010年11月25日 10時30分 公開

進化するデバイス技術と新しいコンテンツ:米国の電子書籍周辺事情を整理する(中編) (3/3)

[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]
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電子書籍とデジタル出版

 ここまで電子書籍(eBook)の話題について解説してきたが、これをもう少し発展させて「デジタル出版(Digital Publishing)」の話題についても触れていこう。

 電子書籍とデジタル出版がどう違うのかと思われているだろうが、前者が書籍などの文章を中心とした刊行物を中心としたものなのに対し、後者は写真や紙面のレイアウトそのものに意味があるもの、つまり「雑誌」「新聞」などが該当する。

 前述のように電子書籍で一般的なフォーマットであるEPUBは表現力が不完全であり、単純な文字の並びや画像の埋め込みにしか対応できない。カラムが複数並ぶ段組みや画像に対する文字の回り込み処理、ページ遷移など、雑誌や新聞などで一般的なレイアウト処理を実現するのが難しいのは、元がXHTML+CSSであることを考えれば容易に想像がつくだろう。リサイズが容易なのでスマートフォンからタブレット型の大画面デバイスまでさまざまに対応できるのがEPUBのメリットだが、同時にレイアウトを保持できないという問題もある。

 EPUBなど電子書籍で一般的な方式で雑誌を表現できないということは、専用リーダー向けのコンテンツ配信がそのままでは難しいということを意味する。ではどうするのか? PDFなどのレイアウトを維持できる方式を採用しつつ、DRMでプロテクトをかけるといった手法も考えられるが、現在広く利用されつつあるのが「アプリ」を介した雑誌コンテンツの配信だ。

 その著名な例が出版社Conde Nastの提供するiPadアプリ「WIRED Magazine」だ。このアプリは専用リーダーが無償配布されており、毎月刊行されるWIRED Magazine本体をアプリ内から購入して購読する。その最大の特徴は雑誌のレイアウトや表紙デザインをそのまま再現しただけでなく、動画やインタラクティブ図版、Web情報との連携など、紙の誌面では実現が難しいデジタルならではの仕組みを取り入れたことだ。こうした雑誌の多くはAdobeのInDesignを利用して制作されているが、このデータを一部流用しつつ、さらなる付加機能を追加した形となっている。

WIRED Magazineの実行例。通常のコンテンツも2行表示や図形の回り込みのほか、動くオブジェクトなどインタラクティブ性が高くなっている

Digital Publishing Suite Adobeのデジタル出版制作ツールである「Digital Publishing Suite」。Adobe InDesign CS5をワークフローの中核に据え、InDesignで作成したレイアウトデータがそのまま利用できる

 Adobeは最近になり「Digital Publishing Suite」という製品のβ版を発表しており、こうしたInDesignによる雑誌制作フローの延長でデジタル出版のコンテンツを作るツールのプロモーションを行っている。このツールはConde Nastなど大手出版社らとの共同作業で開発されたもので、電子書籍と区別する形で「デジタル出版」というキーワードと概念を打ち出しているのも同社だといえる。

 既存のInDesignで構築された雑誌のデータをそのままデジタル出版コンテンツ用アプリにしてもいいが、これらに付加機能を持たせようというのがデジタル出版の狙いの1つでもある。こうした新しい概念についてConde Nastでは「デザイナーや編集者などクリエイターらの新しいチャレンジを喚起するもの」として現場の声を紹介しており、通常の紙の雑誌を制作すると同時に、そこで盛り込めなかったアイデアや新しいアイデアをデジタル出版としてさらに別な形としてリリースし、読者に見てもらおうという。当然、新しい素材の用意や作業が必要になるが、同社によれば素材集めや新コンテンツ制作は雑誌の作業と並行して行われ、すでにデジタル出版を前提とした作りになっているという。

デジタル出版コンテンツでは、単に雑誌のレイアウトをデジタルデバイス上に再現するだけでなく、動画などのインタラクティブコンテンツを埋め込むことが可能。写真の例は記事のテーマに沿った内容のTwitterフィードをリアルタイムで表示させ、読者のオピニオンのように扱っている

 追加で必要となる人員や作業の工数も「雑誌編集部全体で吸収する」という形で、全体として採算のとれるものを検討しているようだ。むしろ、新しいチャンスに対するモチベーション増加や、デジタル出版提供によるさらなる売上増と相乗効果を目指しているようにも見える。

 とはいえ、デジタル出版はまだ草創期の段階で、概念自体がほとんど確立しておらず、まだまだ手探りの状態だといえる。Advertising Age(AdAge)の報道によれば、WIRED Magazineをはじめとする各種デジタル出版コンテンツの利用状況はものによっても異なるが、紙版の1〜4割程度とかなり高めの割合で、開始半年に満たない状況にしては認知度も含めて高いといえる。価格もデジタル出版と紙版の設定がほぼ同額に設定されており、取り次ぎなどの中間マージンを考えてもビジネスとしては比較的成功の部類だといえるだろう。だがIT系以外の雑誌などはデジタル出版の購読率が1%未満とかなり低い例もあり、コンテンツ次第だともいえる。

 また、デジタル出版コンテンツの価格が紙版と同等、あるいは高くなる傾向があることについて、ユーザーによっては「余計なオマケをつけるよりは、紙の誌面そのままでいいから安くオンライン配信してくれ」といった意見もあり、こうした意識のギャップを埋めるのが1つの課題となるだろう。また紙版とデジタル出版を並行して出すことについて、大手と中小出版社での意識や体力差が今後出てくる可能性もある。制作フローの確立やユーザーインタフェースの改良も含め、まだまだ課題はあるだろう。だが未来志向の話であり、筆者もその成り行きには非常に興味を持っている。


 今回は中編として、国内外の電子書籍市場の実態と、電子書籍フォーマットにまつわるトピックス、そして新しいタイプの電子書籍である「デジタル出版」についてまとめた。連載最終回となる後編では、新技術や今後の展望について考察してみる。

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