アドビの「Digital Publishing Suite」は電子出版ソリューションの最右翼か

アドビシステムズは、2011年第2四半期にリリース予定の雑誌/カタログ向けコンテンツ制作ソリューション「Adobe Digital Publishing Suite」に関する説明会を開催した。電子出版が抱える課題を解決しようとする意欲的なソリューションに、国内の出版社も興味を示している。

» 2010年11月23日 15時00分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

制作から配信、販売、分析のサイクルをカバーする統合ソリューション

プレリリースプログラムでいち早くDigital Publishing Suiteを利用しているWIRED誌のiPadアプリ「WIRED Reader」は、Digital Publishing Suiteの可能性を知るのによいアプリだ

 アドビシステムズは11月19日、同社が新たに発表した雑誌やカタログ向けのコンテンツ制作ソリューション「Adobe Digital Publishing Suite」(Digital Publishing Suite)に関する説明会を開催した。

 Digital Publishing Suiteは、同社が2010年10月に米国で開催した「Adobe MAX 2010」で発表されたもの。以前は「Adobe Digital Publishing Platform」と呼ばれていたもので、雑誌やカタログ、あるいは漫画といったコンテンツ制作のソリューションに位置づけられる。

 Adobe InDesign CS5をワークフローの中核に据え、電子出版のためのプラットフォームをAdobeが商用ホスティングサービスとして提供することで、雑誌やカタログの制作から配信、販売、分析のサイクルをカバーする統合ソリューションとなっているのがDigital Publishing Suiteの特徴となる。


Adobe Digital Publishing Suiteの概要図(同社サイトより)

 ソリューションは「プロフェッショナル」「エンタープライズ」の2エディションに分かれており、プロフェッショナルでも月額699ドルに加え、刊行物ごとの料金が発生するという課金形態となっている。個人がこのソリューションを使って電子出版を行うにはハードルが高い価格体系だが、この価格が日本でどうなるかは未定だとしている。

 米国では、プレリリースプログラムの形でDigital Publishing Suiteをすでに利用している出版社から、20点以上の出版物が配信あるいは制作中となっている。よく知られたところでは、WIRED誌がiPadアプリとして提供している「WIRED Reader」がDigital Publishing Suiteで制作・販売されている。WIRED Readerは創刊準備号も含めればすでに8冊が販売されており、さまざまな実験的な取り組みを重ねながら、電子出版の経験値を上げている。

出版社はデザインをインタラクティブなコンテンツで補完し、ワンソースマルチユースの時代へ

 Digital Publishing Suiteのリリースは、2011年第2四半期の予定。同社の第2四半期は3月から5月なので、すでに国内で導入を検討している出版社がいても不思議ではない。それを示すように、この日、国内におけるDigital Publishing Suiteの導入事例として数社が紹介された。

 例えば、大日本印刷、インプレスホールディングス、山と渓谷社の3社は、山と渓谷社の雑誌「Hutte」を対象に新デジタル雑誌ソリューションの実証実験を推進中で、紙媒体とデジタル媒体を同時に進行する制作ワークフローの構築を目指しているという。

 また、アマナインタラクティブの電子カタログソリューションサービス「Visual Communication APP」や、コンデナスト・パブリケーション・ジャパンのファッション誌「VOGUE NIPPON」2010年11月号別冊の電子版などで、Digital Publishing Suiteの採用実績が披露された。いずれも、デザインをインタラクティブなコンテンツで補完しながら、新たな表現の可能性を模索しようとしている。

意外に簡単だったDigital Publishing Suiteの制作フロー

岩本崇氏 アドビの岩本氏。アドビとしては、書籍はEPUBで、雑誌、カタログはDigital Publishing Suiteで対応していきたいとしており、EPUBについては、縦書きやルビをサポートするとみられるEPUB3が制定されれば積極的に対応したいと述べた

 説明会の第二部では、アドビシステムズ マーケティング本部クリエイティブソリューショングループの岩本崇氏が、Digital Publishing Suiteを用いた実際の制作がどのようなものになるかにフォーカスした説明をデモを交えながら行った。

 Digital Publishing Suiteは、制作や配信、コマースや解析といった部分がサービス化されている大きな枠組みのソリューションだが、こと制作という観点で見ると、押さえておくべきことはさほど多くない。以下では、岩本氏の説明をベースに紹介していこう。

 コンテンツの制作という観点で必要な構成要素は、「Adobe InDesign CS5」と「Digital Publishingプラグイン」、AIRアプリである「Interactive Overlay Creator」と「Digital Content Bundler」、そしてビューアである「Digital Content Preview Tool」の5つだ。現時点で、Adobe InDesign CS5以外はすべてAdobe Labsでβ版が無料で公開されている。

 これらの構成要素がどうワークフロー上で使われるかを考えてみよう。まず、「Adobe InDesign CS5」で基本的な横置き版および縦置き版レイアウトを作成する(デザインの向きを1つに固定してもよい)。ここで、「ドキュメントプロファイル」は「Web」を選択するのが望ましい。

AIRアプリとして提供される「Interactive Overlay Creator」。360度ビューなどはパラパラ漫画の要領で作成できる。360度ビュー用の画像アセットを作成する方法は幾つかある。例えば、Photoshop Extendedでは、3Dオブジェクトの回転やカメラビューを変更することで作成できるし、QuickTime Proでムービーを一連の画像として書き出してもよい。

 その後、インタラクティブオブジェクトを作成する。ハイパーリンク、ボタン、スライドショー用のマルチステートオブジェクトなど、一部はネイティブインタラクティブ要素としてInDesignで扱えるが、ビデオ、オーディオ、360度ビュー、パン画像、パノラマ、Webビューといったインタラクティブオブジェクトは「Interactive Overlay Creator」で一度プレースホルダーSWFファイル(要するに中間ファイル)として書き出し、それをInDesignドキュメント内に配置することになる。

 こうして完成したInDesign CS5レイアウトに、「Digital Content Bundler」でメタデータを追加した上でアセットをパッケージ化、.issue形式(今後、.folioという名称に変更予定)のファイルとして書き出す。このISSUEファイルを「Digital Content Preview Tool」で確認するというのが制作の基本的なワークフローだ。なお、Digital Content Preview Toolとして現時点で提供されているのは、iPadアプリの「Adobe Content Viewer」だけだが、今後、ほかのプラットフォーム向けにはAIRアプリとしてビューアが提供される予定となっている。

ISSUEファイルを書き出す「Digital Content Bundler」

 こうして見てみると、Interactive Overlay CreatorやDigital Content Bundlerは、現状のInDesignがサポートしていない部分をAIRアプリとして用意したといえるだろう。ちなみに、「Digital Publishingプラグイン」は、Digital Content BundlerとAdobe InDesign CS5をつなぐプラグインだ。ポイントは、カラーマネジメントなどの扱いは若干変化するが、既存のワークフローからさほど変化していない点である。

 「発想力のあるコンテンツ制作に向けた取り組みが必要になる」と岩本氏。アドビでは2011年2月にユーザーフォーラム「Adobe Digital Publishing フォーラム 2011」の開催を予定しているほか、Digital Publishing Suiteのユーザーガイドもいち早く日本語化したものを提供するなど、電子出版を行うパブリッシャーへの協力を惜しまない姿勢を見せた。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.