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» 2010年12月10日 07時00分 公開

電子書籍時代、文芸が生き残るために 芥川賞作家・平野啓一郎さんに聞く(2/3 ページ)

[岡田有花,ITmedia]

 「京極夏彦さんは『死ねばいいのに』電子版を、“電子書籍の実験”として紙の半額という安い値段で出した。だが安く出せば売れるに決まっていて実験にならない。いずれ価格は市場の圧力で落ち着くだろうが、スタート時点では現実的な値段で始めるべき」

 電子版を全編無料公開した書籍「FREE」がベストセラーとなったり、広告入り漫画を無料配信の試験が始まるなど、無料を前提にした新ビジネスの模索が始まっている。

 平野さんの新作も電子版を無料公開するなどして「僕だけ目立つこともできた」が、それは避けた。無料を前提にしたビジネスは「アイデアとしては良く、一部のジャンルでは成り立つだろうが、一般的なルールにはなりえない」と考えたためだ。

 「電子書籍は今、一般的なルールが成り立つ前のデリケートな時期で、考えながらやるべき。読者も、ある作家の作品を継続的に読みたいなら、成り立つ仕組みを考えないと」

出版社が電子化するのに付き合おうと思った

 電子書籍は作家が個人でも出版でき、出版社は不要になる――そんな議論もある。だが平野さんは電子化以降も、出版社や編集者の役割は重要だと話す。

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 作品の内容について相談したり、装丁を考えたり、広告を展開したり、読者対応したり――編集者や出版社の役割は重要で、「作家1人で全部やるのは不可能」だ。「作家をやる気にさせたり、落ち込んでいるときになぐさめたり、読者の視点を伝えたりなど、出版社の編集者が培ってきた文化は重要で、維持したほうがいいと思う」とも。

 紙の本と電子書籍を別の会社で出す作家も出てきた。例えば村上龍さんは、出版社から発行した作品を自ら設立した新会社で電子化している。電子書籍専門の出版社は印税率が高い傾向もあるため、紙は旧来の出版社で、電子版は電子専門出版社で出すという流れが加速する可能性もあるが、平野さんは「文学全体のことを考えると、1作品1出版社が理想」という考えだ。

 特に文芸作品は、文芸誌に掲載した小説を単行本化するという流れが一般的。出版社は赤字覚悟で文芸誌を発行し、単行本の利益で赤字を回収するモデルになっている。

 今後、紙の単行本の売り上げが落ちた場合は「電子書籍の売り上げで補うしかない」が、文芸誌を発行する紙の出版社とは別の会社が電子書籍版を発行すると、紙の出版社は電子の利益を得らず、文芸誌が成り立たなくなったり、紙の本が出せなくなって「結局、作家が困る」。

 紙の出版社は人件費が高いなど高コスト構造なこともあり、「かたちだけの愛」電子版の印税率は、「僕が想定していたほどではない」が、出版社が電子化時代に生き残り、文学の未来をつなぐためにも、「出版社が電子化するのに付き合おうと思った」という。

 ただ出版社にも「構造改革が必要」と考えており、「編集者が出版社を飛び出し、エージェントを作るという形になるのかもしれない」など、出版や編集の形が変わっていく可能性もあるとみる。

「電子書籍だから」付く音楽や動画、「読者は求めているのか?」

 音楽や動画、写真など、電子書籍には紙版にない「オマケ」を付ける作家も多い。平野さんも検討したものの、「読者は本当にそれを求めているのか? できるからやらなきゃいけない、という感覚になっているだけでは」と考え、今回は避けたという。

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