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「変化を自分で作りたい」 村上龍氏が出版社と組まずに電子書籍を出す理由(1/2 ページ)

» 2010年11月04日 19時55分 公開
[岡田有花,ITmedia]

 「電子書籍をめぐる状況を、ポジティブに変えていきたい」――作家の村上龍さんが11月4日、電子書籍を制作・販売する新会社を5日付けで設立すると発表した。自著のほか、よしもとばななさんなどの電子書籍を刊行。制作コストや利益配分を公表することで、電子書籍ビジネスの公平なモデルを示したいという。

 社名はG2010(ジーニーゼロイチゼロ)。社長は、村上さんの小説「歌うクジラ」の電子化を手がけたIT関連企業・グリオの船山浩平社長が兼任し、村上さんは取締役を務める。資本金は1000万円で、グリオと村上龍事務所が折半出資する。

 音楽や写真などリッチコンテンツを使った電子書籍アプリを中心に制作・販売。「歌うクジラ」の電子版をグリオから引き継いだほか、よしもとばななさんの書き下ろしエッセイ集をNTTドコモのAndroid向け電子書籍トライアルサービスに配信中。瀬戸内寂聴さんの新刊も同サービスに配信予定だ。

画像 左からグリオの船山社長、村上さん、よしもとさん

 村上さんのデビュー作「限りなく透明に近いブルー」など既刊の電子化も進め、初年度(2010年11月〜11年10月)刊行20点、売り上げ1億円を目指す。

電子化にかかるコストを透明化

 電子化にかかるコストはすべて公表することで、売り上げの配分料率をフェアに決め、電子書籍制作のモデルとして示していきたいという。作家の取り分は作品によって変わるが、電子化コスト回収後は、売り上げ(Appleなど配信事業者に支払う手数料分は除く)の10〜30%をグリオが受け取り、残りの90〜70%を作家に配分する考えだ。

 ちなみに歌うクジラの制作費は、プログラミングの外注委託費が150万円、坂本龍一さんへの制作料の前払いが50万円(村上さんとグリオの報酬は別会計)。売り上げの配分は、制作費回収前は村上さん:グリオ:坂本さん=2:4:1、回収後は4:2:1だったという。

 既刊本を電子化する場合は、版元の出版社に、原稿データの提供や生原稿のスキャンなどの「共同作業」を依頼し、その作業の報酬として売り上げを配分する――という形で、編集作業や出版という「恩義」に報いていきたいという。

なぜ作家が、出版社と組まずに電子書籍を

 「なぜ作家が、出版社と組まずに電子書籍を販売するのか」――村上さんは会見で、出版社ではなくIT企業のグリオと組んだ理由をこう説明する。

画像 村上さん

 「ぼくも最初は出版社と組むものだと思っていて、幻冬舎や講談社にも相談する中で、当たり前のことに気付いた。出版社は紙の本を作るプロはそろっているが、電子書籍のプロは非常に少ない。グリオのようなITベンチャーと組む方が効率的だ」

 既刊本を電子化する場合、版元の問題もある。「例えば、幻冬舎と組む場合は、(講談社から出した)『限りなく透明に近いブルー』は出せない。講談社と組み、(幻冬舎から出した)『半島を出よ』を出そうとすると摩擦が起きる。いちいち版元と話し合いながらやっていくと、機動力のあるコンテンツ制作はできない」

 グリオと組んで作った「歌うクジラ」は、坂本龍一さんのオリジナル楽曲付きで、iPad版、iPhone版(各1500円)合わせて1万部以上販売。ほぼ毎日グリオのスタッフと会い、修正点を確認し合う作業は、寝る間もない忙しさだったが、刺激的で充実していたと振り返る。

 電子書籍化の進展に伴う出版界への影響は「言われているよりポジティブに考えている」と話す。「流通(取次)も書店経営者も優秀。出版社は一部不安なのもあるが、将来について真剣に考えている」ためだ。出版社は村上さんの電子書籍へのチャレンジも応援してくれており、講談社の野間省伸副社長も新会社の設立を祝ってくれているという。

「作家が一番置き去りにされている」とよしもとばななさん

 よしもとばななさんと瀬戸内寂聴さんはそれぞれ、「歌うクジラ」iPad版を見て村上さんに連絡を取り、電子書籍に参加したいと申し出たという。

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