「出版、そして書籍の歴史が変わる重要な日」――楽天三木谷氏が明かすKobo買収の意図

楽天が3億1500万ドル(約236億円)での買収を発表したカナダのKobo。電子書籍ビジネスを拡大しようとする楽天の意図はどこにあるのか。発表会の内容から読み解く。

» 2011年11月10日 09時45分 公開
[西尾泰三,ITmedia]
三木谷浩史氏 「わたしの意見では、ベストなデザインだ」とKobo端末を評する三木谷氏

 「出版、そして書籍の歴史が変わる重要な日だ」――2011年度第3四半期決算発表会の場で、同社代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏は、同日に買収を発表したカナダのKoboについて、その意図などを明らかにした。

 好調な業績推移を紹介した後、「エキサイティングなテーマに移ろう」とKoboの買収について切り出した三木谷氏。楽天がこの日買収を発表したkoboは、電子書籍端末およびコンテンツの販売を手がける企業だが、eBook USERならではの視点で今回の買収の意図を読み解いていこう。

成長著しい電子書籍を新たなソーシャルコマースの起点に

 買収の目的としては、一義的には、グローバルの電子書籍市場が旺盛な成長傾向を示す有望市場であることが挙げられる。楽天が示した幾つかの調査機関による市場予測レポートによると、世界の電子書籍市場は2015年までの年次成長率(CAGR)で端末関連が48%、コンテンツ関連が36%の成長が見込まれている。

 すでに北米や欧州でビジネスを展開し、600万ユーザーを誇るKoboはAmazonやBarnes & Nobleなどに並ぶこの市場の有力なプレイヤー。一方の楽天もグローバルにそのEC経済圏を展開しており、今回の買収により両社の展開地域およびユーザーをうまく補完し合い、グローバルの電子書籍市場で有利な立場に立つことになる。今後、世界中の楽天グループ各社でKoboの電子書籍端末を販売していく予定だ。

 「世界の電子書籍市場の中で存在感を発揮する1社となるだろう」(三木谷氏)

 しかし、より重要なのは発表会の中で三木谷氏が口にした「ソーシャルコマース」というキーワード。ソーシャルコマースとは、SNSやブログなどのソーシャルメディアとECを組み合わせて販売を促進するマーケティング手法。「何だ、またバズワードか」と思われる方もおられるだろうが、TwitterやFacebook上などで交わされるコミュニケーションや口コミなどに購買行動を大きく左右されていることが多くなっていることを感じている方も多いだろう。

 問題は、それがKoboとどう結びつくのか、ということだ。Koboを電子書籍市場の有力プレイヤーたらしめている理由の1つは、電子書籍の読書体験に共有のビジョンを色濃く取り入れていることにある。Koboの電子書籍リーダー端末である「Kobo Touch」のレビューでも紹介したが、Koboでは「Reading Life!」と呼ばれるソーシャルリーディング機能を用意している。9月には同じ作品を読んでいるほかのユーザーの反応が表示される「Pulse」機能を新たに追加し、読書体験とソーシャルメディアをいわゆる「ゲーミフィケーション」で結びつけることに成功している。

F8 Launch from Kobo on Vimeo.

Reading Life!の紹介

 「ECに関して、デジタルコンテンツが重要になってくると考えている」とする三木谷氏。成長著しい電子書籍を新たなソーシャルコマースの起点ととらえ、その分野で最も成功しているKoboを手中に収めることで、将来の成長を得ようとしているのだということが見えてくるだろう。

 ビデオ会議の形で今回の発表会に参加したKoboのCEO、マイケル・サービニス氏は「共有のビジョンはボーダレスなコマースと似たところがある」と述べている。電子書籍版権をグローバルレベルで獲得するという戦略により、国際展開を有利に進めてきたKoboと、その先にEC経済圏を連結しようとしている楽天。この辺りが今回の発表の肝といえる。

Rabooは長期的にKoboのブランドに統合――今後のシナリオ

ビデオ会議で参加したKoboのCEO、マイケル・サービニス氏と三木谷氏

 もちろん今回の買収の目的の中には、上述したような意図のほかに、国内の電子書籍市場の活性化も期待している部分があるのはいうまでもない。ボーダレスなコマースの拡大というのは当然日本も含むからだ。

 楽天はこの8月に電子書籍ストア「Raboo」を立ち上げている。パナソニックのAndroidタブレット「UT-PB1」を専用端末と位置づけてのオープンとなったが、出足の鈍さは否めなかった。その後、紀伊國屋書店やソニーの電子書籍配信サービスや端末との相互接続を実現し、サービスとしては順調に進化を遂げているが、発表会後の囲み取材でKoboの電子書籍サービスとRabooを統合していく考えなのか三木谷氏に尋ねたところ、そのつもりであると述べ、長期的にはKoboのブランドに統合していく考えであることが明言された。

 以下は、発表内容やその後の囲み取材から予想し得る今後のシナリオだ。

 まず2012年初頭に、Koboの電子書籍リーダーおよびタブレットの国内販売が開始される。KoboはこれまでIndigoやWalmart、BestBuy、WHSmithなど大手書籍チェーンや小売り各社と提携し、各国での展開を図ってきた。日本でも楽天経由だけでなく、小売店での店頭販売を予定しており、春先には量販店などでKoboの端末を目にすることになる。

 春先、としたが、この辺りは確定していない。KoboのCEO、マイケル・サービニス氏は三木谷氏に投入時期について聞かれた際、「来年早々」と答えるにとどめている。Koboの買収の完了を待たずして国内販売が開始される可能性もあるが、妥当なところで2012年4月辺りになると予想される(買収手続きはカナダ政府の承認を待って2012年第1四半期に完了見込み)。

 Kobo端末の国内販売が開始されるとして、幾つか解決すべき技術的な問題点が存在する。例えば電子書籍のフォーマットに関する問題だ。Rabooでは現在、XMDFのほか、最近では.bookフォーマットの電子書籍を販売しているが、現時点のKobo端末はこれらのフォーマットに対応していない。このため、まずはこれらをサポートする必要がある。しかし、Koboの方向性としては、むしろEPUB 3への注力を強化していることもあり、中期的にはEPUB 3が楽天の電子書籍ビジネスの中心的なフォーマットになっていくのではないかと思われる。

 DRMに関してだが、Koboは、ソニーのReader Storeなどでも採用されているMarlinというDRMを採用している。詳細については回答がまちまちな部分もあったが、Reader StoreとRabooの相互接続が完了していることから、RabooもDRMにMarlinを採用していると推測される。システム的なインテグレーションを行う必要もあるため、Kobo端末の国内販売と同時に、Koboが展開している電子書籍配信サービスで購入したコンテンツも閲覧可能になるかどうかは分からないが、方向としてはそうなっていくということになる。現時点でRabooと相互接続しているReaderでも、これらが閲覧可能になっていくのだろう。

 以上を踏まえると、短期的には、国内向けに販売されるKobo TouchやKobo Voxは、グローバルで販売されるものとは少し仕様が異なる可能性もある。ただし、これはあくまで内部的な話で、かつ一過性のものとなるだろう。

 なお、eBook USERで注目しているのは、三木谷氏が広告を表示することで安価な価格にする施策についてほのめかした点だ。これは、Amazonが広告付きKindleとして展開している手法だが、国内の電子書籍端末でこれを実現しているところは現時点で皆無である。現在国内で販売されている電子書籍端末の価格帯にも大きな影響を与えそうだ。

 次に、パナソニックのUT-PB1について。三木谷氏は、国内で販売されている電子書籍端末について、「欧米のものに比べて操作性、単純さで引けを取る」と称している。一般的な見解として述べたもので、これが必ずしもUT-PB1を指してのものではないだろうが、同じAndroidタブレットのKobo Voxも投入予定である以上、UT-PB1は相対的に魅力を下げることになるだろう。

 ただし、UT-PB1は比較的電子書籍専用端末に寄ったデザインであるのに対し、Kobo Voxは汎用端末に近い位置づけとなっていることを考えれば、一応の差別化はできているともいえる。いずれにせよ、パナソニックとしては次のモデルの投入を予定しているのであれば、差別化のポイントを明確に打ち出していく必要があるだろう。

Kobo Voxを手にする三木谷氏

国内出版社は歓迎ムード、Amazonのカウンターパートになるか

 最後に、国内出版社の視点でも少し考えてみよう。

 現在、国内の電子書籍市場は、AmazonのKindle Storeが参入するという話が過熱し、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。出版社との契約で難航しているのが実情だが、それは単にAmazonの参入という話にとどまらず、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の観点からもいろいろと板挟みとなっているようだ。

 TPPへの参加が出版業界にどのような影響を与えるのかは別の機会に紹介するが、そうした意味では、今回Koboを買収した楽天をAmazonのカウンターパートとして期待する向きもあるようだ。なお、三木谷氏は今回の発表以前に出版社と電話会談を行い、「ポジティブなコメントをいただいた」と述べており、発表会の資料には、講談社の野間氏、幻冬舎の見城氏がエンドースのコメントを寄せていた。電子書籍版権をグローバルレベルで獲得するというこれまでKoboが採ってきた戦略をどのように国内の出版事情とフィットさせていくかは注目したい。

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