スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき

東野圭吾氏、弘兼憲史氏など著名な作家・漫画家7名が、スキャン代行業者2社を提訴した問題。記者会見の場で7名は何を語ったのか。紙への思い、裁断本を含めた違法コピーへの憤り、出版業界の現状や未来など、各人がそれぞれの心情を吐露した内容をまとめた。

» 2011年12月21日 12時30分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 12月20日、スキャン代行業者2社を著作権侵害だとして一部事業の差し止めを求める提訴が東京地方裁判所に提起された。原告は、浅田次郎氏、大沢在昌氏、永井豪氏、林真理子氏、東野圭吾氏、弘兼憲史氏、武論尊氏といった日本を代表するといっても過言ではない作家・漫画家7名ということもあって、世間の注目も高い。

 その意図などは「東野圭吾さんら作家7名がスキャン代行業者2社を提訴――その意図」ですでにお伝えした。ここでは、記者会見の場で7名が語った思いを紹介したい。紙への思い、裁断本を含めた違法コピーへの憤り、出版業界の現状や未来など、各人がそれぞれの心情を吐露している。

裁断された本、私はあれを正視に堪えない――浅田次郎

浅田次郎 浅田次郎氏

 “自炊”という名称が適当かはともかく、私も食事を自炊するのは好きなんですけども、こういう自炊には大変苦労している。

 私は小説を書き上げたときに自分の仕事が終わりだとは思っていません。創作したものは私の血を分けた子どもも同然であります。それを世に正しく届け、10年20年と見守り続けるということまで含め仕事だと考えています。

 今回の件に関して大変危惧というか憤りを感じるのは、そのようにして創り出した本が、見ず知らずの人の手によっていいようにされ、私のあずかり知らぬところで利益が生まれているということであります。

 裁断された本、私はあれを正視に堪えない。自分の書いた本があのように手足もバラバラにされ、さらにはネットオークションで売りに出される、結果的にこういうことまでやる業者の方々に対しては、何ら正当な論理が私には感じられません。この1年くらいの間に業者の数が大変増えたということを危惧いたしまして、今、提訴しなければならないだろうという風に考えた訳であります。

悪貨が良貨を駆逐してはならない――大沢在昌

大沢在昌 大沢在昌氏

 さまざまな理由があると思いますが、今、出版業界というのは大変厳しい環境に置かれています。これは私個人の見解ですが、そうした中にあって、電子書籍事業というのは決して紙の出版にとってマイナスなことなだけではなくて、流通の書店さんなどに対しても新しい事業展開をするひとつのきっかけとなり得る。

 もちろん、今の段階で電子書籍事業について、日本の各出版社がきちんと取り組めているかというと、ややお寒いところもあると思いますが、これをいいきっかけにして、電子書籍出版の事業を出版界全体のプラス方向に転ずるきっかけとなるはずだと考えています。

 こういう流れに対して、海賊版の電子書籍が大量に流通するきっかけとなりかねないスキャン代行事業を展開していく人たちを看過するわけにはいかないだろうというのが私個人の考えです。“悪貨が良貨を駆逐する”ようなことにならないよう、きちんとした形での電子書籍事業が日本で進められるようになってほしい。そういう思いが今回原告団に加わった大きな理由です。

“本”の尊厳が傷つけられている――林真理子

林真理子 林真理子氏

 私は物書きになりましてもう27年になりますけども、猟奇的な状況だなとひしひし感じております。まず本が本当に売れなくなり、業界全体に元気がありません。こういうことは私たち作家の責任でもあり、本当に命を削るようにしていい作品を書かなければならないと肝に銘じています。

 そして、もう1つ大きな問題になっているデジタル化につきましては、各出版社の方々と本当に考えながら1つ1つクリアしながら積み重ねております。ところがこうした業者の方々がハイエナのように入り込んできて、こういう、あの、不法なことをなさっていることに私は憤りを感じました。

 浅田さんもおっしゃいましたけど、そこに本当に無残な本の姿がありますが、本屋の娘として、物書きとして、“本”というものの尊厳がこんなに傷つけられる世の中になるということをとんでもないことだと思っております。単なる利益だけではなくて、私たち物を書いている人間、そして本の尊厳を守るために今日ここに加わりました。

漫画家や小説家は将来成立しなくなる恐れも――東野圭吾

東野圭吾 東野圭吾氏

 司会の先生から、何度か「裁断」という言葉が出ましたけども、それを聞く度に非常につらい思いをします。一冊の本が作られるのに、本当に一生懸命、いろんな人間が努力しております。

 何かうまい商売を思いついたというようには思ってもらいたくないです。この違法な商売がまかりとおっていることで、漫画家や小説家といった職業が、近い将来、職業として成立しなくなる恐れさえあります。今ここで何とかしなきゃと思って今回参加させていただきました。

業界の存続、作家のモチベーションにもかかわる大きな問題――弘兼憲史氏

弘兼憲史 弘兼憲史氏

 20世紀の後半に、インターネットという、まぁ“モンスター”が現れまして、それ以来随分便利なものが登場しました。電子書籍もその1つです。大変便利です。しかし、いろんな不都合が出てきて、いろんな問題点が出てきて、そしてそこにいろんなビジネスが参入するといったことになってしまいました。

 ユーザーの利便性を優先すれば、こういうこともあり得るかと思いますが、ユーザーの方を優先すると、製作側に大変ダメージがあるということも知っていただきたいと思います。韓国のコミック界が非常に衰退してしまった大きな原因は、デジタルコミック展を野放しにしたということなんですね。コミック界から人材がどんどんいなくなって、今や韓国における漫画は日本の漫画がほとんどです。つまり、業界全体が、1つの新しい業態・業者によって崩壊したといういい例なんですね。

違法なスキャン業者を見逃していると、将来的な業界の存続にも、また、作家のモチベーションにもかかわる大きな問題なので、今回の提訴に踏み切らせていただきました。

知ってもらうことが一番大事――武論尊

武論尊 武論尊氏

 僕も含めてなんですが、インターネットとか電子の世界にまったく疎く、ついて行けない方は結構おられると思います。そうした僕たちの知らないところで今何が起こっているのか、こういうことが起こっているんですよ、ということを誰かが教えていかないといけない。知ってもらうことが僕は一番大事だと思ってる。そうじゃなければどんどんおかしな世界に入って行ってしまう。

 これからもっと頭のよい方がインターネットの中でいろんなことを考えてくると思います。それに対応していかなければならないのですが、一番いいのはそれを知ってもらうということ。知ってもらった上で、僕たちが描き手として送り手として、何を訴えていくのか、それが一番大事。これからのネット世界では、誰かが声を上げないことには野放しな状態になってしまう。そういう思いで原告団に入りました。

 作家から見れば、裁断本を見るのは本当につらいです。本当に、もうちょっと本を愛してくださいといいたいです。

スキャン事業者は創作基盤を破壊する可能性のある業態――永井豪

 スキャン事業者について思うこと。デジタル化が進んで、漫画作品を自分でデジタル化して楽しむ人が増えてきました。そのこと自体については人それぞれの楽しみがあるのだと思います。けれども、いくら便利だといっても、大量に、一括してデジタル化する業者には疑問を感じてしまいます。

 漫画は「絵と文字で表現する文化」です。私たち漫画家は、1枚1枚の原稿を手作業で書いています。それを紙に印刷して、読者に楽しんでいただくことを前提に創作しています。機械部品のように自動的にベルトコンベアーを使って制作しているわけではないのです。丁寧にオリジナル性を大切にデジタル化されるならまだしも、大量に、一括して処理されれば質も落ちるでしょう。読めればいいという文化ではないつもりです。文字だけではなく、絵の部分も味わってください。作品全体を楽しんでください。

 スキャン事業者は一見、読者の味方のように思えるかもしれません。が、創作基盤を破壊する可能性のある業態です。便利だからといって、どんなサービスをしてもいいというわけではないと思います。

永井氏は体調不良のため会見には参加せず、コメントが読み上げられた

私たちはどう考えるべきなのか

 読者の方の立場などに応じて、上述した言葉のとらえ方は異なるだろう。同感する方もいれば、言説に違和感を覚える方もいるだろう。作家の方々が語る本への思いはそのとおりだろうが、個人的には、見た目にも被害に遭っている印象を強く醸し出すために裁断本を取り上げる“演出”のようにも見えた。音楽業界で起こったような構造の変化――パッケージの変化や価格破壊など――を目の当たりにし、コンテンツの価格と市場をどのように維持するかに腐心する出版業界。その中で、違法コピーは頭の痛い問題の1つだ。

 スキャン代行業者の複製権侵害という問題を語る中で、裁断本の違法流通、そしてスキャンデータの違法流通もスキャン代行業者にその責任があるとするのは論理の飛躍もある。スキャン代行と違法流通はどちらも著作権侵害の話だが、本来分けて考えるべき話だ。そもそも、記者会見の会場に並べられた裁断本が、悪意のあるスキャン代行業者が故意に流通させたものだという明確な証拠もない。訴状などから読み取れるのは、スキャン後(と思われる)裁断本がオークションなどで、そしてスキャンデータも違法に流通しているという事実だけである。

 今回の提訴のメインは「スキャン代行の主体が業者であるかどうか」。現行の著作権法で考えれば、「使用する者が複製することができる」と定めた私的利用の範囲を逸脱しているのは明らかだが、判例はなく、グレーゾーンでしかない。まずはそこをはっきりとさせようとしている。

 奇しくもこの日、P2Pファイル交換ソフト「Winny」を開発・公開したことで著作権法違反幇助(ほうじょ)罪に問われていた金子勇被告の上告審で、最高裁は、無罪とした大阪高裁の判決を支持、無罪が確定した。

 スキャン代行業者は複製行為の主体であるということになれば、著作権違反幇助かが問われたWinnyのケースとはまるで違うことになる。著作権侵害のために使うよう勧めてサービスを提供しているわけではないと業者が主張しても難しいだろう。

 歴史を振り返ってみると、適法が違法となるのが歴史の常である。利用者の意志やそうしたニーズが持ち上がった背景などがどの程度勘案されるのだろうか。司法がどのような判断を下すのかは注目される。

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