漫画を「1人でも多くの人」に届けられるのは今――60万UU突破「裏サンデー」の挑戦(3/3 ページ)

» 2012年06月27日 10時42分 公開
[山田祐介,ITmedia]
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Webの情報拡散力に期待

 裏サンデーでは情報が拡散しやすいサイト作りにも努めた。TwitterのツイートボタンやFacebookのいいね!ボタンをそこかしこに用意し、作品やサイトの感想をSNSで簡単に発信できるように。また、作家たちのTwitterアカウントへのリンクも設置した。

 「作品がヒットするきっかけって、書店での出会いもありますが、基本は口コミだと思うんです。今、口コミが一番広まる場所ってどこかと考えたら、Webだと思う」(石橋さん)

 面白いコンテンツさえあれば、個人のサイトでも大きな注目を浴びる。そんな状況を石橋さんらは目の当たりにしてきた。「1万部、10万部規模の雑誌もたくさんあるが、一方で個人サイトが1日何万ページビューと見られている。そう考えると『あれ?』って思うんです」(石橋さん)。そしてSNSの利用が広がる今、ネットの情報拡散力はますます高まっている。だからこそ、紙ではなくWebを挑戦の舞台にした。

 漫画編集者として12年、「漫画雑誌が好きでずっとやってきた」と石橋さんだが、時代の変化に合わせた雑誌以外のチャレンジも必要だとも考える。「電車を見ていても、雑誌を読んでいる人は減っています。そのかわり、みんなスマホを見ている」(石橋さん)。小林さんも「雑誌がなくなることはない」と思っているが、「(スマートフォンなどの)デバイスが整ってきた以上、“電子媒体で手軽に読めること”がもっと重要になってくる」と予想する。

 面白い作品を手がけても、読んでもらえなければ意味がない。ただ、例えばコミックビームで連載中の「テルマエ・ロマエ」など、部数の多くない雑誌でも人づてに面白さが伝わり、単行本が何百万部のヒットを生むことはある。Webで門徒を広げ、そこに「面白い作品」を投下すれば、ヒットのチャンスはもっと広がるのではないか。裏サンデーにはそんな目論見がある。

漫画をもっと「自由」に

 雑誌より自由な形式で作品を世に問えるという期待もあるという。Webの作品にボリュームの制約はなく、掲載ペースの自由度も高い。現在は各作家が毎週作品を更新しているが、今後は連載作家も増やしつつ、作家に合った掲載頻度に調整する計画だ。「もちろん、人気商売なので更新は早いほうがいいです。でも『月1で面白いものが描ける』と作家さんが言うのなら、そうできる体制は整えたい」(石橋さん)

 Webなら、新人作家の在り方にも変化が生まれるかもしれない。雑誌の漫画はほとんどが連載作品だが、新人はまず読み切り作品で結果を出さないとデビューが難しい。裏サンデーには将来的に、漫画の投稿機能も追加したい考えだ。ユーザーが自由に作品を連載し、人気を得ればプロへの道が開ける――そんな仕組みを作りたいという。

 「“短編”を描く難しさと“連載”を描く難しさは違うし、それぞれの作品を作るのに必要な筋肉が少し違うと思うんです。漫画を作るための土台となる技術を磨くことはどちらも同じですが、はじめから連載に必要な力を伸ばしつつプロ作家になれる道があってもいいと思います」(小林さん)

 裏サンデーに参加しているWeb漫画家は、それぞれがWeb上で連載ノウハウを磨き、「何十話先までの構想を最初から持っている人も多い」(石橋さん)。ヤバ子さんもそうした作家の1人だ。「物語の最後までイメージがあって、イベントをはさみつつ、調整しながら話の最初と最後をくっつけていく感じです」(ヤバ子さん)。こうした作家の実力を信じ、裏サンデーでは原稿料も雑誌の新人連載と同じ額を支払っている。

 連載作品は紙の雑誌と同様、編集者と作家が打ち合わせをしながら作り出している。作品を作る上での編集者の役割は、今のところ裏サンデーにおいても変化はない。読者からの投票数といったソーシャルな指標が、編集者の役割を果たすのかは、まだ分からない。秋の単行本発売で、こうしたノウハウも編集部にたまっていくことだろう。

 例えばサンデーブランドとつながりのある人気作家の起用や、アニメによるメディアミックスなど、裏サンデーの将来の展開にはさまざまな可能性が考えられる。しかし、Webを志向した裏サンデーのオリジナリティは、今後も追求していくという。

 「裏サンデーはサンデーの2軍というものではなく、Web漫画らしい特性をもつ作品や、紙媒体ではできないような読者参加型の企画を行うことができる、新しいブランドを作る心づもりでやっています。作品についても裏サンデーの編集者はみんな『雑誌の作品に負けないくらい面白い』と信じたものだけを載せています」(小林さん)


 「クラブサンデー」や「増刊サンデーS」など、サンデー編集部が受け持つ媒体は多い。裏サンデーについては「“Webでの漫画ビジネスの可能性を試す実験的な媒体”として、僕らWeb漫画が好きな若手編集者が集まって企画を進めることができました」と小林さんは言う。「個人サイトや漫画投稿サイトで公開された作品を読むことは、まだまだ一般的には浸透していないけれど、そこには読んだことのないような“新しい漫画”がたくさんあります。さらに、そうしたWeb漫画は全話数がアーカイブ化されているので、いつでも読むことができる。この“読まれるチャンスが多い”ことは、雑誌にはないWeb独自の強さだと感じています」(小林さん)

 ただ、商業漫画サイトの多くは、単行本が出たタイミングなどでWeb上の掲載話を限定している。裏サンデーでは今のところ、作品の掲載期限は設けていない。単行本で収益化する以上、Webで全話を公開し続けるかどうかは「難しい判断」が求められると石橋さんは話す。「まだどうするべきか分からない。ただ、少なくても1話2話しか掲載しないってことはありえない。作品の面白さは、それくらいじゃ伝わりませんから」(石橋さん)。まずは秋に単行本を発売し、その結果を見て判断したいという。

 ネット上の人気作家を起用し、ネットで注目をあびた裏サンデーの単行本は、果たしてヒットするのか。「作者とコンテンツの力だけで60万ユニークユーザーまで来た。この数字には夢があると思ってます」(石橋さん)。収益化への道筋が見えれば、投稿サイト化への道も現実味を帯びてくるという。

 くしくも、裏サンデーのヒットと時を同じく、集英社から漫画サイト「となりのヤングジャンプ」も誕生。同サイトも“既存の形態にとらわれない新たなマンガの楽しみ方”を追求するという。「Web漫画はますます盛り上がるはず」と石橋さん。編集者たちのWebへの挑戦は、これからも続く。

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