出版デジタル機構とパブリッジが目指すもの(2/4 ページ)

» 2012年08月20日 06時30分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]

「電子化の波」はほかの業界ではもうとっくに、ある意味では過ぎ去っている――

出版デジタル機構代表取締役社長の野副正行氏。ここからは氏の言葉を中心に紹介する

―― 隣接権(出版に係る権利)については後で伺おうと思いますが、ここで野副さんにもいろいろお話を伺えればと思います。よろしければパブリッジの代表に就任することになった経緯など、その辺りのお話から。

野副 いや、それはいろいろな方がいろいろな形で動かれて、話が来たわけで。そこについては、僕はあまり言うつもりはない。

 ただね、こういう電子化の波、それは別に出版業界だけの話じゃなく、すべての領域で起こっているわけですよ。それをインターネット革命というのですから。

 電子化の波というのは、音楽でも、ゲームでも、映画やテレビの世界だって起こっている。ほかの業界ではもうとっくに、ある意味では過ぎ去っているところだってある。ほかのコンテンツ業界と比べると、電子化が進んでいなかったのが出版業界だけど、その波はもう来ているわけで、好きであろうが嫌いだろうが、否応なく、誰もがこの波の中で勝負していくしかない。ほかの業界と比べると遅れているこの業界を電子化の波の中で何とか早く健全な発展をさせたい、というのが1つ。

 それからもう1つは、海外と比べても、日本の電子書籍化はものすごく遅れている。スタートは早かったのにもかかわらず、本を読まないと言われることが多いアメリカにまで抜かれてしまっている。こういう状況があって、どうしたらいいでしょうかね、というような話があり、出版業界・産業革新機構の方々、じゃあみんなで一緒にやりましょう、ということになった。それなら私もご奉公しましょう、と参画させていただいた感じですね。

―― 今、「健全な発展」とおっしゃったんですけど、具体的にはどんなイメージをお持ちですか?

野副 業界が電子化の方向に進むことで、ユーザーがベネフィットをたくさん受けられるのはもちろんだけど、ユーザーがコンテンツ・出版物に触れるチャンス、言い換えればそれを楽しめる機会が増えるというのが業界としては重要なこと。

 それは紙の世界を100としたら、紙の世界プラス電子の世界で、200にはならないけど、110なり120なり、130なり。ある意味では、古書(古本)といわれる領域をもう一回、出版社に取り戻してくるという部分も含めてね。古本は、今出版業界の数字としてはカウントされていない部分もあるから。それをもう一回カウントし直せるということを含めて、トータルのパイを大きくするのが、健全な発展という意味。電子化が進んだけど結局業界が半分になっちゃった、というのはあまり健全じゃないよね(笑)

―― 音楽の世界はそうでしたか? CDが売れず、配信ではそれを取り返せていない、という現実がありますよね。

野副 それは近いよね。だけど僕が思うのは、本質的にユーザーというのは、アルバムじゃなくて、ピンポイントで曲が欲しいわけ。すなわちそれは、昔でいうところのコンピレーションディスク。有名な歌の自分が一番いい組み合わせを欲しがるわけですよ。アルバムとして数千円の値段で売るんじゃなく、何百円の世界を足していった方が本当はよかったわけだし、実際そうなった。

 本も同じで、あくまでも「ユーザー・読者が本質的に何を望むか」なんですよ。だからフォーマットがいくらあってもいいし、さっき言っていた、フィックスだろうが何だろうがかまわないわけです。先ほど沢辺さんが別にリフローじゃなくちゃいけないなんて思わなくなったっていったのは、そういうこと。

 ユーザーが何を望んでいるかを、素早く正確につかみ、それをうまくフィードバックしてあげる方法論を探して提供するのがビジネスというもの。沢辺さんが言っていたのは、そういうものに気がついたら、早くそういうものに対応してあげることが、業界・ビジネスに関わる人たちの重要なポイントなんじゃないですかということですね。

―― それはソニーにおられて、そこで見てこられたコンテンツビジネスからのフィードバックやご経験も踏まえて、そう感じてらっしゃるということでしょうか。

野副 そうですね。うんうん。

本質的に読者に届くのは「物語あるいはストーリー」

「本質的に読者に届くのは『物語あるいはストーリー』。それをどういう形でうまく届けるかが重要」と野副氏

―― 今お話に出てきた“自炊”ですが、ユーザーが積極的に自炊をしているのかといえば、恐らくそこは突っ込みがあると思うんですね。要は(電子書籍で配信されていないから)やむを得ずやっているんじゃないかと。

野副 それは早くいろいろな出版物が電子の形になって、みんながちゃんと手に入るようになれば、その必要は減るわけですよ。昔でいえば正規版のDVDが出てこない間に、海賊版ビデオCDなどの形で発売されていたのに似ている。

 要するに、ユーザーは「喉が渇いている」と言っているわけ。そこに早くavailableにしてあげることが重要で。それを早く何万冊でも、何十万冊でも、availableになれば、自然とそういうのは少なくなりますよね、という話です。

―― 書籍におけるキラータイトルとその他のタイトルとの関係、つまり、ロングテール構造についてどう捉えているのか、という点も伺いたく。

野副 基本的に出版業界というのがロングテール。だから出版社がこれだけあるわけで。本屋さんに行くと、何万冊という本が置いてあってもその20%ぐらいしかそういう意味でのキラータイトルというのは、実際にはどこの書店でも売り上げてないという事実があるわけでしょ。

―― そうですね。

野副 ほかの業界と比較したら、一目瞭然じゃない。車とか何十万のラインアップはないよね。せいぜいカラーが違うぐらいでさ。テレビだって何万っていうようなセレクションはない。ほかの業界にそんなものはないわけです。

 そんな出版業界のロングテールを一番ビジネスとしてやりやすいのは、私はどちらかといえば電子化だと思う。もちろん、紙で出すというのはパピルスの時代からずっと変わってないわけで、その中には、人間の愛着とか感情がすごく込められている。だから、本の装訂とかに皆さんこだわりがあるわけじゃない?

―― はい。

野副 素晴らしい方々が装訂をしてくださって、それが作家の方の想いと重ね合わさって読者に届く、みたいなのは、1つの文化だしアートだから、私はそれを大事に思う。

 だけど、本質的に読者に届くのは「物語あるいはストーリー」。それをどういう形でうまく届けるかが重要。100人いたら100通りの本の読み方があるし、読みたい本の違いがある。そういうものが、検索しやすく、入手しやすく、コンビニエンスにできるようになると、本というか物語に触れる回数も増えるから、業界として早くそういうふうにやっていきましょうねと。

 卵が先かニワトリが先かというおきまりの議論の中で、なかなか一歩が踏み出せなくて、沢辺さんや植村さんなんかが苦労してきたんだけど、今回は、産業革新機構も大きく踏み出してくれて、各出版社も投資をしてくれた。さあみんなで、電子書籍をたくさん、まずは作りましょうよと。まずはマーケットに出す、それからそれらを検索しやすくすることで、それらに触れる機会を増やす。それができれば、自然と「ある形」にはできてくるんじゃないのと。その先を考えるのは、そこからだよ。

―― ロングテールにおけるテールの部分が非常に大きいのは、すごくよく分かります。キラーはその中のほんのごく一部です。しかし、パブリッジの設立の会見――その後、投資にさらに加わった株主もいますけど――では、基本的に大手が多い印象でした。大手は、おおくくりでいうと、キラータイトルをたくさん持っています。

 一方、今回、株主になれないような、中小・中堅の出版社がロングテールの部分を支えていて、日本の本の多様さを支えている。そうするとパブリッジは、ロングテール、すなわち抜け落ちていた部分の電子化を助ける、という理解でよいでしょうか?

野副 両方だよ。どっちかを助けるとか、マルとかバツとかじゃなくて。何しろ、読者にどう届けるかが原点だから。

 出版社で、株主でなくても、自ら大きな投資をして電子化を自分でやるのは大変だという方々も、機構にお話に来てくだされば制作します。制作したものを電子書店にもっていきます、ということができるようになれば、そういう本も電子化されて、お客さまのところに届くでしょう。お客さまがセレクションできるようになれば、それこそ、いいものがちゃんと残っていきますよ、という感じです。

回収モデル変更の意味は?

―― ここまでで、理念・理想はよく分かりましたので、続けてビジネスモデルの話に移りたいと思います。当初の発表では、電子化のコストは、売上げからトップオフして、回収が終わってからデータや販売権を各出版社に返す、と報じられました。その後、最初からレベニューシェアを行うと変更されましたが、この意図について、お聞かせいただいてもよろしいですか?

野副 それは少し誤って伝わっているところもあって、当初から、例えば電子書店で1000円で売れたものが、500円機構に入るとしたら、500円全部取ってくよっていう発想は、もちろんなかったんだけど。

―― そうなんですか?

沢辺 ともかく回収させてもらいますよといういい方はしていた。あの変更は、レベニューシェアとかに意味があるんじゃなくて、例えば3年間20%だけもらうけど、それで、コストが全額回収されようがされまいが、3年経ったらそれでおしまい、としたわけ。

 裏を返せば、ある1冊に対して、売れて500円ずつ、あるいはそのうち200円でもいいけど、それを貯めていって、回収したかどうか、最初に投資したお金はクリアできましたとかは、一切問わない。

野副 別に回収しようがしまいが関係ないと言っているわけじゃなくて、まずはそれでやってみましょうよと。いつまでたっても回収しきれないから、(タイトルの販売権が)いつ返ってくるか分からないというのでは――。

―― そこが問題ですね。

野副 出版社としては辛いでしょうと。だから、こういうスタイルで、こちらもリスクを負うし、出版社もリスクを負うだろうけれども、まずこれで走ってみましょうよと。長い目で見れば何か変化も起こるかもしれません。違うビジネスモデルをさらに付け加えるかもしれないし、違うところにレベニューソースをわれわれは求めるかもしれない。そんなのはまだ分からないですよ。やってないんだから。

―― 3年というのが長いという出版社もありそうですよね。大手は、やはり大型新作の販売をチャネルを含めてコントロールしたいという発想になるので。そこで3年間というのは、かなり大きな制約になる。中小中堅で、キラータイトルが少ないところは、その3年でも参加するだろうという目論見があるという理解でよろしいですか。

野副 それは僕らがどうのこうのいう話じゃなくて、出版社が決めること。だけど、最初の話で、この業界にもう来ている電子化の波の中で、どう生き残ってくか、出版社に思い切りがあるかないかがポイントだから。是々非々はもちろんあるでしょう。でも、あるところでは踏ん切りを付けて一歩前に出ないとうまくいかない。機構は最大限のお手伝いをするつもりでリスクを取ってやりましょうと言っています。出版社の皆さんも、それなりの覚悟でやってくださいと言っているのです。

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