「四畳半マンガ家のためのデジタル戦略講座」リポート京都の夜に「マンガと電子化」を考える

普及が進む電子読書を日本で主導するのは間違いなくマンガ。そして、電子マンガの世界は、単行本をデジタルで読む段階から、スマホで新作を毎日読める環境も整備されつつある。マンガ家はそういった環境とどう向き合えばいいのか? 

» 2015年04月09日 06時00分 公開
[まつもとあつしeBook USER]

 電子書籍元年と呼ばれた2010年から5年が経った。

 市場規模が1000億円を超え、普及が進む電子読書を日本で主導するのは間違いなくマンガだ。そして、電子マンガの世界は、単行本をデジタルで読む段階から、スマホで新作を毎日読める環境も整備されつつある。

 ではマンガ家はそういった環境とどう向き合えばいいのか? comicoそしてKDPの担当者がマンガ家と向き合った興味深いセミナーが開催された。

2014年が「真の電子書籍元年」だった

 京都市とNPO法人NEWVERY トキワ荘プロジェクトが主催する今回のセミナーでは、前半は電子マンガをめぐる団体・各社の取り組みが紹介され、後半は筆者や会場の参加者も加わっての質疑応答と意見交換が行われた。

 はじめに、トキワ荘プロジェクト代表の菊池健氏から電子書籍とマンガについて概観が説明された。トキワ荘プロジェクトはeBook USERでも何度か取り上げているが、デビューを目指すマンガ家に、住居を提供することで支援している団体だ。

トキワ荘プロジェクト代表の菊池健氏 トキワ荘プロジェクト代表の菊池健氏

 菊池氏は、3年後には電子書籍市場は2000億円以上になり、その多くはマンガで占められるという試算を紹介しながらも、「1995年から作家の数や発行タイトル数はおおよそ倍になっているにも関わらず、全体の売り上げは落ちている」と指摘。つまり、マンガ家にとっては、電子書籍の普及は必ずしも追い風になっていない、という訳だ。

年間単行本販売数とマンガ家の数に関するスライド 年間単行本販売数とマンガ家の数に関するスライド

 しかし、機会は拡大している。

 2013年末から2014年にかけて、IT系企業がcomico、マンガボックスなどを相次いで立ち上げ、週刊少年ジャンプが本格的に電子化し、インディーズ作家にも門戸を開いたのだ。単行本の電子化、旧作の活性化から、デビューそして新作の連載までの環境が整った2014年こそが真の「電子書籍元年」ではなかったか? と菊池氏は指摘する。

comicoそしてKDPをいかに活用するか?

 このセミナーには、comicoを運営するNHN PlayArtからcomico事業プロデューサーの大藤充彦氏、アマゾン ジャパンからKindleダイレクト・パブリッシング担当部長の小菅祥之氏が登壇した。

NHN PlayArt comico事業プロデューサーの大藤充彦氏 NHN PlayArt事業プロデューサーの大藤充彦氏

 大藤氏からはcomicoの概要が説明された。スマホの普及で、ライフスタイルが変化し、マンガの楽しまれ方も変わってきたと大藤氏。そんな中、「デジタルのトキワ荘」として、comicoは生まれたのだという。つまり、優秀な作家の発掘と、彼らが生み出す作品と読者との出会いの場を生み出すことをcomicoは目指している。

 eBook USERでも何度か取り上げているが、改めてcomicoでのデビュー、連載の流れをおさらいするとこうだ。

 まず、クリエイターは一定の決まりごとを守れば、comicoのPCサイトに自由に作品をアップロードできる(comicoではこの段階の作品を『チャレンジ作品』と呼んでいる)。そして、読者からの人気(閲覧数やコメント数)が一定以上集まると、「ベストチャレンジ作品」として、スマホアプリからも読むことができるようになる。そこからさらに人気が集まれば「公式作品」として週刊連載となり、NHN PlayArtから月額20万円の原稿料+人気に応じたインセンティブが支払われるようになる。

 従来の週刊・月刊マンガ誌の電子版と異なり、完全無料で作品を読むことができるcomicoは、作品の書籍化、そしてアニメ化といったIPの活用から収益化と作家への還元を図ろうとしている。夜宵草氏の『ReLIFE』はシリーズ累計75万部を突破し、同作を含むcomico掲載作品のアニメ化も注目を集めている。従来の持ち込みや新人賞への応募といったデビューの手段に、新たな選択肢が加わったといってよいだろう。

アマゾン ジャパン Kindleダイレクト・パブリッシング担当部長の小菅祥之氏 アマゾン ジャパン Kindleダイレクト・パブリッシング担当部長の小菅祥之氏

 続いて、小菅氏からKDPの概要とその活用について説明があった。KDPセレクトでの70%ロイヤリティやいわゆる貸本に当たるKindleオーナー ライブラリーなど基本的な仕組みに加え、「どうやったらKDPで作品が注目され、売れるようになるのか」の言及があったのが印象的だ。

 小菅氏が挙げるのは以下のようなポイントだ。その多くはKDPに限らずセルフパブリッシング全般で当てはまるものも多いが、KDPを運営する側がここまで具体的にポイントを挙げたのは興味深い。

  • 表紙画像をきちんと用意する。市販の本のように帯をあしらうのも効果的
  • 販売を開始したら、友人・知人に評価やコメントをもらう。(客観的な内容であれば不正には当たらない)
  • つまらないところで評価を下げないよう誤字脱字などの校正をしっかりと行う
  • ソーシャルメディアを通じた宣伝を忘れない
  • アマゾン内でのSEOは効果的。KDPメタデータのキーワード欄などに検索キーワードを盛り込んでおく。検索連動型広告も要検討

 KDPセレクトの選択や上記の工夫によって、アマゾンによる「セール対象商品」に選ばれると、売り上げが500倍にも達する例もあるという。値付けや作品のボリューム(ページ数)も作家の裁量に任される自由がある一方で、これらの手間をどれだけ掛け、売れ行きを日々分析し、改良を加えて行くことができるか、作品作り以外の部分の巧拙が問われるといえそうだ。

そのコスト(苦労)を誰が負担するのか?

 セミナー後半は、菊池氏・大藤氏・小菅氏と、筆者もそこに加わり、参加者からの質問に答える形で意見交換が図られた。筆者からは、マンガ出版を巡るバリューチェーンの変化と、そこから生まれた新たな課題を提示した。

 事前にセミナー参加者から寄せられていた質問や、筆者がこのセミナーやこれまでの取材を通じて気になったポイントは大きく3つに分類される。

  • 作品の認知を獲得するための「マーケティング
  • 作品そのもの、あるいは作品を通じたIP活用による「マネタイズ
  • 魅力的な作品を生み出すための「クリエイティブ
セミナー後半は筆者も参加 セミナー後半は筆者も参加 写真提供:渡辺まりか

 これらは、comicoやKDPのようなデジタルプラットフォームに用意されたさまざまなツールを活用すれば、かなりの部分はクリアできる。例えばcomicoでは、ITサービスらしく管理画面から閲覧数、コメント数などの推移や、男女比などの統計情報を見ることが紹介された。

 しかし問題はその手間や費用といったコストを誰が負担するのか、という点だ。縦スクロールを原則とするcomico作品は、横開きの単行本化の際には、相当量の書き下ろしが発生する。従来は、出版社そして編集者が作家の側に立って、彼らのコストでこれらの課題の解決に当たっていた。


comicoで用いられている読者の統計情報画面 comicoで用いられている読者の統計情報画面

 大藤氏は「従来マンガ家としてデビューし連載をしようとすれば、上京して出版社の編集者と直接打ち合わせする必要があった。comicoのようなデジタルサービスであれば、地方だけでなく海外でもこれが可能になる」とし、やり取りは主にメールや電話などで行っていると話す。従来「アドバイザー」だった編集者の役割は、comicoでは「サポーター」であるという。

 菊池氏は「従来、作品の各話が掲載されるかは編集部の決定によるものだったが、comicoの場合は、連載=公式作品になるかどうかのみ編集部が決め、各話の掲載は表現上の問題などが無い限りは作家の判断となる」とこれを補足。編集者と作家の関係が根本的に変化しているのだ。

 作家の側に立って課題解決に当たる存在の重要性は、ちょうどいま『境界のないセカイ』で注目された「表現」と「商業流通」とのバランスにも大きく関わるものだ。スマホ・外資系のプラットフォームを選択する場合、この問題は国内の紙ベースの出版よりも繊細な扱いが必要となってくる。スマホアプリでのコンテンツがプラットフォーマーによって問題視された場合、最悪、アプリそのものの展開ができなくなる恐れすらあるからだ。

 大藤氏は「comicoにおける作品掲載の基準は、いわゆる成人指定に当たらない、全年齢対象の一般的な作品を受け入れる」と話す。小菅氏も「法律を遵守する。一般的に出版社が出さないような作品はKDPにも並ばないようにしている」という立場だ。菊池氏からは「スマホの場合、アプリを介さずにブラウザのみで成人向け作品を展開しているサービスもある」と指摘があった。

 デジタルプラットフォームの登場によって、マンガ家の機会は拡がる一方、作品を売って生きていくために考え、工夫をしなければいけない課題も表面化したといえるだろう。登場したばかりのこれらのプラットフォームとともに、作家がデジタル時代のマンガ市場にどう適応していけるか、その挑戦は始まったばかりだ。

著者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。

 取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは @a_matsumoto


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.