デザイン固定型電子書籍はまだまだ過渡期
電子書籍の制作は、まだベストプラクティスが存在しているわけではなく、どこも試行錯誤を繰り返している。本稿では、電子書籍の制作や出版を手掛けるタルク・アイティーの谷川耕一代表取締役社長が考える現場の苦悩を紹介する。
(当記事はブログ「むささびの視線」から一部編集の上、転載したものです。エントリーはこちら)
前回、「電子書籍の種類 リフロー型編」でリフロー型の電子書籍について書いてから、ずいぶん時間が経ってしまった。今回はリフローしないデザイン固定型の電子書籍について整理したい。
その前に、前回のリフロー型で1つ大事なものを忘れていた。日本語で縦書き表示ならこれだろうというのが、青空文庫形式だ。iPadならi文庫HDというアプリケーションで閲覧できる。
このi文庫HDは良くできており、文字の大きさはもちろん、フォントも変更可能だ。縦書きの右開きでも横書きの左開きでも対応でき、しおり、検索機能ももちろん、外部の検索エンジンとの連携も実現している。
フォーマットは、基本的にはテキストにちょっとしたコマンドを加えるようなものなので、誰でも作成できるだろう。青空文庫形式では図版が扱えないが、テキストはじつに読みやすくレイアウトしてくれるので、日本語の小説などには、最適なものだろう。DRMの仕組みさえうまく実現できれば、参入してくる出版社もあるのではと思ってしまう。
デザイン固定型の電子書籍を制作する上での課題
さて、今回の本題であるデザイン固定型の電子書籍の話をしよう。代表的なのはPDFファイルだが、JPEGを圧縮してアーカイブしたものなどもある。これらは、iPadならiBooksでも読めるし、上述のi文庫HDでも読める。残念ながらデザインは固定なので、文字だけ大きくしてリフローすることはできず、拡大縮小はピンチ操作などで行うことになる。そうすると、紙面は画面からはみ出すこととなり、読みにくくなってしまう。
このため、デザイン固定型の場合は、ターゲットとなる端末にデザインレイアウトを最適化、つまり、その端末で十分に読めるサイズの文字の大きさとなるようにあらかじめ調整しておく必要がある。元がA4サイズのPDFだったりすると、iPadの縦では読めても横にするとかなり厳しい、いわんやiPhoneでは読むには耐えないだろう。というわけで、この後説明する幾つかのフォーマットも基本的にはターゲット専用のアプリケーションになっている。
幾つかの紙の雑誌が、PDFあるいはJPEGなどでイメージ化し、それをアプリケーションに取り込んで読むような形で電子化されている。紙ありきだとどうしてもこの形式にならざる得ないのだろう。しかし、はっきり言ってこれは読みにくいと思う。基の雑誌がB5サイズなどであればまだしも、A4ベースだったりすると文字はかなり小さくなる。コストと手間を考えれば仕方ないのかもしれないが、個人的にはこの形式の電子出版物にお金を払う気にはなかなかなれない。
Digital Publishing Suiteで制作される電子書籍専用雑誌
もう1つのデザイン固定型の電子書籍が、Adobeの電子書籍専用オーサリンツール「Digital Publishing Suite」を使って制作されたのもので、米Time誌やWIRED誌の電子雑誌などが同ツールを利用して制作されている。
ここで、「電子書籍専用」というと実は少し語弊がある。これらの多くは、紙のレイアウトツールとして今やデファクトとも言える「Adobe InDesign」にプラグインなどを追加して、電子書籍を作るというものだからだ。こちらは、iPadなどをターゲットに専用のレイアウトを行うので、見やすいレイアウトが可能だ。ビデオを埋め込んだり、インタラクティブな操作が実現できたりするものも多い。
多くのものが、専用のビューアとデータの組み合わせだ。また、アプリ内課金の仕組みを利用してアプリ内で雑誌が購入できるようになっているものが多い。InDesignで作るのだから、これで電子書籍を作れば紙の雑誌もできる、あるいはInDesignで紙用にレイアウトしたものを簡単に電子用にできるのではと考える方もおられるだろうが、話はそう簡単ではない。現状では、紙と電子でそれぞれに専用でレイアウトしなければならない。電子用にさまざまな機能を組み込みたければ、それだけ手間が掛かることになる。iPadの縦、横変換への対応も、縦用、横用のレイアウトを2種類制作するのが現状では普通だ。これらを考えるとかなりの労力を要することになる。
とはいえ、PDFやJPEGを電子書籍化したものよりもはるかに表現力の高い電子書籍ができあがるのも事実で、今後求められる電子書籍の姿だといっても過言ではないだろう。オーサリングツールもどんどんよくなっているので、制作の手間は今後どんどん削減されることにはなるとは思う。
HTML5を活用した電子書籍
InDesignを利用する方法では、制作費以外にもいろいろと課金される場合がある。AdobeはInDesignのプラグインなどは無料で提供しているが、コンテンツにDRMを設定してサーバサイドで管理する部分に課金する。しかも、基本的な料金に加えて、販売部数に応じて費用が発生するというモデルとなっている。このことから、ある程度商業ベースに載せられる雑誌などでなければ、Digital Publishing Suiteは利用しにくいかもしれない(ちなみに、Adobeのこのサービスは米国ですでに提供されているが、国内での詳細な内容、費用はまだ発表されていない)。
そんなわけで、もっと手軽に作れる方法はないかと模索してたどり着いたのがHTML5を活用する方式だ。HTML5でコンテンツを制作し、それを取り込んでコンパイルして電子書籍に仕上げるというものである。HTML5で表現できることであればたいていのことが可能となる。注意するのは、HTML5でコンテンツを制作する際のサイズ指定だ。端末の画面にあらかじめ合わせておく必要がある。
この方法の利点は、従来のWebページを作ってきた技術がそのまま応用できるとい点だ。技術者の確保も比較的容易だろう。さらに、表現力もかなり高いものが実現できる。ビデオを埋め込んだり、タップすると音楽が鳴ったり、画像が次々と切り替わるなども容易だ。3D画像を360度回転させることもやろうと思えばできるだろう。ということで、われわれも現在この方式で幾つか電子書籍化の案件が走っていたりする。
デザイン固定型もリフロー型もいまは過渡期にあるといえる。今後はどちらかを選ぶのではなく、ハイブリッド型のフォーマットが出てくることになるだろう。次世代XMDFなどもこちらに分類できるかもしれない。EPUBの仕様も方向性としてはHTML5をサポートする流れにあるので、より表現力の高い世界に行きそうだ。
個人的には、EPUBのような構造化されたフォーマットで制作しておけば、将来的に出てくるフォーマットにも容易に変換できるだろうと考えている。このため、われわれは、HTML5やEPUBに少し力を入れて、電子書籍を制作しているわけだったりする。次回以降は、電子書籍のビジネスにかかわっていて、理想と現実的の大きなギャップ的なことに直面することも多いので、そういった話題を取り上げていければと思っている。
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