個人の蔵書電子化を巡る着地点はどこに――Myブック変換協議会シンポジウムより
業者による書籍のスキャン代行を社会に包摂していく方向を検討するため3月に発足した「Myブック変換協議会」。同協議会が主催したシンポジウム『蔵書電子化の可能性を探る』が開催された。
「日本の読書習慣をデジタル化時代にふさわしい形で維持発展させていく」——そんなビジョンを掲げて3月26日に発足した「Myブック変換協議会(正式名称:蔵書電子化事業連絡協議会)」。そのシンポジウム『蔵書電子化の可能性を探る』が4月19日に開催された。
書籍を裁断・スキャンしてデータ化する行為は「自炊」と呼ばれ、数年前から人気が高まっており、それをユーザーに代わって安価に行う代行業者も同時期から急速にその数を増やしてきた。
ユーザーには人気の高い同サービスだが、それに対する出版者・著作権者の抵抗感は強い。それは、スキャン代行という行為が現行の著作権法上グレーであること、そして、ひとたび電子化されたデータが無秩序に違法流通するリスクがあること、さらに、新古書の流通同様、そこからは著者や出版社に一銭も還元されないことなどが挙げられる。
2011年には複数の著名な作家がスキャン代行業者数社を提訴したが、判決が出る前に業者側が認諾、原告側は「実質的勝訴」としていったんは訴えを取り下げたが、その約1年後、確たる判決を求めて新たな提訴が行われている。
この裁判は早ければこの夏には何らかの結論が出る見込みだが、そうした中、業者によるスキャン代行を可能にする道筋を作ろうとする動きの1つがこのMyブック変換協議会だ。シンポジウムは、その役割について公に説明するとともに、ユーザー・著者・出版社の立場から意見を出し、問題点を明確にするために開かれた。その様子はニコニコ生放送でも中継され、多くの視聴者がこれに注目した。
シンポジウムの冒頭、同協議会の会長である三田誠広氏(日本文藝家協会副理事長)は同協議会発足の経緯について、「TPP参加が決まり、知的財産権についても米国式が通るようになれば、著作物の二次利用がしづらくなる。米国では著作権管理が一元的になされていて手続きも簡便だが、日本では面倒な場合が多い。私的複製は例外的に許可されているが、蔵書の多い人ほど電子化するのに手間が掛かるため、スキャン代行業者を使いたいと考える。そした『些細な』二次利用をどうするか。現在のところスキャン代行は私的複製の範囲外のため複製には著作権者の許諾を得る必要がある。しかし、許諾を取るにも著作権のありかが明確ではない作品も多い。法的な問題をクリアしつつ、蔵書を楽に電子化できるようユーザーの利便性も考えるためには、書籍の著作権を一括管理するセンターの設立や代行業者の守るべきルール作りが必要で、それには一刻の猶予もない」と説明した。
続けて登壇した同協議会の統括・瀬尾太一氏(日本写真著作権協会常務理事、日本複製権センター副理事長)は、日本の出版ビジネスの現況と、個人の蔵書を電子化することの道筋を付けるための試案などをスライドを交えながら説明した。
「法律(著作権法)上、それが違法ではないとしても、好ましくない方向というものはあるはずだ。そうだとすれば当事者が意見を出し合い、よい方向を考えるべきではないか」と瀬尾氏。これは、スキャン代行により、ともすれば出版社や著者への還元が入り込む余地がない閉鎖系のサイクルができあがってしまうことへの危惧でもある。そこに一定のルールに基づく枠組みを設け、ビジネスや社会的な影響も含め、個々人を含め当事者で進展させるべきではないかと問題提起するものだ。同協議会が考えている「ルール」は以下のようなものだ。
1.(業者は)電子化する際、著作権者に許諾を取る
2.(業者は)裁断済みの書籍を破棄する
3.(業者は)電子化されたデータを手元に残さない
4.(エンドユーザーは)複製してネットでの共有をしない
1.は著作権者ごとに個別に許諾を取るよりは、書籍の著作権を一括管理するセンターがあった方がスムーズに進むだろうという三田氏の話にもつながるもの。2.や3.は業者としてのコンプライアンス意識をしっかり持った運用を求めるもの。4.はエンドユーザー側にもコンプライアンス意識を持ってもらいたいというものだ。
総論賛成、各論は
パネルディスカッションでは、三田氏や瀬尾氏のほか、金原優氏(日本書籍出版協会副理事長)、幸森軍也氏(日本漫画家協会)、 石川准氏(静岡県立大学教授)、モデレータとして松原聡氏(東洋大学教授)が登壇。エンドユーザーの視点からも考えなければ独善的なものになってしまうのではないかということで、石川氏をエンドユーザー、三田氏を著作権者とした仮想討論が交わされた。
全盲の石川氏は、蔵書の電子化によるアクセシビリティの向上は、高齢者やロービジョン(弱視)のユーザーも強い期待を寄せているなど「ルールを決めた上でスキャン代行業者を社会に包摂していく方向を探ればすべてが丸くおさまるのではないか」と述べると、三田氏は著作権者としての立場から以下のように反論した。
「劣化しない電子化されたデータをシェアされるのは問題。また、現行のOCRやTTSの精度を考えると、著作者人格権に含まれる同一性保持権が侵害されており、身を切られるつらさがある。安易に電子化できる業者の利用には反対」
これを受け、幸森氏は漫画家としての立場から、「スキャン代行業者の利用が本当に著作権者への実害となっているのか。誰が損をするというわけでもないのではないか?」と話し、金原氏は出版者としての立場から「もし実害が出るとしたら、電子化した蔵書の書籍を出版社が既に電子書籍で出している場合だろう。ただ、こうした電子化について、駄目な部分と許容できる部分は著作権者と出版社で大枠では同じ認識ではないかと思う。利便性を高めるという部分では どんどん電子化してユーザーには出版物の価値を享受してほしいと思う。ただし、ルールは守るという前提で」とそれぞれの意見を述べた。
スキャン代行訴訟前に関係者がテーブルに着くかが鍵
質疑応答では、音楽の著作権を集中管理しているJASRACを引き合いに出しながら、書籍に関する著作権の集中処理機構を設立するとして、著作物の許諾料についてどういった金額感を想定しているのか、また、裁断せずにすむ非破壊型のスキャン技術が今後主流になったときに、どういったルールメイクを考えているのかといった質問が投げかけられた。
これについて瀬尾氏は、「一部報道で出てきた30円といった額は、現状の枠組みを阻害しない金額感、という抽象的なもの」とする考えを示しつつも、実際にそうした集中処理機構を存続させるための維持費などを賄うには、後付けで考える必要が出てくるだろうとした。しかしその場合もユーザーからみて透明性が担保されているのは必要最低限の条件だと言い添えている。また、非破壊型のスキャン技術が主流になったとしてもそこは区別せず、スキャンした後の書籍廃棄やスキャンデータへのメタデータ埋め込みなどのルールが定着することを望んでいると回答した。
そのほか、出版者への権利付与の議論などが平行して進められている中、直接的な権利は持たないとはいえ、この枠組みで欠かせないピースだと思われる出版社からの協力体制はどの程度得られるのかといった質問には、金原氏から「許諾料が幾らになるか、また再利用についての条件をユーザーや業者が守ってくれるかなどの条件による。企業利用のことも考えて整合性が取れれば、積極的に支援したい」と、個人の蔵書だけではなく、書籍の電子化全体を見据えた上での発言があった。
現段階では試案と、その前提となるルールが幾つか提示された状態だ。登壇者の意見は大枠では一致しているとはいえ、各論に落とし込めば、例えば孤児作品のように著作権者が不明になっているものはどうするのかなど、議論を深めるべき部分は多い。
一見すると問題をハードランディングさせようとしているかのように映るかもしれないが、実際にはそうではない。Myブック変換協議会の基本的な考え方は、個人の蔵書電子化ニーズに対して誠実な姿勢で臨んでいるスキャン代行業者の撲滅ではなく、より健全な形にするにはどうすればよいか、というものだ。話の節々からは、スキャン代行業者との協議を重ねているような印象も受ける。
現時点で最悪のシナリオは、現在の状態のまま推移し、裁判の結果、スキャン代行が明確に違法となること。こうなると、書籍に関する著作権の集中処理機構ができても、エンドユーザーの蔵書を電子化する手段は根本的な部分から見直す必要が生じ、結果的に誰も得をしないことになりかねない。
「タイムリミットがあるとすれば、現在の裁判の進捗による。代行業者がいなくなってしまう前に実現したい」(瀬尾氏)
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