エンタープライズ:インタビュー 2003/09/03 19:00:00 更新


Interview:「業界を挙げて開発生産性の向上に取り組むべき」とIBM Rational事業部長

日本IBMが同社ブランドとしては初となる新製品「IBM Rational XDE v2003」ファミリーを発表した。旧ラショナルの社長で、現在はIBM Rational事業部長を務める齊藤肇氏は「業界を挙げてソフトウェア開発の生産性向上に取り組むべきだ」と話す。

日本アイ・ビー・エムは8月末、旧ラショナル・ソフトウェアの製品ラインを一新し、日本IBM製品として「IBM Rational XDE v2003」ファミリーを9月24日から出荷を開始すると発表した。モデリングからテストに至るすべてのプロセスをカバーし、ソフトウェア開発の生産性向上を支援するという。ソフトウェアといえば、日本はその95%を輸入に頼っている途上国だ。UMLベースのモデル駆動型でソフトウェア開発の生産性を高めようという機運が高まっているのも、欧米はおろか、お隣の韓国にも立ち遅れているという危機感があるからだという。旧ラショナルの社長で、現在はIBM Rational事業部長を務める齊藤肇氏は「業界を挙げてソフトウェア開発の生産性向上に取り組むべきだ」と話す。

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「エンジニアの成功なくしてわれわれの成功はない」と齋藤氏


ZDNet 先週(8月27日)、「IBM Rational XDE v2003」ファミリーを発表し、製品ラインを一新したばかりですが、「Rational Rose」が影を潜めていますね。

齋藤 EclipseベースのさまざまなIDE(統合開発環境)やMicrosoft Visual Studio .NETから機能を呼び出せるXDEは、UML(Unified Modeling Language:統一モデリング言語)によるモデリングからテストに至るまで、ソフトウェア開発のすべてのプロセスをカバーしています。一人のエンジニアが、1台のマシンでモデリングから機能テストを行い、バグが発見されれば、再びモデリングに戻るという開発が可能になります。これはUMLベースのモデリングツールであるRoseではできません。IBM Rationalとしては、将来、開発ツールの使われ方がそうなると想定し、統合の度合いを高めていきます。

 これまでわれわれは、「変更管理」「モデリング」、そして「テスト」という3種類の製品群に分け、3種類のスペシャリストに向けて販売してきましたが、モデリングとテストを統合し、「モデリングドリブンデベロップメント」と「ユニファイドチェンジマネジメント」という2つの製品グループに再編しています。

ZDNet Roseと並んでよく知られている「RUP」(Rational Unified Process)はどうでしょうか? 位置付けに変更はありませんか。

齋藤 反復型の開発手法であるRUPは、実体としては「本 + アルファ」なのですが、ソフトウェア開発プロセス全体の生産性を高めるために欠かせないものです。UMLツールのトゥゲザーソフト、テストのマーキュリー・インタラクティブなど、個々の分野で強みを持つベンダーはありますが、プロセス全体の生産性が改善されて初めて、例えば、「20〜30%の生産性向上」といえるわけです。優れたプロセスと総合された開発ツールを持っているのはわれわれだけです。

 旧Rational Softwareは1981年、当時米国防総省が軍用の共通言語に制定していたAdaをビジネス分野にも普及できるのではないかと考えたマイク・デブリン(現IBM Rational部門GM)が米空軍の仲間たちと創設した会社です。残念ながらその目論見は外れたわけですが、Adaがオブジェクト指向言語だったため、モデリングの分野に参入することになりました。その後、“スリーアミーゴ”と呼ばれるランボー、ブーチ、ヤコブソンの3大メソドロジストが合流し、UMLを作り上げたのはご存じのとおりです。

 しかし、デブリンは、ソフトウェア開発の最初の工程であるモデリングだけでは限界があると気が付きました。このままでは買収されるだけだと考え、逆に7〜8社を買収することによって要求管理からリリースに至るすべてのプロセスをカバーするツールをそろえました。

 そして、これらのツール群を使った開発のベストプラクティスの中に「反復型開発」や「再利用」の手法などがあり、これを形にした方法論とツールを緊密に結びつけて提供していくことになったのです。

ZDNet IBM Rationalの製品をひと通り購入すると開発者一人当たり200万円になります。とても高価ですね。

齋藤 200万円をどう見るかです。単にコストと見られたら駄目でしょうね。でも、この投資で生産性が向上すると考えたらどうでしょうか。エンジニア一人当たり会社が負担するコストが1000万円だとします。年間20%生産性が高まれば、初年度でペイします。また、ソフトウェアのバグが原因となる製品回収のリスクを考えれば、必要な投資だともいえます。

 日本の製造業は、ハードウェアの先進性に定評がありますが、ソフトウェアはどうでしょうか。例えば、今そこにお持ちのデジタルカメラですが、ソフトウェアの固まりなんです。小さくて優れたプログラムをつくるには、ひと握りのエンジニアの経験や勘に頼っているのが実情ではないでしょうか。本当は工夫の余地がまだまだあるのにコストがかかっているかもしれません。


 齋藤氏は、生産性を高める要素として以下の4つの要素を挙げる。

  1. 習熟
  2. プロセス改善
  3. 再利用
  4. 情報共有

 しかし、どれもが同じように効果が表れるのではない。習熟はトレーニングの段階においては、著しく生産性が高まるが、いったんそれが終わるとさらに2桁向上させるのは難しい。その点、「プロセスの標準化や自動化による効果は大きいし、コンポーネントだけでなく、文書、アーキテクチャの再利用による効果はさらに大きい」と齋藤氏は指摘する。

 つまり、開発ツールの基盤として機能する情報共有は別として、効果の高い順に並べ替えると以下のようになる。

再利用 > プロセス改善 > 習熟

 IBM Rationalでは、プロセスについては既に定評のある反復型のRUPを提供しており、また、再利用についてはマイクロソフトらと協力して「RAS」(ラズ:Reusable Asset Specification)を策定している。RASでは、コンポーネントやパターン、フレームワーク、ドキュメントなどのアセットをパッケージ化して流通させ、それらを効率的に再利用できるようにしている。


齋藤 反復型のRUPは、サブモジュール単位でリスク分析を行い、リスクの高いところから開発を始めます。そうすることによって、早期にリスクを回避でき、プロジェクトが進むにつれてリスクが減っていきます。ウォーターフォール型の開発が統合テストのフェーズになってたいへんな苦労を背負い込むのとは対照的です。リリース時期も読めますし、プロトタイプと違うため、サブモジュール単位で導入を開始することもできます。

 われわれは、RUPも、そして再利用のためのRASもOMGに仕様を提出し、標準化を目指しています。こうした姿勢は、IBM Rationalになっても変わりません。

ZDNet ソフトウェア開発の生産性向上という課題は、日本のIT業界全体の課題として語られることが多いですね。その点についてはどのようにお考えですか。

齋藤 そもそもわれわれのビジネスは、ツールが売れればいい、というものではありません。システムインテグレーターや開発者らの成功なしにわれわれの成功もありません。業界を挙げてソフトウェア開発の生産性向上に取り組む必要があります。

 また、日本の産業界もそうです。例えば、銀行は魅力的なサービスを短期間で提供しなければ生き残れなくなっています。そのためにはITが不可欠です。日本の産業界の競争力を高めていくために国を挙げて取り組まなければならないでしょうし、そのために積極的に貢献していきたいと考えています。「UMLモデリング推進協議会」の活動もその一例です。

 同協議会では中国やインドとも連携を図っており、仕様を誤解する可能性の少ないUMLベースのモデリングによって、日本の開発者らが国際分業(オフショア開発)を進められるようにしたいと考えています。

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▼日本アイ・ビー・エム

[聞き手:浅井英二,ITmedia]