エンタープライズ:コラム 2003/12/02 21:57:00 更新


Gartner Column:第121回「もはやITは戦略的ではない」との主張に理論武装しておこう

バブルの後に逆バブルが訪れるのは世の常である。そして、今や、IT全体がかつてのドットコムバブルの反動としての逆バブル状態に陥る危険がある。今後は「ITは企業にとってもはや戦略的ではない」と主張する人が増えてくるだろう。ITに携わる人間は、そのような意見に対してどのように対応していくべきだろうか?

 ガートナーのハイプサイクル(第9回 ハイプ曲線でITの先を読む)を例に引くまでもなく、バブルの後には、その反動としての逆バブルが訪れる。つまり、過大評価の後には、過小評価の時代が訪れるということである。

 数年前のドットコムバブルの時代はITに対する過大評価の時代であった。つまり、「何でもよいからITに対して投資をすれば見返りがある」「ITに投資をしないと時代に乗り遅れてしまう」という考え方が支配していた。今にして思えば、全く近視眼的な見方であったというほかはない。

 そして、今後数年は、逆に「企業にとってITは戦略的案件ではない」という(同様に近視眼的な)過小評価が支配的な時代となるだろう。実際、多くのビジネス系の識者が「ITはもはや企業の差別化要素ではない」と主張し始めている(第85回 ユーティリティーコンピューティングは企業の競争力を奪う?)。

 そのようなIT悲観論者の意見の中で最も注目を集めているのが、今年の5月に米Harvard Business Review誌に掲載された"IT Doesn't Matter"(ITなんて大した話ではない)であろう。この記事の骨子をごく簡単にまとめると以下のようになる。

  • あらゆるテクノロジーは成熟化と共に、コモディティ化、つまり、共通化され安価な存在になっていく。例えば、電力、鉄道などがその例である。
  • コモディティ化したテクノロジーは必要不可欠ではあるが、企業の差別化要素にはならない。そして、今、ITも成熟化と共に電力や鉄道のような存在になりつつある。つまり、ITは必要不可欠ではあるが企業戦略にとって重要ではない。
  • 最新のITに多大な投資を行ってもビジネス上の見返りは小さくなっている。ITに対する支出をできるだけ抑えることが重要である。

 来年には、この記事の日本語版が出版されるらしい。そうなると、経営者などのビジネス側の人々がこの理論を鵜呑みにして、IT軽視論、IT支出削減論を主張する可能性が高くなるだろう。私も含め、ITに携わる人間は、この"IT Doesn't Matter"の主張に対して、しっかりと理論武装しておくべきだ。これは、単にこの記事への反論を考えようというだけではない。IT投資に対して、もう一度冷静に考えてみようということでもある。

 そもそも、"IT Doesn't Matter"の論旨のどこに問題があるのだろうか? 最終的な判断は、是非とも記事全文を読んだ上で読者の方々に行ってほしいが、ここで述べておきたいのは、ITすべてを十把一絡げにして、電力のようなものだと喩えてしまっている点には全く賛成できないということだ。

 確かに、ITの中には電力に相当する部分もある。多くのベンダーがユーティリティー(=電気、ガス、水道)コンピューティングを将来のビジョンにおいていることからも明らかである。実際、ITの基本テクノロジーの部分ではかなりの程度コモディティ化が進んでいる。そして、このコモディティ化は、ソフトウェアやサービスなどの上位層にも進展している。

 しかし、ITの活用方法はコモディティではない。似たようなITを使っても成功する企業もあれば失敗する企業もある。例えば、米国の小売業であるウォルマートは、数百テラバイトという超大規模データウェアハウスを武器に売上高世界最大の企業へと成長したが、同様なデータウェアハウスに投資していたKマートは破綻してしまった。

 つまり、ITの概念には、電力に相当する要素と電力の使い方に相当する要素の両方が含まれている。電力はどの電力会社を使っても同等であるが、電力を使ってどのようなビジネスをするかはそれぞれの企業独自のものであり、まさに企業戦略と言える。ITの中に電力に近い要素があるというだけで、IT=電気とみなしてしまい、ITを企業戦略にどう活用するかという重要なポイントに(ひょっとすると確信犯的に)触れていない"IT Doesn't Matter"の論理展開は詭弁と言ってしまってもよいかもしれない。

 ITに対する支出は、できるだけ削減すべきものであるという考え方についてはどうだろうか? 一言で言ってしまえば、ここでもITへの支出をすべて同等のものとして扱ってしまうところに問題点がある。

 ITへの支出の中には完全な経費であり削減すべき要素もある、しかし、逆に投資として捉え、期待される効果に合わせて支出をコントロールすべき要素(場合によっては増やすべき要素)もあるということである。

 人件費をたとえにすると分かりやすいだろう。人件費は帳簿上は経費であり削減すればするほど好ましいものである。しかし、現実に例えば人件費を一律50%削減してしまえば、優秀な人材が流出し、その企業の競争力は大きく衰えてしまうだろう。要するに、人件費の中には削減すべき要素もあるし、削減すると企業の競争力に大きく影響する(つまり、増やすことも必要な)要素もあるということである。

 ITに対する支出も同じである。IT総予算が限られているので、あらゆるIT案件を一律に予算カットするという単純な考え方は、企業の競争力を確実に奪うことになるだろう。

 結論を言おう。「ITは万能である」という考え方は誤りである。そして、「ITは重要ではない」という考え方も誤りである。ITを適切に使えば企業の成長に貢献し得るのは確かだが、ITに資金を投入すれば自動的に効果が得られるという考え方は誤りである。そして、ITに対する支出は投資であり、減らすべき部分は減らし、増やすべき部分は増やすというポートフォリオ管理が重要である。この当たり前の事実を、今後訪れるであろうIT逆バブルの時代に備えて、忘れないようにしておこう。

 さて、およそ2年半にわたり連載を続けさせていただいてきましたが、週刊連載としての形式では今回をもっていったんお休みをさせていただくことになりました。また、別の形で書いていくこともあると思います。セミナーなどの機会で見かけられた際には、是非、声をかけてください。「あの記事のあそこはおかしい。」というような(建設的)突っ込みも歓迎です。長い間、ありがとうございました。

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[栗原 潔,ガートナージャパン]