クレイトロニクスは仮想現実を超越するか:日曜日の歴史探検
電話やファクシミリ、テレビといった発明が人類のコミュニケーションを進歩させてきましたが、ではその次は? 今回は、仮想現実や拡張現実(AR)といった技術のさらに先を行くクレイトロニクスを紹介します。
音声や画像を電気信号として伝送する技術、つまり、電話やファクシミリ、テレビといった発明が人類のコミュニケーションを大きく進歩させたのはあらためて振り返るまでもありません。では、こうしたコミュニケーション手法の次にはどういったものがあり得るのでしょうか? 今回は、新時代のコミュニケーション基盤となるかもしれないクレイトロニクス(Claytronics)について取り上げます。
クレイトロニクスは「粘土」のごとし
皆さんは、携帯電話で話をしていて、「今どんな表情で話しているんだろう」と感じたり、テレビを見ていて、「その場の空気を味わいたいなぁ」などと思ったことはないでしょうか。電話やファクシミリ、テレビといった発明は、わたしたちの生活を大きく変えましたが、一方で、電気信号として伝送されてくる情報に物足りなさを感じつつあるのが現代なのではないでしょうか。
筆者は子どものころ、近所にあった公園の砂場でお城を作った覚えがありますが、もし砂の一粒一粒が超小型コンピュータだったら……と考え、実際に研究開発を行っているチームが存在します。カーネギーメロン大学とインテルの共同開発による物体の3次元コピーを合成する技術「Dynamic Physical Rendering」(DPR)の研究がそれです。
米国国防総省高等研究計画局(DARPA)も注目するこの研究。基礎をなしているのはナノスケールの超小型コンピュータ。「クレイトロニクスの原子」を意味する「catom」(キャトム)と名づけられたこのナノマシンには、CPUをはじめとするコンピュータの基本要素が搭載されているだけでなく、互いに結合するための仕組みが搭載されています。これにより、プログラムやコマンドによってcatom同士の位置関係を変化させたり、任意の3D形状を維持したり、色を変えたりといったことを可能にしようとしているのです。先ほど「砂」という表現を用いましたが、どちらかといえば、“粘土”(クレイ)の可塑性も併せ持つ、電子的な粘土を実現しようというものです。イメージをつかみやすくするために、クレイトロニクスを紹介したYouTubeの動画を示しておきます。
*** 一部省略されたコンテンツがあります。PC版でご覧ください。 ***
自由自在に形を変えるクレイトロニクスは、3Dのコピーを実現するものであると同時に、非常に高い汎用性を持つ可能性を秘めています。例えば、catomで構成されたいすが、コマンド1つでテーブルへと形状を変えたり、電話が掛かってきたときに、目の前にその相手をクレイトロニクスで生成すれば、まるで隣にいるように会話できたりします(リアルタイムでそうした形状の変化を伝える必要があると処理が大変かもしれませんが)。
想像は膨らみますが、現実の話も必要でしょう。catom同士の結合方法1つみても、磁力や静電気を利用したものが想定されているようですが、まだ基礎研究レベルの印象を受けます。また、複数のcatomを1つの物体として連携させるには、プログラミングが最大の鍵となってくるでしょう。
それ以前に、ナノスケールの超小型コンピュータが作成可能かどうかも注目です。Intelのような半導体メーカーの巨人がクレイトロニクスの研究開発に共同で取り組んでいるのは、クレイトロニクスの成功の鍵が、極めて小さな物体にコンピュータの機能を搭載させることにあるからです。半導体メーカーの研究開発としては挑戦しがいのあるものですが、数年前にプロトタイプとして発表されたcatomは、直径44ミリほどある筒状のユニットが2次元平面上で結合する程度のものでした。
*** 一部省略されたコンテンツがあります。PC版でご覧ください。 ***
Dynamic Physical Renderingでは、最終的に直径300ミクロンのcatomを組み合わせ、3次元空間上でさまざまな形状を作成可能にすることを1つのマイルストーンとしていますが、昨年開催されたIntel Developer Forum(IDF)でも大きく前進した様子は見られなかったので、実現には少なく見積もっても10年は掛かってしまいそうです。しかし、クレイトロニクスが実現すれば、わたしたちのコミュニケーションが新たな時代を迎えることは想像に難くありません。仮想現実や拡張現実(AR)の先にあるものをクレイトロニクスは見せてくれているのかもしれません。
お知らせ:毎週ご愛読いただきました本連載ですが、次回以降は不定期連載とさせていただきます。よりパワーアップした内容でお届けすることをお約束しますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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