「残業ゼロ」に向けて社員の能力を引き出す方法――元トリンプ社長の吉越氏:点検 ストレスなきデジタル情報整理術(3/3 ページ)
業務の生産性向上や効率化などの課題を解決するには、ITの活用に加えて、社員が活力を維持できることも重要になる。ストレスのない働き方を実現していくためのポイントを、「残業ゼロの仕事術」で知られる元トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長の吉越浩一郎氏に聞いた。
部下が自立する環境を与えよ
―― ITのほかに、企業はどのような方法で社員が能力を引き出せるようにしていくべきでしょうか。
吉越 例えば人材育成があります。今の日本企業では上司が部下を教育するのではなく、むしろ成長の邪魔をしているのが実態だと感じます。報告や連絡、相談の「ホウレンソウ」にも弊害があるでしょう。上司が頻繁に部下から状況報告を聞き、「それを君はどうするのか」と部下に尋ねがちです。そうなると、部下は常に上司へ確認を取りながら上司の言われるままに仕事を進めるようになり、主体的に仕事へ取り組まなくなります。日本企業のホウレンソウは、そんな指示待ちの人間を増やすばかりなのです。
―― 「常に上司へ伺いをたてる」という慣習によって、部下の判断力が育たない企業環境ができてしまいがちですね。
吉越 逆に上司は部下を谷底に突き落とすべきでしょう。谷底からよじ登ることができた部下は、成長します。自分自身で論理的に考えるようになり、良い仕事をして周囲も評価するようになる。上司の役割は部下をそのような環境に置くことです。まず部下には結論を先に提示するよう求め、「このようにしたいのですが、よろしいでしょうか」と聞かれたら、上司は「やってみなさい。一週間後に確認するので、何とか成し遂げなさい」と言うだけでいいのです。本来、上司が出すべき指示とは「自分で結論を立てて実施しろ」ということで、もし部下が失敗をしたら責任は取ります。これが上司のあるべき姿です。
仕事というのはゲームと同じで、本当は任せてもらえる方が嬉しいものです。例えばカードゲームをしていて、後ろに立った人からああでもないこうでもないと口を出されると、誰だって面白くないはですよね。むしろ、自分で判断して思い切って手札を出した方が負けても楽しめるでしょう。その手で成功したらとても嬉しいものです。
―― プレゼンテーションツールの弊害ということも指摘していますが、これも組織の問題なのでしょうか。
吉越 社内のことでも、わざわざプレゼンテーションツールを使って説明しなければいけない状況が問題だと思います。本来なら、上司は周囲から説明を受けるまでもなく、現場をしっかり理解していなければならないはずです。しかし、実態は現場を理解していない人が組織の上に立つことが少なくありません。日本にはリーダーシップを取れる人材が少ないと感じますし、その結果、実行力のない人間を組織のトップにせざるを得ません。日本では組織がなかなか機能せず、きちんと運用できていないのです。
また「抵抗勢力」という言葉がありますが、何か1つでも変えようと思ったら、必ず抵抗が生じるものです。机の上でものを動かせば、摩擦という抵抗で音がします。摩擦は避けられないものであり、それでもやり遂げるのがリーダーです。そこにいるだけの人間に「動け」と口で指示しても動くはずがありません。その相手を説得して動かすようにするのがリーダーの仕事でしょう。「一緒にやろう」と、何が何でもやり遂げる姿勢が大事なのです。
わたしは60歳で社長を退任しました。経営から退いたのは、朝9時から夕方5時まで仕事をしても、頭が回らなくなってきたからです。現代は仕事の進め方にスピードを求められ、どんどん判断していかなければいけない時代ですので、若くないと務まりません。もっと若い人に任せていくべきで、若手が育っていけば、能力を発揮できる人も出てきます。そうなれば組織のトップは適度なところで退く。新しいトップを入って下から順々に繰り上がり、組織全体では何百人という人が動いて会社が新しくなります。これが新陳代謝ですし、本来の会社の姿でしょう。
わたしは今では講演や執筆、インタビュー対応などの仕事をしていますが、65歳で仕事から引退すると妻に約束しています。その後はのんびり暮らしていくつもりで、後期高齢者になってもどこかの組織のトップを務めたいなどとは思いませんよ(笑)。
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