スパコンをめぐるNECの事情:伴大作の木漏れ日(2/2 ページ)
スパコンのトレンドはベクター型からスカラー型へと変わりつつある。そのトレンドからは、日本のスパコン技術を発展させる2つの道が見えてくる。
世界から取り残されつつある日本のHPC
1120億円――これは、理化学研究所の「京」プロジェクトの投資額だ。ライバルとされるNCSA、イリノイ州立大学、IBM連合が2011年に完成を目指している「Blue Waters」プロジェクト(1.5ペタフロップス)が4億4千万ドル(約400億円)、Playstation3に使用されたCELLチップを使用したLoad Runnerが1億2千万ドル(約100億円)、東京工業大、日本HP、NECが共同で発表したTSUBAME2.0がおよそ30億円であるのと比較すると、飛びぬけて高額である。事業仕訳で民主党から無駄を指摘されたのも、あながち根拠のない話ではない。ベクター型がユーザーにとって、使いやすいシステムであったとしても、これほど高額な投資となれば、話は別だ。しかも、日本独自の技術となったベクター型から、トレンドがスカラー型へ切り替わった今となっては、世界標準のコストを意識すべきだ。
GRAPEプロジェクトで実績のある富士通が主契約者となった現在、海外への輸出などを見込めない製品に巨額な補助金が出され、優秀なコンピュータエンジニアが拘束されるという現状は、憂慮せざるを得ない。エンジニアのことを考えると、第二次大戦中の「特攻隊」を連想してしまう。
新たな才能の発掘
長崎大学工学部の濱田剛テニュアトラック助教が主導し、ブリストル大学の横田研究員、理化学研究所の似鳥敬吾基礎科学特別研究員、電気通信大学、慶應義塾大学などと共同で、理化学研究所は256台のGPUを並列に動作させることで、42テラフロップスの実効性能を達成した。天文学や流体力学への応用計算に用いられ、科学技術計算機の世界で最も権威のある「ゴードンベル賞」を2009年11月に受賞することとなった。
受賞理由には、コストパフォーマンスの良さもあるが、ツリー法、高速多重極法など異なった計算手法を実装する「マルチウォーク法」を開発し、効率の良い並列化を可能としたことが大きい。こちらの開発費は、わずか3800万円に過ぎない。
濱田先生が率いた本プロジェクトは、「京」へのアンチテーゼだ。彼らの試みは、汎用のCPU/GPUで高性能コンピュータを構築する、世界的な流れの一環のように見える。確かに、研究予算が限られた地方大学が、高性能なHPCを入手するのは困難だ。自らの手で、その辺に転がっているPCのデバイスを組み合わせ、高性能なコンピュータを作ってやろうという意気込みは、高く評価されるべきだ。
しかも、彼らの成功はハードウェアの成果だけではない。それだけ切り詰めた予算で製作したPCクラスタコンピュータ上に、さまざまなアプリケーションを動かすマルチウォーク法を開発したことが重要だ。
NEC−HP連合は、NVIDIAが提唱する開発環境「CUDA」に盛んに言及していたが、日本の研究者が独自に同じような開発環境を作り上げたのだ。ハードウェアの技術は今や風前の灯だが、ソフトウェア、あるいはSIのテクノロジーは、いまだ日本にも健在であることを証明した点でも、われわれは濱田先生にもっと「正当な評価」を与えるべきだ。
残された最後の砦
僕の私見だが、NECは早晩、HPCの開発、生産分野から撤退すると考えている。既に述べたとおり、NECはベクター型の長所、短所とスカラー型のそれを、完全に把握している。その上で、NEC単独ではこの動きに抗し難いことも分かっているはずだ。それがインテルとの技術提携へ突き動かした動機だろう。
今後、NECはスカラー型でHPと提携し、SIビジネスで収益を上げ、一方、今や完全に見限られたテクノロジーと思われている、ベクター型プロセッサ開発でインテルと提携することにより、膨大な開発費を分担し、開発生産コストの削減を図りながら、世界的に周知されているベクター型HPCの巻き返しを狙っているのは間違いない。
今回の発表で、東京工業大学の青木尊之教授が語ったように、ベクター型で使用している「FORTRANベースのプログラム」に、いつまでもしがみ付いていてはしようがない。しかし、一般の研究者にとって、従来の科学技術プログラムをあきらめ、新たなプログラムを再構築することは、予算面で困難だというのも真実だ。
日本に残された選択肢は、2つしかない。青木先生が主張するように諸外国同様、研究機関がプログラマーあるいはソフトウェアエンジニアの採用を進め、スカラー型の開発、普及を進めるか、あるいはベクター型計算に特化したプロセッサを国を挙げて開発、量産し、世界に通用するような価格水準まで下げられる体制を国費で作り上げるかのいずれかである。
いずれの道を選ぶにせよ、それのみが「日本のコンピュータビジネス」を守り、発展させる最後の砦であろう。
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