なぜ自分はがんばるのか? 価値観を共有する効果:成功するITマネージャーの「人づきあい術」
プロジェクトのメンバーと一体感を高めることは非常に重要なポイントだ。このために必要な「価値観」を理解することについて解説したい。
今回はプロジェクトの一体感を高めるために重要な「価値観」を理解することについて解説する。
「業務に追われて毎日とにかく忙しい」と多くのITマネージャーの方が話される。職種を問わず、現在の中間管理職は忙しくなっていると筆者も感じる。親しいITマネージャーの方と接していると、ふと弱気が見え隠れする瞬間がある。進捗(しんちょく)会議で上司に責められたのか、顧客からのクレームが入ったのか――私と会う前にどんなことがあったかは分からない。
ただ、これまでやってきた活動が成果に結びつかなかったり、あるいは顧客からの要求水準が上がって成果と認められない場面が増えたりすることで、徒労感に襲われるITマネージャーが増えているように感じる。そんな時、「どうして自分はがんばっているのだろうか」と思う方も多いのではないだろうか。
「どうして自分はがんばっているのだろうか」は、言い換えると「何のために働いているのか」ということになる。
普段から考えていなければ、その問いに対する答えは「お金のため」「食べていくため」「生活のため」というような非常に刹那的なものになる。でも、本当にそれで良いのだろうか。もっと突き詰めて考えると、上記のような答えだけにはならないだろう。この価値観を意識できていれば、自分の行動に対して何が心地よくて、何に違和感があるのかという基準を持つことができるようになる。
「何のために働いているのか」の答えは、人によって違う。なぜなら、それは「価値観」に根ざしたものであるからだ。メンバー(他人)を知るためには、まずは自分自身の価値観を知っておく必要がある。ツールとして次の表をご紹介する。まずはご自身が「仕事で得たい」個人の価値観を順位付けしてみてほしい。
順位付けをしてみていかがだろうか。上位については、普段から意識して「重要だ」と思っているものになる。下位については、既に得られていたり、満たされたりしているものになっているはずだ。例えば、子供の学費がかかるような年齢であれば、「金銭」はかなり上位にくる。親の介護、自分や子供が健康を壊すようなことがあれば、「家族」が上位になる。残業時間が長く自分の時間がほしいと思っているようであれば「自由」が上位になる。
ここまででお気づきの方もいるかもしれないが、その時の環境によって大切に思う価値観は大きく変わるため、定期的に確認するということが重要になる。ここまでは自己理解である。
このプロセスをメンバーとともに実施することで、お互いに理解の深まる良いプロジェクトの下地をつくることができるようになる。
メンバーと実施する際のステップは次のようになる。メンバーと自分の1対1でも良いし、メンバー全員を集めてみんなで実施しても良い。無理なくできるやり方で実施してみてほしい。
- 個人の価値観を順位付けする
- 1でチェックした順位を全員に発表する
- 順位付けした理由を一つずつ全員に説明する
実施する上でのポイントは、リーダーであるあなたもメンバーと一緒に実施することだ。自分をさらけだすことは、専門的に言うと「自己開示」という行為であり、リーダーにとっても重要な行動である。人は自己開示され、他人の本音や弱み聞くと、安心・信頼して自分も本音や弱みを話す傾向にあると言われている。
したがって「自己開示」がなされている組織は、他人の弱みに付け込んだり、他人を責めたりするようなことが少なく、メンバーが安心し、建設的な意見交換ができるようになる。第2回目のコラムで紹介した成功循環モデルでいう「関係の質」を高めるための具体的な行動の一つがこの価値観の共有なのである。
メンバーと個別に実施しても、メンバー全員と実施しても、価値観を共有してみると、自分の価値観と同じ順位付けをしている人間はいないということに気づくのではないだろうか。弊社でも色々な研修で実施しているが、例え上位3つまでであっても、順序が一緒だったということはほとんどいない。
他人が自分とは違うということを認識し、受け入れることを「受容」というが、価値観については受容することがとても大切になる。「なぜあの人は自分とは違うのか」と考えたところで、自分とは違う理由・ロジックは見つからない。理由・ロジックは無く、ただ違うのである。
ITプロジェクトにおいては、この違いを受け入れる「受容」を一人ひとりのメンバーが実践できるかどうかで、プロジェクト内のコミュニケーションの生産性はかなり変わるのではないかと思う。プロジェクトは、良くも悪くも固定化されたメンバーで物事を進めていく。
いったんぎくしゃくした関係になると、関係を修復することは意外と難しい。何も手を打たなければ、こじれていくことの方が多いのではないだろうか。ぎくしゃくしないためにも、また、仮にぎくしゃくしたとしても歩み寄りを進める上でも、価値観をお互いに理解しておくことは役に立つ。
では、メンバーの価値観を知り、違いを受容したとして、ITマネージャーとしてそれをもっと具体的に活用するためには、どのような行動を取れば良いのだろうか。その答えは、価値観の順位に応じた仕事の頼み方、任せ方、声の掛け方を変えるのである。
例えば、次のような価値観が上位にいるメンバーには次のような対応をする。
- 承認:「あの仕様書は良くできていたと、お客さんが褒めていたよ」
- 名誉:「このプロジェクトの火消しは、うちの会社でも君しかできなかったと思う」
- 成長:「複数のプロジェクトをうまくとりまとめできるようになったな」
- 信頼:「この開発が任せられるのは君だけだ」
- 達成:小さなプロジェクトでも良いので丸投げに近い形でやらせてみる
- 金銭:「この受託開発がうまくいったら、ボーナスが増えるな、がんばれよ」
- 自由:開発言語やツールの選定など裁量を発揮できる機会を与える
- 安全:失敗しないように、ルーティン業務や計画策定に時間をかけられる仕事を頼む
- 貢献:「君が資料を準備しておいてくれたおかげで、会議が滞りなく運営できたよ」
- 家族:「今週末、家族には悪いが残業をお願いできないか。これが終わったら、次の休みはきっちり取ってくれ」
- 責任:達成と同様、プロジェクトを任せてみる。その代わり、進捗はこまめにフォローする
- 独立:同上
人は、自分らしさが尊重されていると感じたとき、いつも以上の力を発揮することができる。納期という時間に追われがちなITプロジェクトにおいては、個々人が持っている力を最大限発揮させるとともに、ITマネージャーとメンバー、メンバー同士の縦横のコミュニケーションの生産性を上げる土台を作っていただきたい。今回紹介した「価値観」がその土台づくりに役立つならば筆者として非常にうれしい。
次回は最終回。「承認の文化をつくる」ことについて解説する。
執筆者プロフィール
青木裕(あおき ゆう)、ビジネスコーチ株式会社執行役員 ビジネスコーチ アジア 取締役。SIerにてプロジェクト運営にコーチングを導入。常駐先で運営手法が評価を得て、コーチング研修を実施。2006年、ビジネスコーチ株式会社に参画。2010年より現職。本連載記事を再編集した電子書籍「成功するITマネージャーの『人づきあい術』」が主要電子書店で入手可能です。
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