北海道の医療機関で広がる共用DB、“つながる医療”の懸け橋に:医療IT最前線(2/2 ページ)
広大な面積を誇る北海道。遠く離れた医療機関や介護施設をつなぐため、医療関係者自らが作成した“共用データベース”の利用が広がりつつあるようだ。医療関係者向けセミナーで最新事例を取材してきた。
面積は香川県の77%に相当、だが医師が少ない――北見市の取り組み
続いて登壇したのは、北海道北見市内の北星脳神経・心血管内科病院で医療情報管理室室長を務める田頭剛弦氏。同氏は「北見市は香川県の77%ほどの広大な面積があるにもかかわらず、医療関係者が少ない」という課題に触れ、市内の医療機関や介護保険施設などの連携を目指して開発が進められている医療福祉情報連携システム「北まるnet」を紹介した。
北まるnetは、大きく「医療・介護情報連携システム」「介護認定審査会システム」「要介護者・要援護者・社会資源地図情報システム」の3つのシステムで構成される。医療・介護情報連携システムはDASCH Proベースで開発されており、医療情報などの共有機能をはじめ、掲示板による情報共有機能などを搭載。医療・介護機関間の情報共有をサポートするという。
介護認定審査会システムは、審査会の資料のやり取りや審査会の開催をWeb上で完結させるためのシステムだ。同市ではこれまで紙ベースで同作業を行っていたため、新システムの導入で業務の効率化や紙代の削減などが見込めるとしている。
一方、医療や介護に関わる現場スタッフを支援するのが要介護者・要援護者・社会資源地図情報システムだ。同システムは、要介護者や要援護者、公共施設などの位置情報を北見市が開発したGIS(地理情報システム)の地図上に表示することで、介護サービスのプラン計画や救急時の搬送先選定、災害時の安否確認に利用できるようにするという。
「ICTを用いて情報を共有することで、限られた医療福祉の社会資源を有効活用し、市民が安心して暮らせる仕組みを目指している」と田頭氏は話す。現在は北まるnetの参加機関の拡大に向け、市民フォーラムなどのPR活動を行っているという。
医師の“こだわり”も取り入れた独自電子カルテ
「医師はこだわりが強い人が多くて」――こう話すのは、北海道釧路市に本部を置く社会医療法人、孝仁会で情報管理部長を務める森本守氏。道内に9つの医療機関と27の介護関係施設を抱える同会では「病院内で使用する書類はほぼ100%、FileMaker Proで作成している」という。
同会がFileMakerによる院内システムの開発をスタートしたのは1990年代にさかのぼる。自身も放射線技師であった森本氏は、医師が紙に書くオーダ(検査内容や処方箋)は人によって言語が異なり読みづらいという理由から、FileMakerを用いた独自のオーダリングシステムを開発、運用してきたという。
これを電子カルテシステムに発展させようと、2003年には厚生労働省の電子カルテ補助事業に「市販ソフトFileMakerを使った電子カルテ」として応募。既にFileMakerによる開発経験があったことなどが認められ、5000万円の補助金を得ることができたという。現在では電子カルテシステムのほか、人事関連などを含むほとんどの院内システムをFileMaker Proで構築しているとのことだ。
電子カルテシステムでは、外来カルテや輸血カルテなどさまざまなカルテを入力、検索できる機能を搭載。入力後の改ざんを防ぐため、入力者の名前をシステム上に表示するほか、最終記載時から24時間が経過すると入力や編集が行えないようになっているという。
森本氏がシステム開発に当たって特に力を入れたのは「100%現場の意向を反映する」ことだ。「医師はこだわりが強い人が多く、システム内で開くウインドウの位置までこだわる人もいる。そこで、システムの人事情報の中に、どの医師がウインドウをどの位置で使うかといったデータも入れ込んでいる」
昨年夏には新たに看護支援システムの運用を開始。現在では森本氏を含む10人のシステムエンジニアが開発に携わり、独自システムのさらなる改善を目指しているとのことだ。
1つの共通システムを使う意味
セミナーの最後には、登壇者が会場からの質問を受け付ける座談会が行われた。
「電子カルテによるデータ以外では地域連携はできないのか」という質問に対し、北まるnetを紹介した田頭氏は「ICTの活用以前も、地域の医療関係者が紙や対面で情報共有を行っていたが、共有しきれていない部分があった」と話す。
また、時計台記念病院の戸島雅彦氏は「1つのシステムを使えば、複数の医療機関で共通のカルテを使うのと同じこと。孝仁会はこれをうまく活用している好例と言えるだろう」と話していた。
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