IT部門も顧客サービス精神を
業務の効率性や正確性を追求するあまり、肝心な「顧客視点」が抜け落ちてしまっている企業は少なくありません。IT部門をはじめ全社で顧客サービスの重要性を今一度、見直す必要がありそうです。
顧客視点の欠如がもたらすもの
コンサルタントやインテグレーターであれば、一度は聞いたことがあると思われる「私たちの(業界・業種)は特殊だから」という言葉。多くの企業がこの言葉により聖域を大きくしてしまったせいで、業務プロセス改善(BPR)が本来目指していた抜本的な改革にならなかったのではないでしょうか。
企業にとって唯一無二であるものは、競争社会で生き抜くためには非常に大事なポイントです。ただその多くは「しきたり」や「慣習」がもたらすものなのです。
私もコンサルタントとしてさまざまな企業の業務改善プロジェクトに参画しますが、どうしても社内プロセスにだけ目を向けてしまいがちで、「顧客視点」が抜け落ちてしまっていたり、業務の効率化を進めていく中で、顧客視点がだんだんと薄れてしまうことが多くあります。
もちろん当該業務に就いている皆さんはその業務のエキスパートですので、改善にあたっていくつものポイントを挙げることができるのですが、業務の効率性や正確性を追求するあまり、顧客の手間を大きく増やしている点を見落としてしまいがちです。定期的に、「これはいったい誰のための改善でしょうか? 改善することでお客様にはどのようなメリットがあるのでしょうか?」と問いかける必要がありそうです。
例を挙げましょう。ある企業では、1つの業務プロセスを完了するのに、およそ7日を要していました。その間、顧客には社内プロセスの進ちょく状況を知らせる仕組みがなかったため、コンタクトセンターに確認の問い合わせが多く寄せられていました。このように自分たちの内部プロセスの特殊性をそのまま顧客に適用してしまうことにより、顧客の不安を取り除くことができず、実際、確認の問い合わせから解約に至ってしまうこともしばしばありました。特に社内のIT部門にはこういった声が届きにくい状況もあったため、社内システムやプロセスフローが実際の顧客ニーズから乖離してしまっていたのです。
顧客視点を持ち続けるには、カスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)について知る必要があります。このカスタマー・エクスペリエンスは、ここ数年、企業において顧客接点を担う部門において非常に重要視され始めています。サービスプロセスは顧客を中心に設計され、カスタマージャーニーマップなどで図示化されたりしています。
顧客接点の最前線では
顧客接点の最前線ともいえる”コンタクトセンター"を例に見てみると、顧客サービスを提供する上で、最も顧客ロイヤルティ(企業に対する愛着度)に影響を及ぼすのは、「お客様の手間の少なさ」であることが分かっています。注目が集まるあっと驚くような感動を提供する顧客体験も時には必要かもしれませんが、基本的には、いかに迅速に自分の問題が解決するかどうかが、顧客にとって最も重要なポイントなのです。
コンタクトセンターにおいては、いかにお客様の要望に迅速に答えることができるか、手間を減らすことができるか、という顧客視点から、これまで代表的だった指標の「応答率(いかに多く早く電話に出たか)」を廃止し、NPS(ネットプロモータスコア)や、企業のサービス提供にあたりお客様が費やした労力などを計測するCES(カスタマーエフォートスコア)のようなKPIが設定され始めています
また、Webサイトも顧客視点でデザインされ始めています。Webサイトも多変量テスト(A/Bテスト)などを通して、顧客視点で最も使いやすいサイトへと生まれ変わっていっています。
さまざまなデータ分析結果を通して社内プロセスに顧客視点を取り入れた例を1つ紹介します。英British Telecomでは、データを分析した結果、顧客の維持率を高めるには、ユーザーがサービスを利用するにあたり、いかに”カンタン”にできるか、が最も影響度が高いということが判明したため、これを全社共通の指標とすべく、独自の“Net Easy Score(NES)”を開発しました。
NESは基本的にユーザーに対し「どれくらいカンタンだったか」についてサービスを利用するごとにフィードバックしてもらう仕組みで、手法としてはNPSの計測方法とほぼ同じとなります。興味深い点としては、このNESを改善するために社内からも発案できるという点です。コンタクトセンターで最も顧客に近いアドバイザーはワークフローやプロセスの改善提案をすることができ、実際の顧客視点からのリクエストを反映させることが可能なシステムになっています。
こうして顧客に近い部門や業務から、顧客視点を加え、大きく抜本的な変化が起きています。バックオフィス業務においても、エスノグラフィや前述したカスタマージャーニーマップの視点から一つ一つのプロセスが、顧客やユーザーにとってどのようなメリット、デメリットがあるのかどうかを再考する必要性が高まっているのです。
企業全体に顧客サービス精神を
1つの例としてIT部門を見てみましょう。IT部門は昨今のクラウド化の流れの中で、社内の巨大で複雑なシステムの管理者という役割から、社内のエンドユーザー、ひいてはその先の顧客が使用するテクノロジーのシフトへ対応を迫られるでしょう。そうなったときに顧客視点を欠くことはできないはずです。これまでのように“閉じた”部門であっては、この先の企業競争力アップに向けて足かせとなるだけでなく、存在意義を失ってしまいます。
ただし、これはIT部門に限った話ではありません。成熟にさしかかった競争社会において、企業全体でこの顧客視点を持てるかどうかが、今後の成長における大きな分岐点となります。賛否両論ありますが、業務プロセスに顧客を巻き込む企業も増え始めています。
今日、多くの企業がスローガンに掲げる「顧客中心主義」は、お題目でなく生きたものになるのでしょうか。そして2020年の東京オリンピックを控える中、日本企業の「おもてなし」は実現できるのでしょうか。
一緒に考えてみませんか?
著者プロフィール
飯塚純也 (いいづか じゅんや)
ジェネシス・ジャパン株式会社 ビジネス コンサルティング部 シニア ビジネスコンサルタント/エヴァンジェリスト。 2005年ジェネシス・ジャパン入社。ビジネスコンサルタントとして、企業がいかに上質なカスタマーエクスペリエンス(CX)を通じてよりよいカスタマーサービスを提供できるかを共に考え、その方法を提案している。またカスタマーサービスのエヴァンジェリストとして講演や執筆活動も行なっている。様々な業種業態、そして中小規模から大規模まで、多くのコンタクトセンター、顧客サービスのコンサルティング・設計・構築に携わっている。
ブログ:http://japan.blog.genesys.com/author/junyalizuka/
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