おいしい牡蠣はデータではぐくむ IoTで変わる養殖ビジネスの今:持続可能な“漁業×IoT”を目指す(1/2 ページ)
海の様子がおかしい、震災以降、養殖牡蠣の収穫量が不安定になった――。養殖牡蠣の産地として知られる宮城県東松島を襲ったこんな事態をIoTで解決しようという動きがある。
宮城県の東松島は牡蠣の産地として有名だ。漁師が丹精込めて育てた牡蠣は、火を通してもほとんど身が縮まず、プリプリとした食感が楽しめるという。全国有数の種牡蠣の産地としても知られており、北海道や広島といった牡蠣の名産地をはじめ、全国の養殖業者から引き合いがある。
そんな東松島の海に異変が起きている。東日本大震災以降、「今までとは違う、予測がつかないようなことが起きている」と、漁師たちが言い始めたのだ。それが分かったのは種牡蠣の養殖に変化が起きたためだった。
東松島の牡蠣の養殖をIT面から支援する、NTTドコモの東北復興支援室担当課長、山本圭一氏は当時をこう振り返る。「ある年は豊作だったのが、ある年には半分くらいしか採れなくなったりするようになったのです。養殖の牡蠣は漁師の腕でカバーできるのですが、稚貝はそれが難しい。成長前の種牡蠣は気象状況の影響を受けやすいので、海の状況が変わったのではないかという話になったのです」(山本氏)
これまで牡蠣の養殖や稚貝の育成は、漁師たちの経験から培われた勘に支えられていた。それは「ゆりの花が咲く頃に(牡蠣の胞子が付着した)養殖用のホタテ貝の貝殻を沈める」「牡蠣の大きさに応じて身の成長を促したり、殻が大きくなりすぎないように刺激を与える」――といった具合だ。
こうした知見が“通用しない事態”に直面した東松島市の東名漁港が踏み切ったのが、“ITを使った海の状態の見える化”の実証実験だった。
水温を可視化、経験や勘に“データの裏付け”を
海の状態を可視化するためには、牡蠣の成長に影響する要素を洗い出し、それに対応したセンサーで海中の状態をチェックし、そのデータをサーバに保存して分析できる環境を整える必要がある。
東名漁港は、ブイにセンサーを付けて海の状態を可視化する「ユビキタスブイ」の実験を行っていた、はこだて未来大学の和田雅昭教授に協力を仰ぎ、“松島の海を可視化する実証実験”をスタートさせた。
この取り組みの目的は、漁師たちの勘や経験とセンサーから得られた海中のデータをひもづけること。「養殖用のホタテの貝殻を沈めるのに最適なのは、海がどんな状況の時なのか」「牡蠣の天敵、ムール貝にえさを取られないよう対応する際の水温は何度なのか」といった経験則を、データで判断できるようにすることを目指した。
使いやすく、使い続けられるブイを目指して
山本氏によると、ブイを開発する上で重要なのは、実はコストだという。「漁師がIT機能を備えたブイを導入するためには“投資を超える収益が得られる価格と運用コスト”であることが重要なのです」(同氏)
しかし、ブイはとても高価で、通信機能を備えたものだと高いもので1000万円、安くても200万円すると山本氏。“価格破壊”と鳴り物入りで登場した200万円のブイですら、それほど売れなかったという。和田教授は「継続して使い続けるためにも、ブイは20万円前後に抑えるべき」と考えており、低価格化するためのさまざまな取り組みを行っていた。
低価格化に向けたアプローチの1つは、搭載するセンサーの絞り込みだ。和田教授は実証実験で、クロロフィルの濃度やプランクトンの状況、水温、航路情報、位置情報など、さまざまなデータを収集できるセンサーを検証していたが、牡蠣の育成に最も影響するとみられる水温センサーのみに絞って搭載することに決めた。精度についても「高すぎるものは必要ない」という漁師の声を受けて、ニーズに合ったリーズナブルなセンサーに変更したという。
2つ目はバッテリーだ。これまでのブイは多数のセンサーを搭載していたため電力消費が多く、バッテリーが持たないことが課題だった。しかし、その対応策として太陽光発電装置を搭載すると、蓄電装置も必要になり、それがブイの高額化につながっていた。新たなブイはセンサーが1つになったことから乾電池での駆動が可能になり、それがコストダウンに貢献したという。
乾電池は半年しかもたないが、半年に1度のメンテナンスは漁師たちにとってさほど大きな負担ではないという。「東名漁港ではこれまでも、海中の温度を測っていたんです。でもその方法は、船で定期的に海に出て、水温計を海中に入れて計測するというもの。ユビキタスブイがあれば、海に出る回数が半年に1回で済むので、これまでに比べれば時間もコストも大幅に負担を減らせます」(山本氏)
こうしてさまざまな検証の末に和田教授らが開発したリーズナブルなブイを、安定したデータ取得と通信を行える仕様に改良し、持続可能なビジネスモデルの中に組み込んだのが、NTTドコモとセナーアンドバーンズ、アンデックスの3社だった。
関連記事
- ドコモがIoTでカキの養殖 “海の見える化”で水産業はどう変わる?
2011年の震災後、今まで頼りにしていた経験や勘が通用しなくなったという東松島市のカキの養殖業者たち。「海の見える化」が早急に求められていた。そこで立ちあがったのが、NTTドコモである。同社はIoTによってカキの養殖を、水産業をどのように変えようとしているのか。 - おいしい野菜は“データ”でつくる 経験者ゼロの農業ベンチャーが成功したわけ
「農業は“経験と勘”といいますが、農業の経験がない私たちにはそれがない。だから作業のたびに記録をつけて、“何が変わったか”を見ていくしかなかった」――。経験者ゼロを逆手に取った農業ベンチャー、NKアグリ。その成功を支えたIT活用法とは? - スイッチオンで即、農業IoT “ITかかし”が切り開く農業の新境地
ハードルが高い“農業×IoT”を、もっとカンタン、手軽に――。そんな思いから生まれた“21世紀のITかかし”が注目を集めている。このソリューションは、人手不足、後継者不足に悩む農家の救いになるのだろうか。 - 品薄続く「獺祭」、増産のカギは“クラウド”?
知名度の向上とともに品薄状態が続いている、山口の銘酒「獺祭」。品薄の理由は原料である酒造好適米「山田錦」が不足しているためだ。しかし今、国の政策やITの力によって、獺祭の生産量が大きく増えようとしている。 - 日立がチャレンジする「自動運転トラクター」は、日本の農業を救えるか?
高齢化や後継者不足に伴う農家人口の減少など、日本の農業が抱える課題の解決に向け、「農業IT」への期待は高まっている。日立とヤンマーが協力して開発を進める、自律操縦機能を備えたトラクターは、これからの農業にどのような影響を与えるのだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.