「メモリ主導型コンピューティング」が実現すると起こること:「ムーアの法則」を超える新世代コンピューティングの鼓動(2/2 ページ)
本連載で紹介しているメモリ主導型コンピューティングは、大量のデータへの高速かつさまざまなアクセスがランダムに発生する用途に特に効果的です。今回もメモリ主導型コンピューティングによって実現するかもしれない世界を紹介しましょう。
複雑なシミュレーションを短時間で実行
金融業界では、金融商品の評価、分析とリスク管理のため、シミュレーションを多用します。先物取引やオプション取引などを活用する「デリバティブ」のような、多岐にわたる資産や商品を扱う金融ポートフォリオを運用する金融企業は、例えば前もって予測できないことをシミュレートする「モンテカルロシミュレーション」など、非常に多くの計算能力を必要とするシミュレーションを行う、複雑なリスクモデルを利用しています。
こういった計算は非常にコストがかかるため、たいていの場合、シミュレーションは1日に数回実行するのが限界です。ここに正確さとスピードのトレードオフが存在します。正確な価格設定とリスク評価がリアルタイムで実行できればいいのですが、計算の複雑さと量の多さから、それを実行することができないのです。
しかしメモリ主導型コンピューティングで実現できる大容量メモリシステムでは、シミュレーションを大幅に高速化し、複雑なリスクモデルを短時間で評価して代替シナリオを検証し、より良い投資判断を下すことができるようになるはずです。実際の過去の値動きを使用した財務リスク計算の検証では、実に8000倍以上の高速化が実証できています。
金融商品に関するシミュレーションがリアルタイムに実行できれば、迅速かつ正確なデリバティブの価格設定やリスク管理が可能になります。金融商品をモデル化するのにかかる時間が数時間から数秒になると、人々がビジネスを行う方法も変わってくるでしょう。同じような手法は電力システムの変革、輸送などにも応用できます。そのいずれも、機会が逃げてしまう前に、可能な限り最善の決定を通知できるようになるのです。
この高速な分析能力を生かせば、過去の財務傾向を分析し理解することで、ビジネスの財務情報と、業績に影響を与える意思決定の内容を見極めることもできるようになるでしょう。また、複雑な取引に価格を設定し、リアルタイムで高精度のポートフォリオリスクの見積もりを行う能力とツールを手にするわけですから、投資の判断の方法も大きく変わることでしょう。さらには事前に計算されたシミュレーションを使用して、複雑な財務モデルの精度を高め、市場の行動をモデル化することで、資産のパフォーマンスをより正確に予測することもできます。
今回も、メモリ主導型コンピューティングで実現できる世界について2つほどご紹介しました。広大で階層を排除したメモリ空間を利用することで、今までできなかった大量の情報処理を、より高速に行えるこのアーキテクチャによって、他にどのようなことができるようになるでしょうか。
三宅祐典(みやけ ゆうすけ)
日本ヒューレット・パッカード株式会社の「The Machineエバンジェリスト」。Hewlett Packard Enterprise(HPE)の中央研究所「Hewlett Packard Labs」が認定するエバンジェリストであるとともに、普段はミッションクリティカルなサーバ製品を担当するプリセールスSEとして導入提案や技術支援を行う。ベンチマークセンターのエンジニアとしてHP-UXとOracleデータベースの拡販支援やサイジングを担当後、プリセールスエンジニアとして主に流通業のお客様やパートナー様の提案支援を経験し、現在に至る。
趣味はスキー、ダイビングといった道具でカバーできるスポーツ。三宅氏のブログはこちら。
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