NECはなぜ「AIによるDXの推進」を強調するのか? 2026年のIT業界の注目ポイントとともに考察:Weekly Memo
2026年は「エージェンティックAIプラットフォーム」を巡る勢力争いが激しくなりそうだ。そうした中で、NECが「AIによるDXの推進」を強調する思惑とは。
企業の業務システムに活用するAIは、ジェネレーティブAI(生成AI)からAIエージェント、さらにはこれから、マルチベンダー・マルチタスクのAIエージェントをオーケストレーションさせながら全体をマネジメントする「エージェンティックAI」に進展する。なぜかと言えば、企業の業務システムの大半はマルチベンダー・マルチタスクであり続けるからだ。ユーザーのニーズはまさにそこにある。
今後、注目されるのは、企業で使われるエージェンティックAIがどのような利用形態になっていくかだ。そこで考えられるのが、「エージェンティックAIプラットフォーム」の出現だ。業務システムに向けたAIを手掛ける大手ベンダーは、こぞってそのプラットフォーマーになることを目指している。
NECが説明するAIエージェントの最新の取り組みとは?
そうした中、大手ベンダーの代表格であるNECがこの分野の最新の取り組みについて、2025年12月3日に玉川事業場(川崎市中原区)で開催した証券アナリストや機関投資家、メディア向けの研究開発・新規事業戦略説明会「NEC Innovation Day 2025」で明らかにした。今回はその内容を取り上げ、エージェンティックAIプラットフォームの行方について考察したい。
「今まさにAIによる産業革命が進行している。AIは自動化のツールとしてだけでなく、経済活動の主体へと進化しつつある。一方で、新たな脅威も台頭している。AIによってサイバー攻撃やフェイク情報の拡散などが激化している。そうした環境では、安全で安定したAI動作および強固なインフラ構築や運営が必須となる。すなわちAI、セキュリティ、プラットフォームの全てを社会実装する総合力が求められている」
左からNECの西原基夫氏(執行役 Corporate EVP 兼 CTO)、山田昭雄氏(Corporate EVP 兼 AIテクノロジーサービス事業部門長 兼 AI Technology Officer)
NECの西原基夫氏(執行役 Corporate EVP 兼 CTO)は会見でこう切り出し、「当社はその総合力を強みとした技術を研究開発し、社内外でのさまざまな取り組みを通じて『BluStellar』と呼ぶDX(デジタルトランスフォーメーション)ソリューション事業として展開している」と説明した(図1)。
西原氏に続いて説明に立った山田昭雄氏(Corporate EVP 兼 AIテクノロジーサービス事業部門長 兼 AI Technology Officer)は図2を示しながら、次のように述べた。
「AIの活用は今、大いに盛り上がっており、市場は急拡大している。その中で当社の実績は市場の成長スピードを上回る形で好調に推移している状況にある。当社はこのAIを活用してDXソリューション事業を展開している。言い換えれば、AIはDXのための有効な手段だ。それを当社は『BluStellar Scenario』として用意し、DXに向けたさまざまな課題の解決に取り組んでいる」
NECが今、AIによるDXの取り組みで注力しているのは業務プロセスを変革する「AIエージェント」と、そのAIエージェントを支える「AIプラットフォーム技術」だ(図3)。
AIエージェントについては、1年前の説明会で同社の取り組みが初披露された。その内容については、2024年12月2日掲載の本連載記事「AIエージェントが企業に与えるインパクトは? NECの会見から考察」をご覧いただきたい。今回の説明によると、現時点では図4に示した領域でAIエージェントを用意しており、今後も引き続き拡充する計画だ。
山田氏は今回、この中から図5に示した3つのAIエージェントを取り上げて紹介した。
1つ目は、マーケティング領域における「マーケティング施策立案」だ。「BestMove」というサービス名で顧客分析から施策立案、効果予測までを実施する。
2つ目は、製造・開発領域における「調達交渉」だ。同社が長年培ってきたサプライチェーン管理のノウハウを生かしたAIエージェントで、最良の取引条件を生成して自律的に交渉する。
3つ目は、営業領域における「顧客提案」だ。「NEC Document Automation - for Proposals」というサービス名で、営業提案書とディスカッションシートを自動生成する。
同氏はこの他、今回の説明会に合わせて発表した「明文化されていないノウハウの自動集約・組織資産化によって業務の圧倒的効率化を実現するAIエージェント」「状況把握から行動決定までの一連業務をAIで支援する緊急通報指令室を支援する技術」についても紹介した。
エージェンティックAI基盤を制するのは誰か
一方、AIプラットフォーム技術について、山田氏は「AIガバナンス」「サイバーセキュリティ」「AIのカスタマイズ化」と、3つのキーワードを挙げた。
同氏はAIガバナンスについて、図6を示しながら次のように述べた。
「AIを活用するには、単純に持ってきて使えばいいというわけではない。いろいろな仕組みを構築する前にリスクをしっかりと評価し、それに対する備えを怠らず、さらにそのためのモニタリングを継続するといった一連の取り組みが必要だ。そこで当社はこのたび、そのコンサルティングとして新たに3つのサービスを用意した。これにより、エンドツーエンドで全てのプロセスにおいて、どのようにAIを使いこなせばよいのか、アーキテクチャをどうするか、どんなツールを適用すればよいか、といったAIガバナンスにおける戦略の策定から定着まで支援できる体制が整った」
サイバーセキュリティについては、同社独自のインテリジェンスとAI技術を融合させた新たなサイバーセキュリティサービス「CyIOC」(サイオック)を提供開始したことを説明した。
そして、AIのカスタマイズ化については図7を示しながら、「実事業のドメインナレッジを活用したAIのカスタマイズによってAIの業務活用を促進し、個々のお客さまの競争力強化を支援していきたい」(山田氏)と述べた。
以上、NECの業務システムに活用するAIにおける最新の取り組みを紹介した。西原氏および山田氏の話を聞いて筆者が印象深く感じたのは、「NECはAIを顧客に直接売っているのではなく、DXソリューションのツールとして提供している」との姿勢で、端的に言うと「AIによるDXの推進」に注力していることだ。さらに、AIガバナンスに注力していることも印象に残った。
そこで、会見の質疑応答で「NECは自社開発のAIエージェントだけでなく、マルチベンダーが前提のエージェンティックAIにおいてプラットフォーマーを目指しているのか」と聞いた。こう質問したのは、会見の説明でエージェンティックAIという言葉はほとんど出てこなかったものの、DXソリューションとしてのAIを前面に押し出し、さらにエージェンティックAIのプラットフォーマーとして不可欠なAIガバナンスへの注力ぶりを示していたからだ。これに対し、山田氏は次のように答えた。
「エージェンティックAIプラットフォームの定義があいまいなところはあるものの、マルチベンダー、マルチタスクが前提であることに異論はない。エージェンティックAIに使われる標準の接続技術も整備されてきており、当社としてもお客さまのニーズに応じたエージェンティックAI環境を実現できるように注力していきたい。さらに当社の取り組みとして改めて強調しておきたいのは、個別のAIツールではなく、それにさまざまなアプリケーションや従来のITも合わせたDXソリューションを提供しているということだ。その意味でのプラットフォーマーの役目はぜひ目指したいと考えている」
この山田氏の発言は、AIをはじめとしたさまざまなデジタル技術を自社開発している一方で、AIツールをはじめとして外部のさまざまなDX関連の製品やサービスも取り扱うITサービスベンダーならではだと感じた。
そう考えると、AI技術の開発力があり、国内に多くの顧客を持つITサービスベンダーが、エージェンティックAIのプラットフォーマーになり得る可能性が最も高いのではないかとも思えてきた。おそらくエージェンティックAIプラットフォームを制するベンダーが、DXプラットフォーマーにもなり得るだろう。来たる2026年のIT業界は、この動きが一番の注目ポイントになりそうだ。
著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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