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SaaSの価値は“割り勘”だけじゃない 「SaaSの死」論を一刀両断SIerはどこから来て、どこへ行くのか

AIエージェントの普及でSaaSの利用者が減り、ベンダーの収入も減る――。「SaaSの死」の前提となる、この見立ては正しいのか。PM歴40年の筆者が「共同利用型システム」時代から業務ソフトウェアの歴史を振り返り、ユーザー企業にとっての価値を明らかにする。

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この連載について

 ユーザー企業にとって、SIerはITシステムの導入から運用、故障時の対応や更新などに欠かせない存在です。

 しかし、その関係性はと言うと、対等なパートナーと言うよりも、ユーザー企業はSIerに対して丸投げしがちで、SIerも「お客さまであるユーザー企業の要望は断りづらい」ために、ユーザー企業のITシステム全体の最適化よりも、その場その場のニーズへの対応を重視しがちな「御用聞き体質」が指摘されてきました。

 こうした中、DX案件の増加やIT人材の慢性的な不足、ユーザー企業の内製化志向などのさまざまな環境変化によって、ユーザー企業とSIerとの関係は変わらざるを得なくなりつつあります。

 この連載を通じて、SIビジネスを取り巻く構造的な問題を掘り下げ、ユーザー企業とSIerが目指すべき関係の在り方を探っていきます。

 2026年2月、ソフトウェア企業の株価が相次いで急落した。AIエージェントの活用でSaaSの利用者が減るのではないか、AIによってCOBOLがJavaに自動変換できるのではないか――。株価下落の背景にあるのは、AIに対する市場の期待の大きさだ。

 その後も、市場は冷静さを取り戻す方向には向かっていない。2026年7月には、IBMの2026年4〜6月期の暫定決算が市場予想を下回ったことをきっかけに同社株が1日で25%下落した。AI関連領域に企業のIT予算が多く割かれることで、業務ソフトウェアへの支出が減少する、との見方が下落につながったようだ。IBM株の下落を受け、ソフトウェア株全般に売りが波及した。AIが既存の業務ソフトウェアを侵食するという懸念は、2月時点に比べてより強まっていると言えるだろう。

 この連載でAIをソフトウェア開発に生かすメリットに繰り返し言及してきたように、筆者もAIには大いに期待している。一方で、AIに対する市場の期待には過剰な部分もあると見ている。冒頭で紹介した2つの見方は、どちらも間違っているというのが筆者の見解だ。

 そこで今回はまず前者のいわゆる「SaaSの死」について、業務ソフトウェアの歴史を振り返りつつ、SaaSが提供する価値がAIによって消失するのかどうかという観点から考察したい。

“割り勘”以外のSaaSの価値とは?

 「SaaSの死」論争の前提になっているのが、利用者数の減少だ。AIエージェントの活用によって、これまでSaaSを操作して業務をこなしていた従業員が減るという予測。SaaSベンダーから見れば、これはアカウント数の減少であり、収入減につながる。

 筆者自身は、SIerやソフトウェアベンダーがビジネスモデルを変革しなければ、中長期的に市場から厳しい評価を受けるのではないかと見ている。ただし、ビジネスモデル変革の柱の一つとして、SaaSのようなサービス提供は重要だ。SaaS自体の重要性についてはいずれ詳しく述べるとして、今回は、市場のSaaSに関する見方が、なぜ「誤解」なのかを中心に言及する。

SaaSは「共同利用型システム」の名前が変わっただけ

 筆者はかつてSaaS開発を担当していた。当時は「共同利用型システム」と呼んでおり、それが「ASP」(Application Service Provider)、さらにSaaS(Software as a Service)になったが、“中身”は基本的に変わっていない。そこで今回は、共同利用型システム時代からユーザー企業に提供している価値は何か、という視点から語っていく。

 筆者が開発を担当したのは、50年の歴史を持つ、証券会社向けのバックオフィスシステムだ。筆者が受け持ったのは約30年前で、第3世代のシステムの開発計画と推進を担った。同システムは現在、圧倒的なシェアを占めている。

 これとは別に、新たな共同利用型システムを立ち上げたこともある。筆者は当時、マネジャーに昇進したばかりで、共同利用型システムは比較的小規模なシステムだった。それが現在では、デファクト化した大きなITシステムに変容している。

 こうして業務の共同システムを開発してきた筆者は、SaaSが提供する価値は、次の3つに分類できると見ている。

1. 多くの企業でコストを「割り勘」する効果

 1つ目は、システムを多くの企業で利用することによる“割り勘”効果だ。もっとも、複数利用に耐えられる仕組みが必要になるため、例えば10社が利用すればコストが10分の1になるわけではない。それでも1社で利用する場合の2〜3割程度で済む。システム運用も利用企業が共同で担うため、運用コストも大幅に下がる。

 現在でも損害保険業界では、日本損害保険協会が自動車保険の事故や等級情報の交換制度、自賠責保険の手続きシステムなどを業界共通の仕組みとして運営している。

 ここまでは、複数のユーザー企業が共同でシステムを持つ形を前提に述べた。SaaSは、ベンダーが開発、運用し、ユーザー企業に提供する形が主流だが、“割り勘”効果は変わらない。開発費と運用費を多数のユーザー企業で分けるため、ユーザー企業が自社で開発・運用する場合よりもはるかに安い価格でサービスを提供できる。

2. システム開発が難しいユーザー企業でも利用できる

 2点目は、システム開発が難しいユーザー企業でも、業務システムを利用できるという価値だ。SaaS型のシステム開発には、業務に対する深い知識とITシステムの構築経験の双方が必須になる。ベンダーがSaaSの開発に踏み切る動機の一つは、規制緩和によって業界の参入障壁が下がり、その業界に新規参入する企業が増えると見込めることだ。新規参入企業には参入先の業界の業務ノウハウがほとんどなく、必要なITシステムを構築するノウハウもない。つまり、そもそもシステムを作ることが極めて困難なのだ。そのため、該当業界の深い専門知識を持つベンダーが提供するSaaSへのニーズが高まる。

 こうした「専門性の高さと自社構築の難しさ」という構造は、業界固有の業務に限った話ではない。 全業種共通である財務会計や人事給与といったバックオフィス領域でも同じ状況が起きている。

 近年のユーザー企業では、IT人材だけでなく、業務知識を持つ人材も枯渇している。自社業務の細かなロジックを理解した上でシステム開発を自前で担うことが難しくなっている。財務会計や人事給与のSaaSが数多く存在するのも、専門性の高いこうした領域のシステム開発を自社で担うのが現実的ではないからだ。

 こうしたことから、日本では今後も、複数の顧客企業に向けてSaaSを提供するベンダーのビジネス機会はなくならないだろう。ただし、業界ルールがグローバルベースで標準化されれば、ベンダーが窮地に追い込まれる可能性がある。なぜなら同等の機能を提供する、米国などのSaaSベンダーと熾烈(しれつ)な競争が発生する可能性があるからだ。

 いずれにしても、ユーザー企業がそもそも作ることが困難なITシステムを提供するというのが、SaaSの2つ目の価値だ。

3. 制度変更に1社だけでは追随できない

 3点目は、さまざまな変化への対応だ。政府・与党は、食料品にかかる消費税率を2027年4月から2年間に限り、現状の8%から1%に引き下げる方針を固めた。当初有力視されていた「ゼロ税率」でなく、「1%」に落ち着いた理由の一つに、レジのシステム改修に伴う時間的な制約がある。経済産業省が実施した調査では、ゼロ税率にする場合は改修に最大約1年かかる一方、1%であれば約半年で対応できるとされた。制度変更には、これだけ大きなITシステムの改修が必要になる。

 財務会計や人事給与の領域では、電子帳簿保存法やインボイス制度への対応をはじめとした制度変更が継続的に実施されている。電力業界でも、電力システム改革によって小売が全面自由化され、発電部門と送配電部門が法的に分離(発送電分離)されるなど、地域独占型だったビジネスモデルを揺るがす制度変更が実施された。

 このようにITシステムは、法制度などをはじめとする環境変化に常に対応する必要がある。まず現在のITシステム、あるいは業務への影響範囲を見極め、どう対応すべきかを考えなければならない。企業が単独でこれをタイムリーに実施する難易度は高い。コストがかかるだけでなく、適切に対応できるのかどうかという問題もある。

一方SaaSは、制度改正を受けて、ベンダー側が迅速かつ継続的に機能をアップデートする。ユーザー企業は自社で改修することなく、制度改正に追随できる。法令順守と業務の安定稼働、ひいては「事業の継続性」という大きな価値を享受できるのだ。

AIエージェント時代も、SaaSの価値は目減りしない

 ここまで、SaaSの3つの価値を見てきた。筆者としては、AIエージェントを活用することでSaaSの利用者が減ることがソフトウェアベンダーの収入減につながるのであれば、SaaSの料金体系を変えれば済むのではないかと考える。ユーザー企業が人件費削減のためにAIエージェントを活用しても、SaaSが提供する価値が目減りするわけではないからだ。AIエージェントが従業員の操作を代わりに担っても、"割り勘"の効果も、システム開発が困難な企業に業務システムを提供するという価値も、制度変更への追随もなくなるわけではない。

 さらに考え方によっては、AIエージェントを活用することでSaaSがより利用しやすくなるともいえる。と言うのは、AIエージェントの普及によって、SaaSのインタフェースが、「人間が操作する画面」から「AIがシステムと直接やりとりするプログラムの連携(API)」に移行する可能性があるからだ。そうなればベンダーは、操作しやすい画面だけでなく、API経由で呼び出せる新たなサービスメニューの提供を期待されるようになる。

 人間が作業する場合は、入力間違いを検出するために、第三者による確認作業が必要になるケースがある。AIが作業することによって、入力間違いのようなミスはなくなり、確認業務は不要になる。ただし、人による確認が全て不要になるわけではない。

 AIエージェントを活用するためには業務プロセス全体を見直す必要があると筆者は考えている。SIerを含むベンダーの新たなサービス提供の機会はそこにあるのではないか。いずれにしても、SaaSの根本的な価値が変わらない限り、SaaSの継続性を確保するために必要なベンダーの収益は維持されるというのが筆者の見立てだ。

次回予告

 今回は、SaaSが提供している3つの価値を整理した。次回は、暴落のきっかけとされたもう一つの見方である、AIによるCOBOLからJavaへの自動変換がなぜ危険なのかを論じ、概要設計フェーズの業務フローに話を進める予定だ。

著者紹介:室脇慶彦(SCSK顧問)

むろわき よしひこ:大阪大学基礎工学部卒。野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)執行役員金融システム事業本部副本部長等を経て常務執行役員品質・生産革新本部長、理事。独立行政法人 情報処理推進機構 参与。2019年より現職。専門はITプロジェクトマネジメント、IT生産技術、年金制度など。総務省・経産省・内閣府の各種委員等、情報サービス産業協会理事等歴任。著書に『SIer企業の進む道』(日経BP)、『プロフェッショナルPMの神髄』(日経BP)など。

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