全世界累計142億ビュー！ 韓国発のメガヒットコンテンツ『俺だけレベルアップな件』をレビュー＆考察 背後にある”スプーン階級論”と、”俺だけレベルアップ”の意味を考える

[木島祥尭，Fav-Log]

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　全世界累計142億Viewの爆売れコンテンツ『俺だけレベルアップな件』。原作は縦読みカラー漫画”WEBTOON”で異例の成功を収めた作品。アニメ版でもその人気は衰えることを知らず、4月1日時点のAmazonプライムの視聴ランキングでも1位を獲得しています。第2期の制作決定が発表されるなど、今注目の作品となっています。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　今回はそんなアニメ版『俺だけレベルアップな件』をレビューします。韓国発のコンテンツだからこその特徴や日本の転生ものとの違い、作品の魅力を支えているポイントについて深掘りしていきます。”俺だけレベルアップ”の意味も考察していくので、ぜひチェックしてみてください。本記事はネタバレを含むため、アニメを見てから読むことをおすすめします。

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『俺だけレベルアップな件』レビュー＆考察：一生上昇しないハンターランクから見える韓国社会の”スプーン階級論”

　『俺だけレベルアップな件』を考える上で、まず注目したいのが”等級”の概念です。ハンターは体内に宿る魔力量によって、S級からE級までランク分けされ、「本人がどんなに努力しようとも、その能力が成長することはない」とされています。

　つまりS級は死ぬまでS級で、E級も死ぬまでE級のまま。与えられた等級あるいはランクが上がることは、原則不可能ということになっています。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　先天的にハンターとしての成功・失敗はある程度決定づけられているわけです。こうした等級移動の不可能性や、あらかじめ人生が決まっているという感覚は、本作が生まれた韓国社会の状況を幾分か反映したものであると考えられます。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　というのも現実の韓国社会でも等級ならぬ”階級移動”の難しさは指摘されており、そのことを象徴する概念として”スプーン階級論”というネットスラング・ミームが存在します。スプーン階級論とは、個人の努力とは関係なく、親の財力によって社会的地位（経済的地位）が決まってしまうという考え方のことです。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　スプーン階級論にはハンターランクと同じように等級が設定されており、最上位の富裕層から金のスプーン、銀のスプーン、銅のスプーン、そして最下層の土（泥）のスプーンまで存在します。

　こうした先天的に階級があらかじめ決まっており、かつその移動は困難であるという部分は、ハンターのランクシステムや一度決まったランクは一生上がらないという設定に生かされているように思われます。S級＝金のスプーン、E級＝土のスプーンという形で現実の階級社会に当てはめて捉えることもでき、韓国社会における階級格差のリアリティを感じさせる設定になっていると言えるかもしれません。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　そんな階級移動が難しい世界で主人公の水篠旬は最下層のE級に属するハンター。周囲からは”人類最弱兵器”と馬鹿にされる存在で、最下層の苦しい生活からなんとか抜け出したいが、低級のダンジョンしか参加できないので稼ぎが良くなく、毎日働かないと食えないという状況に陥っています。

　こうした水篠の状況も、土のスプーンの階級で毎日もがいている人々の感覚とリンクするところがあり、その点でも深い共感が得られているのかもしれません。

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『俺だけレベルアップな件』レビュー＆考察：階級社会における”俺だけレベルアップ”の意味とは？

　スプーン階級論をベースに考察すると、『俺だけレベルアップな件』のレベルアップは現実における階級移動のことを差していると捉えることができます。つまり『俺だけレベルアップな件』とは、「俺だけ階級移動できる件」と言い換えることができそうです。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　先天的にランクが決まっておりランクの移動がほぼ不可能な世界で奮闘するE級の水篠に自分を重ねて、難しいとは分かりつつ自分もいつかは階級移動を果たしたいという、”階級移動のロマン”を感じている観客は少なくないでしょう。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　また階級移動を即座に果たすわけではなく、あくまでも毎日の地道な努力によって少しずつ階段を上っていくという点も人気を呼んでいるポイントだと思われます。

　いわゆる”俺TUEEE系”作品に見られるように、いきなり最強になってしまうのではなく、水篠の場合は再覚醒後にデイリークエストとして、腕立て、腹筋、背筋、ランニング等の地道なトレーニングを毎日こなすことになります。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　もちろんチートの要素も多分にありますが、水篠は普通の人が行うような一般的なトレーニングの積み重ねによって自身の能力アップに努め、ステータスを充実させていきます。こうした努力の姿が見えるので、応援しやすいという側面があります。

　さらに言えば水篠のトレーニングメニューは誰もがやったことのある現実的なものばかりなのでマネしやすく、自分にもできるのではないかと観客に期待させ、自己投影しやすくさせる機能も果たしています。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　階級移動のスピードも意外と緩やかで、E級からD級、C級、B級と徐々に倒す敵のレベルが上がっていくところも味噌です。飛び級せず段階的に強くなるので水篠の成長にあまり違和感を覚えず、水篠の階級移動にも説得力を感じやすくなっています。

　このように他のハンターはどんなに努力しても報われませんが、水篠の努力だけは必ず報われる世界なので、『俺だけレベルアップな件』は「俺だけ努力が報われる件」と言い換えることもできるかもしれません。

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『俺だけレベルアップな件』レビュー＆考察：対岸の火事ではない？　日本でも流行り始めた階級闘争もの

　『俺だけレベルアップな件』のみならず、韓国発のWEBTOONコンテンツには、社会の上流層と下流層、持てる者と持たざる者の格差を盛り込んだ作品が多数存在します。

　また近年流行っている韓国ドラマや韓国映画などにもその傾向は強く見られます。アカデミー賞に輝いた『パラサイト 半地下の家族』やNetflixで爆発的人気を獲得した『イカゲーム』、『梨泰院クラス』など、いずれも韓国の厳しい階級社会を背景にした作品です。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　ディズニープラスで配信された『ゴールデンスプーン』はスプーン階級論をど真ん中に扱ったドラマで、努力だけではどうにもならない階級移動の難しさが描かれています。

　このように韓国発のコンテンツには転生ものやバトルファンタジーも含め、階級社会の生きづらさを扱ったものが多く、持てる者と持たざる者の違いがはっきりと表現されています。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　一方、『転スラ』や『無職転生』、『シャングリラ・フロンティア』など、日本で主流の転生ものを見るとやや違う傾向が読み取れます。たいていの場合、転生することになる主人公は、普通のサラリーマンや学生、ニートであることが多く、階級社会の意識はほとんど感じられません。

　衣食住には困らないが、やや日常に退屈しているか、コミュ障やひきこもりの問題を抱えているなど、日常からの脱却を求めている傾向が強く、いわゆる”終わらない日常”の感覚をベースに組み立てられている印象があります。

『俺だけレベルアップな件』（出典：Amazon）

　同じ転生ものでも、転生前の段階で階級問題があまりフォーカスされないのは、韓国に比べて日本の中流層がまだ分厚い（あるいは分厚いと思い込んでいる）という背景があるものと推察されます。

　しかし非正規雇用者が4割弱を占める現代日本において”1億総中流”の神話はすでに崩れており、さらにコロナ禍によってホワイトカラーとエッセンシャルワーカーの格差や、正規雇用者と非正規雇用者の格差などが表面化し始め、日本においても階級を意識せざるを得ない状況に突入しています。

「俺だけレベルアップな件 1 (piccomics)」（出典：Amazon）

　2021年のユーキャン新語・流行語大賞に”親ガチャ”が選出されるなど、生まれで人生が決まってしまうという韓国で言うスプーン階級論を思わせるような概念も広まりつつあり、徐々に階級を意識し始めているように思われます。

　近年のヒット作を見ても、その傾向は読み取れます。例えば、生まれながらに重たい病気を背負った少女がメインヒロインの『推しの子』や、エースストライカーとしての生き残りを掛けてランクシステムを上がっていく『ブルーロック』、親の借金を返すために臓器を売って生活する少年が主人公の『チェンソーマン』など、親ガチャや階級闘争をテーマにした作品が高い人気を獲得しています。

「俺だけレベルアップな件 2 (piccomics)」（出典：Amazon）

　さらにAmazonプライムで何度も1位を獲得している人気アニメ『マッシュル-MASHLE-』でも、魔法が使える者と使えない者、魔法界の権力を持つ者とそうでない者など、階級問題がはっきり表現されています。

　水篠と同じく底辺からスタートした主人公・マッシュが、魔法界の上流階級へグーパンで反逆していく階級闘争が魅力の作品ですが、今後はこうした流れに沿う形で日本の転生もののジャンルからも”階級闘争をベースにした成り上がり系作品”がメガヒットコンテンツとして続々と現れてくるかもしれません。

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『俺だけレベルアップな件』レビュー＆考察：作品の魅力を加速させる”信頼できない相棒”と”表裏一体のストーリーテリング”

　上記のような階級意識を作品に盛り込んでいる以外にも、『俺だけレベルアップな件』には人々をとりこにする仕掛けが多数存在します。その中でも注目したいのが、”信頼できない相棒”です。これは筆者の造語ですが、信頼できない相棒とは主人公の案内や助っ人として相棒役を担うが、一方で何か良からぬ目的を持っているように見える存在のこと。

「俺だけレベルアップな件 3 (piccomics)」（出典：Amazon）

　『俺だけレベルアップな件』で言えば、水篠が”システム”と呼んでいるものが、信頼できない相棒に当たります。水篠の目の前にウィンドウを表示し、水篠をひん死から救い出したりアイテムをくれたりと何かと導いてくれる相棒のような役割を果たしており、この”システム”が物語を回す”狂言回し”として機能しているのが本作の特徴の1つと言えます。

「俺だけレベルアップな件 4 (piccomics)」（出典：Amazon）

　システムによって”デイリークエスト”や”インスタンスダンジョン”、”転職クエスト”などの試練が与えられ、それをクリアすることで水篠は成長を遂げていきます。一見相棒のように振る舞うシステムですが、一方で人殺しを指示するなどやや邪悪な側面も感じられます。

　水篠自身も「強くなる度に、何かを失ってる気がする」などと語っており、システムは特別な力を与える一方で、水篠をダークな側面に引きずり込んでいるようにも見えます。

「俺だけレベルアップな件 5 (piccomics)」（出典：Amazon）

　信頼できない相棒は『魔法少女まどか☆マギカ』のキュゥべえや、『ぼくらの』のコエムシなどにも見られるもので、事前にすべき重要な説明を省いて契約を結ばせ、特別な力を与える代わりに後から主人公を酷い目にあわせる存在です。

　『俺だけレベルアップな件』でも何の説明もなく水篠は”YES”か”NO”を選択させられており、特別な能力を与えられる反面、何らかの重要な説明が省かれた状態で契約させられているように見えます。もし『俺だけレベルアップな件』が信頼できない相棒を採用している作品なら、魔法少女が酷い目にあったように、これから水篠もシステムによって何らかの大きな代償を支払わされることになるかもしれません。

「俺だけレベルアップな件 6 (piccomics)」（出典：Amazon）

　またこうした信頼できるようでできない正体不明の存在を相棒にすることで、システム自体への違和感や”そもそもなぜ水篠が選ばれたのか”などのミステリー的な魅力を持たせ、シリーズ全体へのヒキを作っているものと推測されます。

「俺だけレベルアップな件 7 (piccomics)」（出典：Amazon）

　上記のようなオモテで見えている現象のウラに何かがありそうという“表裏一体のストーリーテリング”は、本作の全体に貫かれているもので、水篠が最初に挑む”二重ダンジョン”もその一例です。二重ダンジョンにてオモテの低級ダンジョンで調子に乗ったハンターたちが、ウラのS級ダンジョンで死ぬほど痛い目を見ることになっていたかと思います。

　右京隼人率いるパーティーと共に参加したC級ダンジョンでも、オモテ向きのダンジョン攻略とは別の目的があることが後で明かされます。ハンター協会から招集を受けたレイドでも、D級ダンジョンと思ってのぞんだら途中で別の思惑に巻き込まれ、転職クエストでは赤い騎士“イグリット”との戦いがメインと思っていたら別の危機が発生するなど……。

「俺だけレベルアップな件 8 (piccomics)」（出典：Amazon）

　“オモテの話を進めつつウラに何かを仕込んでおく”というのが本作のストーリーテリングの特徴と言えるでしょう。この先、第2期でアニメがどのような展開を迎えるかは分かりませんが、主人公・水篠がレベルアップしていくオモテ面を見せつつ、信頼できない相棒であるシステムがどこかでウラ面を見せてくる展開は十分にあり得るでしょう。

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