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ついに完結! 「進撃の巨人 最終回」のレビュー&考察 エレンはなぜ”地鳴らし”をしたのか? 三島由紀夫の「金閣寺」から読み解くエレンの心

» 2023年11月06日 20時18分 公開
[木島祥尭Fav-Log]
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 累計発行部数が1億1千万部を超え、全世界をとりこにしてきたダークファンタジーの超大作「進撃の巨人」。2013年から第1期の放送が始まり、ちょうど10年後に当たる今年2023年11月4日深夜に完結編が放送されその幕を閉じました。

 最終回の放送前からSNS上ではファンが投稿を続け、一時期トレンドの欄が「進撃の巨人」一色に染まる程の大きな話題となり、いまだに熱が冷めやらぬ人も多くいるでしょう。

ついに完結! 「進撃の巨人 最終回」のレビュー&考察 エレンはなぜ”地鳴らし”をしたのか? 三島由紀夫の「金閣寺」から読み解くエレンの心 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 私も「進撃の巨人」のファンの1人として熱狂しながら最終回を視聴しました。作画や音楽、テーマ、演技……どれをとっても最高級のものばかりで、目まいを覚える出来栄えでした。制作陣の本気の姿勢に頭が下がるばかりです。

 今回はそんな「進撃の巨人 完結編」をレビューしようと思います。エレンがなぜ”地鳴らし”を起こすことになったのかを、三島由紀夫の小説「金閣寺」を下敷きに考察します。エレンの精神分析の1つの参考として、ぜひご覧ください。

木島祥尭

木島祥尭

フリーライターとして、家電、家具、アニメ等の記事を担当。大学時代から小説や脚本などの創作活動にはまり、脚本では『第33回シナリオS1グランプリ』にて奨励賞を受賞、小説では『自殺が存在しない国』(幻冬舎)を出版。なんでも書ける物書きの万事屋みたいなものを目指して活動中。最近はボクシングをやりはじめ、体重が8kg近く落ちて少し動きやすくなってきました。好きなのものは、アニメ、映画、小説、ボクシング、人間観察。好きな数字は「0」。Twitter:@kirimachannel

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「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:エレンの精神分析の下敷きとなる三島由紀夫の「金閣寺」

 少年漫画の主人公にも関わらず、人類の8割を大虐殺するという蛮行に走った男エレン・イェーガー。「伝説巨神イデオン」を思い起こさせるような、”皆殺しの富野”をほうふつとさせるような、トップクラスの闇落ちを果たしているわけですが、彼はなぜそこまでして地鳴らしを起こさなければならなかったのでしょうか。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:エレンの精神分析の下敷きとなる三島由紀夫の「金閣寺」 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 エレンはアルミンに対して「パラディ島のみんなを救うためにはこれしかなかった」と理屈を説明していますが、すべての事情を話し終えた後、エレンはふと我に返ったような顔でとんでもないことを口にします。「いや違う。俺は平らにしたかったんだ、この景色が見たかった」と……。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:エレンの精神分析の下敷きとなる三島由紀夫の「金閣寺」 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 みんなを救うためという理屈までは理解できるものの、このエレンが言う動機は共感しにくいかもしれません。その点を理解するのに役立つのが三島由紀夫の小説「金閣寺」です。「金閣寺」は、実際に起こった見習い僧侶・林養賢による”金閣寺放火事件”をもとに三島由紀夫が構想を膨らませて執筆した作品。金閣寺を放火した犯人に溝口という名を与え、彼がいかにして金閣寺放火という行動に至ったのか、その心理が克明に描かれています。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:エレンの精神分析の下敷きとなる三島由紀夫の「金閣寺」 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 溝口は幼少期より僧侶である父親から「金閣寺より美しいものはない」と言われながら育ち、母親からも金閣寺の住職になるようにと猛勉強を強いられることになります。こうした経験から溝口は”金閣寺=美の象徴”と捉え、世界で最も美しいものとして金閣寺への執着と妄想を膨らませていきます。美しいものを表現する際も、”金閣のように”という言葉なしには語れないほどに心酔してしまうのです。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:エレンの精神分析の下敷きとなる三島由紀夫の「金閣寺」 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 そんな折、ついに金閣時で修行することが決まった溝口でしたが、初めて金閣寺を目の当たりにした時、溝口は現実の金閣寺が自分が思い描いていた理想の金閣寺よりも美しくないことを知り落胆します。溝口にとって金閣寺は人生の支えであり目的であり生きがいであったため、美しさを保つために持ち前の妄想力でその美しさを補完しようとします。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:エレンの精神分析の下敷きとなる三島由紀夫の「金閣寺」 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 しかし、どうがんばっても現実の金閣寺は理想の金閣寺に劣り、期待外れのものでしかありませんでした。その後、現実での人間関係がうまくいかず吃音症という問題を抱えていたことなど、さまざまな要因が絡まって溝口は金閣寺の放火を考えるようになります。金閣寺放火の際、理想の中での金閣寺と現実のむなしい金閣寺が一致し、彼は放火によって理想の中にしかないと思っていた金閣寺を現実で目にすることに成功します。

 こうした”現実を否定し理想を肯定する”という思想と行動が、エレンの地鳴らしと重なるところがあるのです。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし

 エレンは幼少期にアルミンから本で見せられた壁外の美しい世界にずっと憧れていました。壁の外には炎の湖や氷の大地、砂の雪原が広がっている……そんな理想像をエレンは頭の中で徐々に太らせていきます。その理想の世界には敵も人もおらずすべてがまっさらで平らで美しい景色だけが存在しているというイメージを強めていきます。そしてその世界と自由という概念を結び付けてとらえるようになります。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 実際、エレンがピンチに陥る場面でアルミンから教えられた理想の世界を思い浮かべるほど、エレンにとって絵本で知った美しい景色は求めるべきもので、戦う上での一番のモチベーションだったのだと推測されます。

 にも関わらず、壁外には美しい景色以外何もない理想の世界が広がっているかと期待していたら、そこにいたのはエルディア人を迫害する人々や、複雑で面倒な人間社会でした。エレンが小さな頃から期待していた理想とはまるで異なる現実が広がっていたと言えるでしょう。

 そんな現実に絶望したエレンは、それでも幼少期に見た理想を忘れられずその実現へと舵を切ることになります。その結果壁外の人類と共存する路線を考えるのではなく、人類や文明を踏みつぶすことで理想の景色(自由)を手に入れるという行動に至ります。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 エレンもまた金閣寺を燃やした僧侶と同じように、”現実の否定と理想の肯定”という思考回路を持っていたことが分かるでしょう。普通なら理想は理想、現実は現実と折り合いをつけていくものですが、エレンも溝口も現実より理想の方が重みを持ってしまっていて、現実に合わせて認識を変えるという発想を持ち合わせていません。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 幼少期から夢見た金閣寺、幼少期から夢見た壁外の平らな世界……彼らにとってそれ以上に重要なものなどなく、その実現のためにはどんな蛮行であっても決行するという思想を持っています。

 金閣寺の作中にも「この世界を変貌させるのは認識だ」と語る友人に対し、溝口は「世界を変貌させるのは行為なんだ」と反論しており、認識を変容させられず行動に移ってしまう様がエレンと良く似ています。

 また溝口は心の声で「私が本当に太陽へ顔を向けられるためには、世界が滅びなければならぬ」とも語っており、その点でも世界系的な思考を持つエレンとの親和性を感じざるを得ません。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 幼少期の夢に囚われている様は、始祖ユミルの世界でエレンが子供の姿に戻っている表現からも読み取れることです。地鳴らしを始めた時のエレンのモチベーションは、幼少期に夢見た美しい景色以外何もない世界を実現することでした。

 ゆえに世界を平らにし、人類を踏み殺していきながら、余計なものがなくってきれいになっていく世界を目の当たりにし、子供の姿のエレンは手を広げ「これが自由か」と心地良く語ったのだと思われます。世界が平らになっていく様は、まさに幼少期の夢が実現していく瞬間だったのです。大人の判断ではなく幼少期の夢をとったからこそ彼は子供の姿で現れたのかもしれません。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 上記の内容をベースにしたうえで「いや違う。俺は平らにしたかったんだ、この景色が見たかった」というセリフを改めて聞くと、エレンの言っていることが何となく理解できるかと思われます。ただ、エレンも初めから大虐殺を決めていたわけではなく、壁外に調査兵団の面々で視察&交渉へ向かった時は、現地の人々と触れ合い彼らを踏み殺すことに葛藤する様子が描かれています。現地の子供に「ごめんよ」と語り掛けながら涙する場面は、現実と理想のどちらを取るかで葛藤している姿と取ることもできるでしょう。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 実はこの点も金閣寺と通底する部分で、溝口も金閣寺を燃やす前に理想ではなく現実にコミットしようと試みています。しかし、いざ女性と関係を持つ機会が訪れても、その瞬間目の前に幻影として美しい金閣寺が現れてしまい、途端に目の前の出来事がかすんでどうでも良くなるという状態に陥ります。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 現実を受け入れようとしても金閣寺という究極の理想が勝ってしまうのです。これは壁外の現実を受け入れようとしながらも、理想の中の美しい世界が勝ってしまったエレンの心情に近いものがあると言えるでしょう。エレンは”自由の奴隷”と表現していますが、2人とも理想や夢の奴隷として生きざるを得なかった人間の業を抱えていたのかもしれません。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:完結したからこそ思う。少年ジャンプに断られたのは必然だった

 「進撃の巨人」が少年ジャンプへの持ち込みで断られた話は有名ですが、「進撃の巨人」を最後まで見るとある意味それは必然のことだったのかもしれません。というのもエレンは少年ジャンプをはじめ少年漫画の主人公が持つ要素をすべて持ち合わせながら、それらによってネガティブな結果が引き起こされているからです。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 エレンは特別な能力や夢、意志の強さ、諦めない心、進み続ける心、仲間を大事にする心を持っている人物です。これらの要素だけ抽出してみると、かなりポジティブな印象があるように思われます。実際少年ジャンプの主人公のほとんどは上記の要素を持っており、それらをポジティブに表現しています。

 海賊王になる夢を持つルフィも、火影になる夢を持つナルトも、諦めることは絶対にないし、特別な力を持ちながら意思が強く仲間を大事にします。これらの要素により誰かが救われたり、夢が達成されたりして、最終的にはポジティブで感動的な展開に行きつきます。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 また「進撃の巨人」の特性として”進み続ける”というものがありますが、それはまさしく少年漫画の主人公の特性そのものと言えます。少年ジャンプの主人公で進むことを辞めて夢を諦めるなんてことは基本的にあり得ませんから、エレンはその意味では非常に少年ジャンプ的なのです。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 しかし、エレンは少年ジャンプの主人公が持つ要素をすべて持ちながら、そのすべてがネガティブな方向へ傾いていきます。特別な力を持って自分の夢を胸に仲間を大事にしながら進み続けてきた結果、人類の8割を殺すという惨状に行きつきます

 少年ジャンプ的な要素を持ちながら、少年ジャンプ的な展開の真反対にたどり着くというエキセントリックな方法が取られているのです。つまり、進み続ければ、夢を掲げて諦めなければポジティブな結果を招く……という少年漫画の王道的な方法論へある意味反逆するようなやり方を取っていると言っても過言ではないでしょう。

「進撃の巨人 最終回」のレビュー・考察:”現実の否定と理想の肯定”によって起こされた地鳴らし 「進撃の巨人」(出典:Amazon

 もし諫山創氏が少年ジャンプへ持ち込む際、エレンが夢を掲げて進み続けてきた末に大虐殺に至るという構成が頭にあったのなら、かなり挑戦的で挑発的な行為だったと言えるかもしれません。それはさながら、”あなたたちのやり方でネガティブな結論に至ることもありますよ”というように。

 もちろん「デスノート」のような例外的・実験的なポジションで連載される可能性はありましたが、上記のような王道少年漫画からするとやはり「進撃の巨人」が少年ジャンプで連載されなかったのはある意味で納得のいく結果だったと言えるかもしれません。

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