“会社の要件定義”、できていますか?:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(18)
「ビジョン」や「経営理念」とは、従業員の具体的な行動に結び付けたときに初めて意味を持つ。“タテマエ”や“お題目”として、放置しておいてはいけない。
ウェイマネジメント――永続する企業になるための「企業理念」の作り方
リーマンショック以降、市場競争はいちだんと厳しさを増し、企業は常にスピーディかつ適切な判断を求められている。そのためには経営トップ以下、従業員全員が現状と目標を認識し、部門、個人がスムーズに連携して1つのゴールを目指せなければならない。「サッカーで例えれば、ボールを持った選手と周りの選手が瞬時に状況を判断して、いちいち声に出して指示をしなくともお互いの暗黙の了解で次のプレーの息が合うといったイメージだ」。
だが、これを実現するためには、「メンバーのものの考え方や行動の基準がそろっていること」が不可欠となる。では、そうした体制を築くためにはどうすれば良いのか?――そう問われると即座に「ビジョンやミッション、経営理念の確立、明確化が必要だ」と答えたくなるが、本書「ウェイマネジメント」では、「それだけでは足りない、あくまで具体的な“行動”につなげることが大切だ」として、「行動指針」=「ウェイ」が必要だと訴えるのである。
とはいえ、「ウェイ」とは「単なる行動マニュアル」のようなものではない。著者は「ウェイ」という言葉を、「経営理念と行動指針を包含したもの、あるいはこの両者のエッセンスを含みながら両者を接着剤のように結びつけるもの」「同時に、企業文化を強化し、従業員が適切な行動をとることを促進するもの」と定義している。ビジョンや経営理念があっても、次元が高すぎたり、抽象的すぎたりして“お題目”と化しているケースは少なくない。そこで、ビジョンや理念を“従業員の具体的な行動指針”のレベルにまで落とし込んだものが「ウェイ」であり、「あくまでも企業の理念やミッション、社会への提供価値とつながっている」ものなのだ。
本書は、そうした「ウェイ」を確立するための方法論を解説した作品であり、「誰がウェイを作るか」「どのように着手するか」などのトピックを用意し、有名企業のケーススタディを用いながら極めて具体的に紹介している。
そうした中でも印象的なのは、「ウェイ」を確立する際の「言葉」の扱い方だ。例えば、ウェイを作成する過程において、作成メンバー間で正確に理解し合えないまま言葉に落とし込んでも、それは「実は魂の宿っていない言葉遊び」になりがちだ。そこで本書では、「具体的に言うと」「例えばの例を挙げると」「小さく分解すると」「事実に基づいて正確に言うと」「この話に名前を付けると」という5つのキーワードにフォーカス。ウェイ作成時の議論ではこれらを「何度も繰り返して」使い、あいまいさを徹底的に排除せよと指摘しているのだ。言ってみれば、ウェイ作成のポイントとは、ITシステムの要件定義の際に配慮すべきポイントと同様なのである。
また、ウェイを作っても定着させるのは難しい。「ウェイとして示された内容が、なぜそうなっているのかが分からない」ほか、人は「自分が考えて言葉にしたものではないというだけで、違和感を感じることが多い」ためだ。そこで本書は2つのポイントを紹介するのだが、この辺りもITシステムの導入のポイントと重なるものがあり、非常に興味深く読める。
1つ目のポイントは「理のアプローチ」である。社の事業特性や現状、今後の環境変化など、ウェイ作成時の議論を再現し「なぜウェイがこの文言になっているのか」、その作成過程を従業員に「追体験」してもらうのだという。これによって、社の現状認識と危機感を共有し、ウェイを実践すると「ビジネスに勝てる」ということを理解してもらうのである。もう1つは「情のアプローチ」だ。業務に関する「エピソードを語り合」うことで、「1人1人の大切にしている価値観を言語化し、そこに共通するイメージを抽出する」。すると(策定したウェイが正しいものであれば)「ウェイでうたわれている内容との共通点が自然と見えてくる」。そのときにウェイが「もともと自分の中にあったものとして」認識され、「違和感が共感に変わる」のだという。
こうしたウェイの好事例として、本書はグーグルのケースを紹介する。同社では「Googleの理念」として、「遅いより速い方がいい」「すばらしい、では足りない」など「10の事実」をうたっている。これについて著者は、「行動規範」や「指針」は会社の“期待”に過ぎないが、「事実」とは、事業を展開する中で、まさしく“勝つ要因”となってきたものであり、「規範」「指針」とは説得力が違う、と解説する。また、「すばらしい、では足りない」という事実を掲げていることは、「社会に対するコミットメントを示し、高い挑戦心を持つ人々を引き付ける」と説く。すなわちグーグルでは、全従業員が「具体的事実」によって社の方向性、果たすべき機能を理解・共有し、また、それに共感する人材のみが集まっているとも言え、加えてそのこと自体が社会で人を引き付ける要因にもなっており、まさしく「ウェイ」の概念を体現している、というのである。
このように説かれると、ビジョンやミッション、経営理念といったものに対するイメージが覆されるように感じる人も多いのではないだろうか。それらは決して“ お題目”などではなく、言ってみれば“社会的ニーズに対するソリューション”を示した“会社というシステム”の要件定義書のタイトルのようなものなのだ。そして、それを“ お題目”にとどめないためには、そのタイトルを基に「自社は何のために機能し、各部門、個人は何のために、どのように働き、どのような成果を上げるのか」を具体化した「ウェイ」――すなわち“自社の機能要件”を明確に定義することが求められるのである。
一見、遠回りに思えるかもしれないが、ぜひ自社の理念をあらためて見直してみてはいかがだろう。自社の方向性と機能要件を確認し直せば、いま抱えている課題の多くは、おのずと解決できてしまうものなのかもしれない。
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