労働環境を嘆くより、まずプログラミングを楽しもう:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(37)
何かと閉塞した状況にある現代社会。こうした時代を豊かに生きるためには、いったい何が必要なのだろうか?
新IT時代への提言 2011 ソーシャル社会が日本を変える
リーマンショック以降、日本経済は低迷している。貧困や格差の問題も深刻化した。だが、必ずしも不幸というわけでもない。特に若年層は、豊富な無料コンテンツや、Twitter、フェイスブックなどのソーシャルメディア、スマートフォンなどを使いこなし、「ビンボーハッピー」とでもいうべき“消費はしないが豊かな生活”を送っている人も少なくない。昨今の経済環境、地球環境を考えると、彼らの方が「時代に適応した賢い日本人なのではないだろうか」――。
本書「ソーシャル社会が日本を変える」は、こうした見解に基づき、経済と消費が行き詰まりを見せているいま、「豊かに人間らしい生活を送るためには何が必要なのか」について、セールスフォース・ドットコム代表取締役社長の宇陀栄次氏、ヤフー代表取締役社長の井上雅博氏、実業家の堀江貴文氏など、多方面の識者に提言を求めた作品である。それも、ただ漠然と「豊かさ」について聞くのではなく、社会につながりを求める「ソーシャル」という概念と、それを支えるICT(情報通信技術)を軸に、人材、コンテンツ、マーケティング、社会インフラといったさまざまな切り口から意見を募っている点が特徴だ。
もちろん「豊かに人間らしい生活を送るためには何が必要か」について、自分なりの意見を持っている人は多いことだろう。だが、ここに収められた専門家らの意見は、その考えを確認したり、発展させたりする上で、あらゆる気付きを与えてくれるはずだ。
例えば、SEやプログラマならまず目を引かれるであろう、まつもとゆきひろ氏の提言、「プログラマーの地位向上が社会を変える力になる」を少し紹介してみよう。
氏はこの中で「社会におけるあらゆる活動はコンピューターなくして存続し得ないと言っていいだろう。しかしコンピューターもソフトウェアがなければただの箱だ」として、現代社会におけるプログラマという職業の重要性を強く訴える。だが周知の通り、IT業界全体が「劣悪な労働環境と見なされて人気が激減している」。氏はこれに対して、まず「プログラミングの楽しさを思い出そう」と主張するのだ。
特に注目したいのは、IT業界の労働環境と人気低下の問題について、「社会がソフトウェア開発を軽視している」ことよりも、むしろ、多くの人が「他に仕事がないからプログラマーにでもなるか」と、「ネガティブな動機でソフトウェア開発者という職業を選択している傾向」の方を重く見ている点だ。
氏は子供のころからプログラミングが好きで、プログラマを続けてきたのも、Rubyを開発したのも、「プログラミングに魅せられてきたゆえだ」と主張する。つまり、SEやプログラマの社会的認知度は確かに低いが、だからといってネガティブな気持ちで取り組んでいるだけは、停滞した状況は何も改善されない。 そのように周りに期待できない時代だからこそ、開発関係者には「好きこそものの上手なれ」という姿勢が大切なのではないか、そしてこれはIT業界に限らず「あらゆるスキルに共通の原則」なのではないかと指摘するのである。
一方、まつもと氏の提言に続いて収められているエターナル・テクノロジーズ社長、竹田孝治氏の「日本人エンジニアは印・中のマインドをまねろ」も印象的だ。例えば、インド人は「カースト制度という細分化した職業制度」の影響もあろうが、彼らは一つの職業・職種にこだわり、「一生、Javaのプログラマーでいたい」という人も多いという。一方、中国人は、貧困な家庭環境ゆえ、「プログラマーになれば人も羨む生活ができる」と、まず生活基盤の確保を職業選択の第一義に置いている。だが、それでも多くの人が「いずれは自分で会社をつくりたいと考えている」という。
竹田氏がここから導き出すのは、それぞれプログラマになる目的、経緯は違うが、「どちらの国の若者も、目的意識が強い」という共通点だ。「進み方は違っても、自分のゴールに対して必死である」として、日本人に欠けているのは、このチャレンジ精神なのではないかと訴えるのである。
さて、いかかだろうか。SEやプログラマという職業に対する社会的認知度の向上や待遇改善は、以前から叫ばれてきたテーマであるし、“豊かな”職業人生を歩む上で必須のことにも思える。だが、これに対して両者が示す見解は「自ら楽しむ」「目的意識を持つ」とシンプルそのものだ。これに肩透かしを食らったような気がする向きもあろうが、本書が冒頭で示す、現代社会を豊かに生きている人たちのポイント「ビンボーハッピー」と考え合わせると、これらはいまを生き抜く上で最も重要なスタンスなのではないかと気付かされる。
というのも、「ビンボーハッピー」な人たちに共通するのは、ある種の自主性である。特にソーシャルメディアなどは、ただ与えられるだけで満足できるものではない。自分から働き掛けて、初めて応えてくれるものである。その代わり、こちらから楽しみを求めてあれこれとアプローチすれば、楽しみの可能性は大きく広がっていく――何かと閉塞した状況にある現代社会を豊かに生きるために必要なことも、これと同じだということなのではないだろうか。
つまり、「仕事であれ、趣味であれ、環境から与えられるのを待っていてはいけない。そもそも豊かさとは、自分から楽しみを求めて働き掛けてこそ享受できるものだし、そうしてこそ環境にも好影響を与えられる。これが周囲につながりを求める『ソーシャル』という概念のキモであり、ICTを発展させるカギでもある」――そうした、ある種の“真理”を主張しているように思うのだが、いかがだろうか。
いささか大きく受け止め過ぎかもしれない。だがこのように、あらゆる思索の種を与えてくれる点が本書の魅力だ。何かと空しさが付きまといがちな現代社会を豊かに生きるために、ぜひ識者らと議論するつもりで、自らの人生観、仕事観を深めてみてはいかがだろうか。
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