スマートデバイスの企業導入、最大の注意点:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(44)
ここ数年で急速に浸透したスマートデバイス。その利便性から、ビジネスシーンでの活用を考える企業も大幅に増えている。だが、その導入以前に、一番大切なことを考えるのを忘れてはいませんか?
スマートデバイスが生む商機
見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ
iPhone、iPad、Androidといったスマートデバイスの企業導入が加速している。カレンダーやアドレス帳などの情報管理ツールが充実しているほか、インターネットに常時接続しているため、いつでも必要な情報にアクセスできる。さらにはエバーノートなどクラウド上の情報整理サービスもある。こうした「場所の制約を受けずにネットにアクセスし、情報のやり取りを行える」点が業務効率化に役立つとして、今、多くの企業がその可能性に注目しているのである。
ただ、「個人での使いこなし方」については情報が溢れているが、「自社の業務にどう活用していくか」「組織活動にどう組み込んでいくか」についての情報はまだ少ない。その点、本書「スマートデバイスが生む商機」は、多くの企業にとって、本格導入に向けた一つの道標となってくれるのではないだろうか。特にありがたいのは、事例を中心に構成している点だ。著者であるジャーナリストのまつもとあつし氏がユーザー企業との対談を通じて、「“具体的に”何ができるのか」「どう使われているのか」「何が注意点なのか」を分かりやすく引き出してくれているのである。
その中からいくつかを簡単に紹介すると、まず、多くの企業に対して“ワークスタイルの変革”の一つの在り方を示してくれるのがソフトバンクテレコムの事例だ。同社では「いつでも・どこでも・どのスクリーンからでも業務可能に」をコンセプトとする「ホワイトワークスタイル」を実践している。
そのポイントとなっているのがデスクトップ仮想化だ。通常のシンクライアントの場合、使う端末が変わると「メールソフトやブラウザーの環境、保存されているファイルなどが変わってしまう」ため、常に同じ端末を使う必要がある。しかしデスクトップ仮想化の場合は「CPU、メモリ、ハードディスク容量、OSといったデスクトップ環境を(まるごと)仮想デスクトップとして」データセンターのサーバ上に置く。これにより、端末に依存することなく、「いつでも・どこでも・どのスクリーンからでも」、最適なデバイスを選んでアクセスし、オフィスにいるときと同じように仕事ができるのである。
同社では、これにより社員1人月4万3000円のコスト削減を果たしたという。デスクトップ仮想化は在宅勤務の観点からも注目されているが、本書で紹介される具体的な使い方と効用は、多くの企業にとって格好の導入のヒントになるのではないだろうか。
“スマートデバイスとソーシャルメディアの相性の良さ”に着目した、セールスフォース・ドットコムのクラウド型企業内コミュニケーションツール、「Chatter.com」の事例も興味深い。これは2011年1月から無料公開しているツールで、スマートデバイスやPCから「いつでもどこでも」自分のコメントを発信できるというものだ。これにより、立場や部門を越えたコミュニケーションの活性化が狙えるという。
ポイントは「Chatter.com」がクラウドサービスであり、同社の「Salesforce CRM」などと連携できる点だ。例えば、「Salesforce CRMとChatterを利用している企業がサービスにログインすると、まるでTwitterのタイムラインのようにChatterが表示される」。加えて「Salesforce CRMに登録されている商談・取引先もフォローできる」点が特徴で、例えば「ある取引先をフォローすれば、社内の誰かが訪問した情報や、提出したプレゼン資料・見積もり書などのファイルをリアルタイムに共有できる」のだという。このケースは、スマートデバイスが効率化だけではなく、“収益向上の武器”としても役立つ好事例と言えるだろう。
ただ、このように華やかな事例が並ぶ中、本書で最も印象的なのは、冒頭に配されたインタビュー記事における「スマートデバイスがすべてを置き換えるわけではない」という、慶應義塾大学大学院 特別招聘教授 夏野剛氏のひと言である。
氏自身もiPadを使っているが、原稿などを入力するときは「iPadでは効率が悪い」ため、iPadはスケジュール管理や資料検索・閲覧用途に特化し、「ワープロや表計算ソフトなどはまったく入れていない」という。氏はこうした自身の使い方や、企業における活用パターンを俯瞰(ふかん)して、「無理して何にでも使おう」というのは誤りであり、パソコンや携帯電話など既存の端末で「やりにくかったことを任せればよい」と指摘するのである。
とはいえ、 単純に「パソコンや携帯電話とは別のことをやる」だけでは大きな効果は期待できない。よって、「どのようなビジョンに基づいて、どのような仕組みを用意するか」が最も重要だと指摘するのだ。さらには、生産性向上も「スマートデバイスの力の問題というより、企業のビジョンの持ち方、仕組み作りの問題」であり、全社導入にしても「無理して強制しないことだ」とアドバイスしているのである。
周囲の評判やブームに踊らされて、肝心の「目的」を考えることなく導入して失敗する――スマートデバイスの導入も、「できること」ばかりに目を奪われていると、ITシステムや経営ノウハウにおける“いつもの失敗パターン”が待ち受けているのだ。その点、本書の事例には「何ができるのか」とともに、「どうして導入したのか」という“背景”も収められている。その点にこそ注目して、「自社の業務効率向上には何が必要なのか」「何がしたいのか」から考えてみてはいかがだろうか。
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