「想定外」は、単なるお粗末な言い訳:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(60)
自然災害に限らず、われわれの日常にはあらゆるリスクが存在する。それらに対して備えることもできたのに、問題が起こった際に「想定外」では、いくらなんでもお粗末過ぎるのではないだろうか。
「想定外」を想定せよ!―失敗学からの提言
東日本大震災では多くの人命が奪われた。これに対して行政や専門家らは、「想定外の地震と津波に襲われたため、被害が拡大した」との見解を示した。「しかし私にはこの『想定外』という言葉が、『想定の範囲を超える自然災害だったのだから、仕方がない』という責任逃れのための免罪符として使われているように感じられてなりません」――
本書「想定外を想定せよ」は、起きてしまった失敗をポジティブに生かすための学問、「失敗学」を創出した東京大学名誉教授、畑村洋太郎氏が、今回の地震・津波による「甚大な人命被害は本当に防げなかったのか」「そもそも想定外とはどんなことを指すのか」を分析した作品である。氏は2002年に特定非営利活動法人「失敗学会」を立ち上げ、2011年6月からは東京電力福島原子力発電所の事故調査・検証委員会委員長も務めている。本書では、そうした氏の研究と知見をベースに「災害への対応の根本的な欠陥とは何だったのか」を分析、過去のあらゆる事故や失敗事例から、事故防止に役立つ数多くの教訓や示唆を導き出しているのである。
印象的なのは、近年すっかり耳慣れてしまった「想定」「想定外」という言葉の定義からあらためて確認している点だ。
まず「想定」とは、それにかかわるメンバーや費用制限など、「さまざまな制約条件を加味した上で、(考えるための)境界を設定すること」を指す。企業・組織はこの「想定」を日常的に行っている。例えば電化製品や自動車など、メーカーが何らかの製品を作る際、企業はユーザーの安全性を考慮して、まず「一般的な製品の使われ方」を考える。その上で、「多くの消費者使い方を『1』だとすると、企業は安全性を考慮して『3』くらいまでを考えて、それでも壊れないように」作る。さらに、落下させる、直射日光に当てるなどの「いじわるテスト」を行い、「3」を超える範囲についてもある程度まで安全を確保できるよう努めている。
だが著者はここまで述べた上で、「重要なことは、想定とは何かの根拠があって設定されるものではないということだ」と指摘するのだ。「『想定の使われ方』といったところで、市場調査や実験などから導き出された『相対的に多数の人が使う使い方』でしかない」――すなわち、「想定は物を作る人が勝手に決めたもの」であり、その範囲を超えた領域である『想定外』は、どれほど安全を突き詰めて考えたところで、「起こるときには起こる」。よって、想定内のことを考えるだけでは不十分であり、「想定外に対する意識を持つことが事故や失敗を防ぐ鍵だ」と説くのだ。
ただ、想定外という言葉がメディアなどで盛んに使われてきた今、すでに以上のような認識を持っている人も多いことだろう。だが著者は、「想定には人間の心理が反映される」と指摘。「人間は、『見たくないものは見えない』し、『考えたくないことは考えない』」。よって、「想定は往々にして甘くなりがち」であり、「想定外のことが起こり得るという発想すら欠落してしまいがち」だとして、“頭で理解している”向きにも警鐘を鳴らすのである。そして「想定外を想像する」ことは不可欠であり、そもそも「想定外だったので準備ができていなくても仕方なかったという開き直りは、あまりにもお粗末な言い訳でしかない」と切り捨てるのだ。
では「想定外」の事態を想像した上で、それに備えるためには具体的にはどうすれば良いのだろう? これについて、本書は多数の教訓を紹介しているのだが、ここでは中でも印象的なものを3つ紹介しよう。1つは「想定外にはハードとソフトで備える」こと。例えば、防波堤を例にとれば、「防波堤を超える津波のことを考慮して高台への逃げ道を確保しておく」ことがハードの備え、「津波が来たら逃げる」「堤防の水門を閉じる」といった「人間の知識・知恵に訴える」備えや、その平時における訓練がソフトの取り組みとなる。これらをセットで考え、用意しておくことが、いざというときに確実に効くという。
2つ目は「責任追及ではなく原因究明を目的に失敗を見つめ、再発防止につなげること」。 事故や失敗が起きたとき、「誰の責任か」ということばかりに目が向かいがちだが、原因を究明しなければ「失敗から学び、真の科学的理解を得ることはできない」。失敗原因を突き止め、確実に次の対策につなげていく姿勢が重要なのだ。
そして3つ目は、機械やシステムの安全性を担保する上では、「安全を守る機能」によって安全性を確保する「制御安全」よりも、安全を守る機能が作動しなくても危険を及ぼさないよう設計する「本質安全」を優先すべき、ということ。以前、子供がはさまれて死亡した回転ドアの事故を例に取れば、「センサを取り付けて回転を止める」のが制御安全、「重さを軽くして、ゆっくり動かす」のが本質安全となる。
さて、いかがだろう。もちろん本書は防災対策について解説した作品である。だが、このようにポイントを俯瞰してみると、これらはリスクマネジメントそのものであり、自然災害に限らず、適用範囲が非常に広いことに気付く向きも多いのではないだろうか。
例えば、ITシステムの開発プロジェクトや日々の運用管理でも「想定外」のことが起こりがちではないだろうか。何か問題が起きた際、原因究明より犯人追及に目が向かいがちな傾向も強いのではないだろうか。自社システムを開発する際、コストや納期の問題に追われ、要件を実現するための機能を「本質」的に担保せず、「制御」に頼り過ぎていたりはしないだろうか。そして何より、導入や開発、運用管理で何か問題が起こった際に、「想定外」という言葉を都合よく使っていたりはしないだろうか?――言わば、本書は災害対策についての作品でありながら、畑村氏の“リスクを見つめる視点そのもの”が、自然災害に限らず、われわれがあらゆるリスクを回避するための気付きを与えてくれる仕上がりとなっているのである。
「災害対策」や「BCP」といった言葉も「想定外」と同様、多く使われ過ぎたために、言葉の中身がやや形骸化している印象が強い。今、あなたは本当に自社や自分のビジネスのリスクを捉えられているか、見たくないものを避けていないか、本書を片手にあらためて振り返ってみてはいかがだろうか。
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