“当たり前”を覆すチャンスはまだまだ埋まっている:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(73)
テクノロジは「当たり前」のことを覆し、各方面に多大なインパクトを与える力を秘めている。
2015年の電子書籍
「印刷技術におけるイノベーションは、紙の本の表現力を劇的に向上させてきた。しかしながら、紙に印刷されたものが本の形で提供され、それを読者が読むという意味では何も変化がなかった。電子書籍の登場により書籍の提供形態そのものが変化し、読者の読むという行動にも大きな変化か起こる可能性がある」――
本書「2015年の電子書籍」は、国内でも着実に拡大しつつある電子書籍市場の今後を占った作品である。国内の電子書籍市場は「2006年から2007年にかけてソニー、アマゾンが米国で電子書籍専用端末を市場投入し、数十万台の販売台数を達成した」ことをきっかけに急激に拡大。2007年度は283億円だったが、2009年度には実に513億円を記録している。
この推進力となったのはアマゾンの書籍専用端末、キンドルと、書籍の豊富なラインナップだ。アマゾンでは「端末販売時から、ベストセラーを含む8万8000タイトルもの書籍、および『ニューヨーク・タイムズ』などの大手全国紙といった豊富なコンテンツを用意した。ソニーも2006年の9月にソニー・リーダーを発売する際には1万もの書籍を準備した。また、コンテンツの価格が安価である点も人気の一因」になったのだという。
また、日本の電子書籍市場はコミックや小説など、小さなスクリーンでも読みやすい携帯電話向けコンテンツを中心に伸びてきたが、コンテンツの特性からユーザーはおのずと「10代を中心とした層に限られていた」。
よって「紙の書籍ビジネスに対する影響は軽微」だったのだが、キンドルなどの電子書籍端末によって「画面の小ささなどの制約」はなくなった。つまり、電子書籍端末を用いた読書は「紙の本を使った読書に近づいて」いる点で、「電子書籍による紙の本の販売の侵食」が着実に進んでいるのである。
本書では、こうした状況が出版社に正と負、両面のインパクトを与えると分析している。例えば、在庫リスクがなくなり、絶版という概念もなくなる。リアル書店にはスペースの問題で置いておけないような年間数冊しか売れない本からも収益が得られる。しかし、「電子書籍化は出版にあたっての損益分岐点の低下をもたらし、新刊数の増大につながる」分、粗製乱造につながる恐れもある。
また、出版社が「独自に電子書籍サイトを作る」場合、自社でプロモーションを行う必要が生じる。そうなればSEOやレコメンデーション、ソーシャルメディアなどを使った従来とは異なるプロモーションも必要になってくる。さらに、電子書籍化が本格化するにつれて書籍化のハードルが下がる分、コンテンツ面でも「高いスキルを持つアマチュアの参入が進み、プロとの競争が激化する」など、さまざまなインパクトがもたらされると説くのである。
さて、本書ではこのように電子書籍化がもたらす多方面への影響を詳細に分析している。ただ、そうしたトレンドを通じてあらためて実感するのは、テクノロジが現実社会にもたらすインパクトの大きさである。グーテンベルクによって発明された活版印刷術によって、旧約・新約聖書が1544年に初めて印刷されて以降、印刷技術の発展によって書籍は一部の特権階級から大衆へと広がっていった。しかし「紙に印刷をする」という点では変化がなかった。
その点、電子書籍は書籍の「物理的な提供形態」を変えた。これにより、書籍市場の在り方から関連市場のビジネスモデル、コンテンツやコンテンツ作成者の在り方までも変わろうとしている。いわば“当たり前”だったことを見直し、テクノロジを活用することで「印刷術の発明以来の革命的な出来事」を起こすことに成功したのである。
そして“当たり前”といえば、企業の世界にも長い間、疑いを抱かれることなく“当たり前”のままであり続けてきた業務や課題は数多く存在する。つまり、電子書籍化と同様に、大きなインパクトを持つ何らかの変革をエンタープライズの世界で起こせる可能性はまだまだ埋まっているし、1つのテクノロジが新たなビジネスチャンスを呼び寄せる可能性もある。本書はあくまで電子書籍化について分析した作品だが、「テクノロジが各業界にもたらす変革」という視点で読んでみると、自社のIT戦略を考える上でもさまざまな視点やヒントが得られるのではないだろうか。
- 人はなぜ不正を働くのか?
- なぜIKEAは世界中で支持されるのか
- 今こそ「メディア」を考える
- 部下を信じ、尊敬する
- ご機嫌取りになれ
- “暗い未来”に漫然と向かわないために
- 1つの行動が社会を変革する
- あなたには確固たる「ミッション」があるか?
- 「会社に行きたくない」人ほど会社に依存している
- 失敗の2大パターンは“精神論とお役所仕事”
- コミュニケーションは、ツールではなく人が行うもの
- 社員が疲弊している会社は、経営層とITに問題あり
- ロジカルシンキングで成果が出ない訳
- 手段ばかりを求めていると、結果は出せない
- 「技術へのこだわり」という日本企業の根深い病
- 日本軍とまったく同じ、日本企業の“敗戦理由”
- “技術だけ”では、開発プロジェクトは失敗する
- 断捨離で、業務とシステムはもっと快適になる
- 仕事でモメたくない人のための教科書
- その油断と慢心が“炎上”を招く
- 本当は怖いフェイスブック
- 組織も自分もダメにする「自分大好き」という病
- 災害対策、コスト削減、システム改善は全て同じ問題
- あなたなら、自社システムをどう攻撃する?
- “想定外”から1年、見て見ぬふりはしていませんか?
- ナイトライダーも示唆する人とシステムのあるべき関係
- アップルが成功し、ソニーが失敗した理由
- 貴社のビジネス、ITシステムに“マインド”はあるか?
- 何のために働くのか? その回答はシンプルそのものだ
- 事故を起こす企業の特徴は、「責任者が不明」
- スマホ導入は、セキュリティポリシー設定がキモ
- 失敗は、「簡単なこと」「当たり前のこと」で起こる
- ITがどれほど進展しても、経営の基本は変わらない
- コピペやお絵かきが得意な人は“中毒”の疑いあり
- 情報は、人間関係があって初めて有効に活用できる
- “顧客”や“ユーザー”との関係作りを見直そう
- システム導入・浸透のポイントは“楽しさ”にあり
- “当たり前”を覆すチャンスはまだまだ埋まっている
- ソーシャルメディア・リテラシが収益を左右する
- 技術者はアーティストであり、製造業者ではない
- 分析するのは「ツール」ではなく「人」である
- ブランドは、消耗品である
- 当然のことを当然にこなすための指南書
- リスクを知っていてこそ、スマホは使いこなせる
- 個人でも企業でも、“ナンパ野郎”はウザいだけ
- 「見える化」だけでは、ビジネスは進まない
- 2ちゃん、ニコ動、外務省。次の標的は貴社のサイト!?
- あなたの会社は「突然死」の危機にさらされている
- BCPは、業務部門と情シスが連携して初めて成功する
- 仕事や人生、そして復興にも、秘策はない
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.