仕事でモメたくない人のための教科書:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(97)
自分の都合ばかりに目を向けてしまったり、必要なものは「後で何とかなる」とソロバン勘定を軽視したりすれば、決して物事はうまく進まない。
武器としての交渉思考
「そもそもビジネスというものは、自分の会社の外部にいる人や企業と折衝し、交渉して、合意を結ぶことの繰り返しです」。「だから、会社で働くこと=交渉を行うこと、といっても過言ではありません」。「さらに言えば、私は『今後、付加価値を持つビジネスはすべて交渉をともなうものになる』と考えています」。Eコマースのアマゾンの例のように、「人間の頭脳や手作業を必要としない工程は、ほぼすべて機械に置き換わっていくことは間違いないと言えるでしょう。しかし、いまのところ、どんな高性能のコンピュータでも代替できない仕事があります。それこそが交渉です」――。
本書「武器としての交渉思考」は、京都大学 客員准教授の瀧本哲史氏が担当している人気講義「交渉の授業」を書籍化した作品である。高い能力や志を持っていても、「世の中を動かすためには自分ひとりの力ではとても足りない。ともに戦う仲間を探し出し、連携して、大きな流れを生み出していかなければならない。そこで必要となるのが、相手と自分、お互いの利害を分析し、調整することで合意を目指す交渉の考え方」だとして、ビジネスに限らず、社会で生きていく上で不可欠となる交渉の考え方、ノウハウを具体的に解説している。
印象的なのは、交渉を行うための大前提として、まず「ロマンとソロバン」の両方を重視する姿勢が大切だと説いている点だ。「ロマンとは、人が抱く夢やビジョン」であり、「ソロバンとは、ロマンを達成するために必要となる手間や労力、時間や金銭のこと」を指す。そして交渉とは、この「ロマンとソロバンを結び付ける」ための作業であるわけだが、意外にもこのロマンとソロバンの両方を重視するという前提を実現できていない「ダメ会社やダメNPO」が多いという。
例えば、ロマンだけが先行した結果、「やがて資金に行き詰まり、メンバーの『やる気搾取状態』となって、いつの間にか形骸化していくNPO団体」。「突っ走ってみたけれど、やってみた結果は赤字が残っただけでまったく何の意味もなかった、という企業の新規事業プロジェクト」などだ。逆に、ソロバンだけを重視するのも問題があるという。例えば「短期的な利益だけを追いかけて、目先の仕事をこなすことに忙殺され、『いったい自分たちはなんのために起業したのか』と目的を見失う」企業は非常に多い。
著者は以上のような例を挙げて、「面白いことをやっていれば、お金は後からついてくるというセリフをよく聞くが、そういう人は「他人のソロバンを軽視している」と説く。特にビジネスでは、顧客はメリットがなければ対価を支払ってはくれない。その点、ロマンとともにソロバンを重視する姿勢があれば、他人のソロバンも尊重でき、相手と自分の「ロマンとメリット」を推し量りながら適切に交渉できる。だが、ロマンとソロバンという“基礎”がなければ、まっとうな交渉はそもそも成立しないというわけだ。
特にロマンだけに偏っている場合は、他人のソロバン勘定に有利に利用されてしまいかねない。例えば、「『若者よ、夢を持とう!』的な」言葉でロマンあふれる若者を集め、安い給料でこき使っているケースも多いが、そうした場合、実は「裏で冷徹な」ソロバン勘定が働いているのかもしれない。
著者は、本書の前半で、以上のような「交渉に当たる際の基本スタンス」の重要性をじっくりと説いた上で、「自分の望みを主張するのではなく、相手の利害に焦点を当て、その上で自分もメリットを得られるようにする」「目の前の交渉相手と合意する以外の選択肢を多く用意しておき、その中で自分にとって最もメリットの大きい選択肢を持って交渉に臨む」「ウィンウィン(Win-Win)は当たり前。大切なのは『どれぐらいウィンか?』を把握すること」「『自分は代理人』と思うことで、心理的なハードルを下げる」「相手にとっては価値が高いが、自分にとっては価値が低い条件を譲歩の対象とする」など、交渉を有利に運ぶための鉄則を、あらゆる事例を用いながら分かりやすく解説している。
著者も述べているが、ビジネスにおいて、自分1人だけで完結する仕事はほとんどない。常に他者の利害が絡んでいる以上、仕事を円滑に進めるためには、自分の都合ばかりに目を向けてしまったり、必要なものは「後で何とかなる」とソロバンを軽視したりすれば、決して物事はうまく進まない。言われてみれば当たり前のようなことでも、実際に実践できている人は少ないのではないだろうか。特にIT部門のスタッフにとっては、毎日がエンドユーザーや各部門との交渉・調整と言える。本書を読んで、自身の交渉スタイルを見直してみると、難航しているその交渉にも出口が見えてくるのではないだろうか。
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