“技術だけ”では、開発プロジェクトは失敗する:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(99)
システム開発は、「人と人との強い結び付き」と、開発に向ける「思いの強さ」「やり抜く姿勢」が成功の大前提となる。
挑む力〜世界一を獲った富士通の流儀
呉医療センターの医療情報システム全面刷新の案件には、複数の競合ベンダが入札していた。当初は劣勢だったが、最終的に落札できたのは、プロジェクトを担当した富士通中国システムズ(2010年当時)の甲野義久が、「足繁く呉医療センターに通い、医師と向き合い、丹念にヒアリングを」行った結果だった。途中からプロジェクトに参加した富士通 ヘルスケアソリューション事業本部の山岡弘明は語る。「仮想化とかクラウドとかいう言葉は、どうしても一人歩きしがちです。でも実際には、そういった技術は手段であって、それをやることそのものが目的じゃないんです」「技術中心に考えるとそこが逆転してしまうこともありますが、あくまでも診療のシステムをこう作りますと提案できたのが大きいと思います」――。
本書「挑む力〜世界一を獲った富士通の流儀」は、スーパーコンピュータ「京」や、株式売買システム「アローヘッド」、「すばる望遠鏡」など、数々の大規模プロジェクトを手掛けてきた富士通に注目し、各プロジェクトのリーダーらに“プロジェクトの内幕”を聞いた作品である。彼らは「次々と難題が持ち上がる」中で、「どのような意思を持ち、どのように行動したのか」、リーダーたちの「生の言葉」を基に、“困難なプロジェクトを成し遂げるためのポイント”をあらゆる角度から浮き彫りにしている。
冒頭は、独立行政法人国立病院機構 呉医療センターが、仮想化技術によって「利用端末となるシンクライアント上で、新しい電子カルテシステムと情報系システムの両方を使えるようにした」プロジェクトだ。セキュリティを確実に担保しながら、「院内のさまざまな場所から、電子カルテのデータベースにアクセスできるよう」、日本初の「シンクライアントとICカードを用いたシングルサインオンの次世代カルテシステム」を完成させた。この実現を全面的に支えたのが、「甲野がヒアリングを繰り返して作成」し、ユーザーの意見や要望を真摯にくみ取って作った「仕様書」だったのだという。
本エピソードには、そうした甲野氏と山岡氏の、経験からしか汲み取れない教訓が豊富に収められている。例えば、「したいことを具体的に言っていただければ、システムで実現できるんですけれども、初めから明確なゴールを示せる人は、病院の中にはいない」。そこで、まずは要件を聞き出したうえで、「『データを循環したいというのは分かります。では、どこのデータを、どう循環して、どこにはめ込んでいきますか、どう活用しますか』。これを聞き出して形にすることに、一番時間を」使った。
「医師は医師、看護師は看護師、検査技師は検査技師、それぞれのエリアのスペシャリストなので、視点が違う」。「そこを束ねて、みんなのメリットになる部分はやる、我慢してもらうところは我慢してもらう」「何度も何度も絵を見せて、あとから出てきそうな追加のリクエストを、できるだけ早めに言ってもらう。それに3カ月をかけて、システム全体を設計した」。
言葉にしてしまえばシステム開発の基礎であり、鉄則に他ならない。だが実際にやるとなると、こうした作業がいかに難しく、苦労を伴うものか、システム開発に携わる人なら大いに共感できるのではないだろうか。また、甲野氏は分からないことがあると、山岡氏やチームメンバーに教えを乞うたが、山岡氏は質問に丁寧に答える一方で、自分が直接出向いて説明することはしなかった。「お客さんは、富士通という会社を見ているけど、(直接的には、プロジェクトの担当である)甲野さんを見ているわけです。僕が行って『こうですよ』と言えば、それで理解はしてもらえるかもしれないけど、でも甲野さんから説明をしないと、納得はしてもらえないと思うんですよね」。
地道な作業と、ユーザーの視点に立った気配りからしか得られない信頼関係は、ある意味、テクノロジや開発スキル以上に重要なのだろう。システムが稼働した2011年の暮れ、甲野氏が呉医療センターの忘年会に参加した折、「忘年会につきものの、一年間を振り返ってのカジュアルな表彰」が行われた。「賞の中には、情報システムに関するものもあった」が、「受賞したのはやはりセンターの職員」だった。だが、それを見ていた「富士通との窓口を担っていた医師は、いつにない剣幕で怒鳴り出した」という。「なぜ富士通を、甲野さんを、檀上に上げないんだ」と――。
システム開発ではスキルや効率が強く求められる。だが、それだけではプロジェクトは進まない。「人と人との強い結び付き、言い換えれば絆」と、開発に向ける「思いの強さ」「やり抜く姿勢」が成功の前提となる。解説において、一橋大学 名誉教授の野中郁次郎氏は「イノベーションは帰納法で生まれる」と説く。「実践知は身体的経験で身に付くものであり、机上の学習のみによって習得できるものではない。現場での持続的な努力を積み重ねて普遍性を見つけ、新たな関係性を構築していく中からイノベーションが生まれる」――本書に収められたリアルなストーリー群から、マニュアルなどでは得られない、開発成功の真のポイントを学んでみてはいかがだろうか。
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