コミュニケーションは、ツールではなく人が行うもの:情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(105)
消費者とのコミュニケーションを考える際は、テクノロジや最新の調査報告など、目の前のものに目を奪われてはいけない。
ソーシャルインフルエンス
「僕たちは、いつも『影響』というものを受けている」。「その影響の内容やレベルによって、実際に動いたり、動かなかったりする。企業が行うマーケティング活動――広告やプロモーションも、コトのつまりは、消費者に何らかの影響を与えることを意図している。効果が出るも出ないも、目的が達成されたのかどうかも、結局はこの『影響力の行使』がカギを握っている。業界の若手が使いこなすソーシャルテクノロジー、最新の消費者調査報告、それら目の前のひとつひとつに目を奪われてはいけない。本質は、『影響の与え方』の変化にある」。「ではいったいどのような要素がその影響力を形成しているのだろうか」。「ここには3つの要素がある。『自分ゴト』、『仲間ゴト』、『世の中ゴト』の3つだ」――。
本書「ソーシャルインフルエンス」は、ソーシャルメディアの浸透によって出現した「新しい時代の影響力をマーケティングコミュニケーションにどう組み込めばいいのか」を指南した作品である。「これまで『社会的影響』などと翻訳されてきた社会心理学の専門用語」、ソーシャルインフルエンスを、「これからの広告、PR、マーケティング領域で必要とされる考え方として、また実際の展開時に結果を出せるフレームワークとして提示」し、あらゆる事例とともにその活用法を解説している。
中でも印象的なのは、「僕たちは教科書に書いている購買プロセスではなく、『消費者の頭の中にある購買プロセス』をできる限り正しく再現して、マーケティングチャンスを見つけ出さなければならない」という指摘だ。例えば、マーケティングプロセスを考える際の足掛かりとして、購買プロセスを定形化したAIDMA(注意→興味→欲求→記憶→購入)や、AISAS(注意→興味→検索→購入→共有)などの購買プロセスモデルがある。だが、例えばコンビニでガムを買う場合、「テレビCMで商品を知って(注意)、どんなガムなんだろうと興味を持って、検索をして、比較検討をして、実際に購入して、『このガムはおいしかった!』とクチコミ(共有)を」流すだろうか。多分「なんとなくそのときの気分で選び、買って、食べて、おしまいだ」――。
本書ではこうした例から、「購買プロセスは商材によって大きく異なる。モデル化された購買プロセスは分かりやすい半面、思考を停止させてしまうリスクがある」と指摘。冒頭で紹介したソーシャルインフルエンスの3つの影響範囲、「自分ゴト」「仲間ゴト」「世の中ゴト」を組み合わせてアプローチすることが大切だと説いている。
まず「自分ゴト」とは「世の中にあふれる大量の情報の中で、『自分のための情報(商品)である』と感じるもの。「仲間ゴト」とは「仲間ならだれでも知っている状態のこと」。そして「世の中ゴト」は「誰と話しても多くの人が興味関心を持っている状態のこと」を指す。
これらのうち、ソーシャルインフルエンスを最大化する上で出発点になるのが、対象物に意味付けして“自分のこと”として興味を持ってもらう「自分ゴト化」なのだという。例えば、結婚相談サービスのツヴァイは、「結婚相談所」にまつわる「相手を探すのに必死な人がいくところ」といったネガティブなイメージを受けて、同社のタグラインを「結婚相手紹介サービス唯一の上場企業です。」から「結婚したくなるぐらい好きな人探し」に変更した。これにより「結婚相談所をめぐるコンテクスト(文脈)の再構成」を行い、新たな意味付けを行うことで、多くの人の興味を喚起したのだという。
一方、仲間ゴトで威力を発揮するのがソーシャルメディアだ。ただし、WebサイトにツイートボタンやFacebookの「いいね!」ボタンを設置するだけでは大きな効果は望めない。「トーカブル(話したくなる要素)、バザブル(話題になる要素)なネタ」を用いた共有されやすいコンテクストを作ることが重要であり、その点で、「仲間ゴト化は、偶然の産物ではなく、マーケターによる綿密な『企て』」だと指摘している。
とはいえ、「ソーシャルメディアは人間のクチコミネットワーク」であり、「どんなにトーカブルなネタであろうとも、末端の末端まで情報が行き届く」ことはあり得ない。従って、3つめの「世の中ゴト化」を行うためには、「ソーシャルメディアで話題になるネタを作り、それをニュース(記事)として露出させること」が重要となる。だが、
「ソーシャルインフルエンスを最大化させるためには、記事掲載数や記事の広告露出換算値をゴールにしていてはダメ」なのだという。それよりも「そのニュースがいかにソーシャルメディアでの仲間ゴト化を促進させ、世の中ゴトを助けたのかが重要」であり、「プランナーは、常に『友人や知人に共有したくなるような価値があるか?』と自問自答してほしい」と説いている。
近年、1人1人のクチコミや、ソーシャルメディア上で影響力を発揮するインフルエンサーの力などを、モラルを保った上でマーケティングに生かすソーシャルメディアマーケティングが注目されている。ただ、コミュニケーション手段としてのTwitterやFacebook、顧客ニーズを把握する手段としてのテキストマイニングツールなど、ツールの存在が前面に押し出されがちなゆえか、“従来のマーケティング手法とは異なる先進的な取り組み”といったイメージも強い。本書のテーマである「ソーシャルインフルエンス」も、一見、全く新しいものといった印象を受ける。
だが、その実、本書を読んでみると「消費者の頭の中にある購買プロセスをできる限り正しく再現する」「どうすれば“自分のこと”として興味を持ってもらえるか考える」など、一貫して「人」や「人の気持ち」を中心に考え、より合理的なエンゲージメント醸成の在り方を追求しているに過ぎないと分かる。ツールは日々進化するが、冒頭でも挙げたように、「ソーシャルテクノロジー、最新の消費者調査報告、それら目の前のひとつひとつに目を奪われてはいけない」のだ。
このマーケティングの“本質”を見極め、人を中心に捉えるアプローチは、マーケターはもちろん、システム開発を担うIT部門のスタッフにとっても有益な気づきをもたらしてくれるはずだ。業務部門の人にとっても、仕事には常に“相手”がいる以上、ビジネスの円滑な推進にさまざまなヒントをもたらしてくれるのではないだろうか。ぜひ一読してみてはいかがだろう。
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